第三十七話 バカは、琥珀を矛盾に堕とす(前編)ーー赦しを抱擁する、その敗北。
SIDEレシャミリア
――ドサッ。
床が、硬く沈んで、妙に心臓を突き刺す。
拳よりも、鋭く、重圧を振り回すように。
目の前に、黒い影が崩れ落ちた。
夜空を纏った長髪が、床にぬるりと広がっていく。
静かな寝顔。
その瞼の奥に宿った相反する光は、睫毛に霞んで……頬に落ちていた。
戦いの蝋を溶かすように、ゆったりと。
あれだけ吼えていた口も、もう閉じられて。
紅くなった額が、次第に紫色に変化してゆく。
先ほどの熱が揺らめきながら、沈黙を降り注いた。
視線を、ゆっくりと持ち上げる。
その先には……己の足先。
蹴り上げたその足首が、痣を霞ませるように、
……まだ、滾りを残す。
あの瞬間。
俺様は、確かに――怒ってた。
怒鳴って、殴って、力でねじ伏せて。
それが、正しさだと、信じてた。
甘ったれたお子様の目を覚ませるには、
それしか、ないんだと……思い込んでた。
なのに。
「……チッ。」
唇の奥から漏れ出た音が、やけに響く。
着火音のような、繊細さを持ち合わせながら。
足元に転がる少年の姿に、どうしようもなく、心が燻る。
油が水を取り込む寸前の、微かな抵抗を熾して。
――なんで、そんな顔をしてるんだよ。
怒鳴って、殴って、蹴って……それでも。
こいつは、全部、受け入れやがった。
暴れても、怯んでも――
真正面から見据えてきた。
たぶん、受け入れていたんだ
――己の醜さが、晒されることを。
あいつが、拳ですべてを語ってくるから。
気付けば、俺様の拳も、焔を宿していた。
自分の愚かさを……透かしてしまっていた。
けれども、それは――
滑らかな雪水に、成損ねた一片の氷片みたいに。
溶けることもできず、ただ、胸の奥で鈍く残る。
目の前にいるのは、叩きのめしたはずのガキ。
……それなのに。
その顔には、どこか、救われたみたいな穏やかさが宿っていて。
まるで、赦された先に、希望を掘り起こしたみたいで。
胸の奥が、ずきりと軋む。
藻が絡みついて、蹴り上げさせた、衝撃を残したまま。
やっと、気づく。
この怒りの矛先は……あいつじゃ、なかった。
――俺様自身に、だったんだ。
あのガキの方が、よっぽど眩しいだなんて。
認めたくなくて。
でも、
認めざるを得なくて。
蹴り上げた足に、今さら重責が圧し掛かる。
遥かな時に置いてきた、後悔を詰め込んで。
それは、ギルド長として?
それとも――。
――しゅるり。
足を、降ろす。
ひとつ、風が通り抜ける。
『何か』を剥がれ落とすように、いたずらに。
そうして。
……誰にも見られないように、ほんの少しだけ。
背中から、力を抜いた。
その瞬間――。
足元に、空気の膜が破れるような気配が走る。
水面に石を投げ込んだように、沈黙が揺らいだ。
「ああっ、シルアが!!
気絶しちゃってでごわすっ」
ぱたぱたと、慌てた足音が跳ねる。
ぽわタンが、あいつのそばにしゃがみ込んで――
「だ、だいじょうぶでごわすか!?
おでこが、おでこがっ!」
串をくわえたまま、顔を覗き込む。
なぜか手をぶんぶんと振って、必死に風を送りながら。
その姿が、場違いなほどに真剣で――
香ばしい香りが、空気を、ゆるませる。
ひくり、と唇の端が動く。
鼻先からする抜けた笑いを、悟られぬように、顔を少し落とす。
一瞬、あの焔が、雪に触れたような感覚で、
さらりと、冷たさがほどけていく。
だが、その余韻を破るように――
「レシャミリア様、やりすぎ……」
掠れた声が、ぴしゃりと落ちた。
ミカレだ。
その視線が、次第に射貫くような鋭さを研ぎ澄ます。
若干の驚きと、戒めを携えたまま――心の奥を確かめるように。
その感覚が、妙に身体中を駆け巡って。
心に、冷ややかな磁気が、また、墜ちる。
「……いいんだ」
飾ったように、抑えた声高。
突き刺すように、幼稚な防衛線を張り巡らせて、藻掻く。
「ガキには、これくらいが――ちょうどいい。」
その言葉が、想像以上に、空々しくて。
――心が、ひしゃげる。
呼応するかのように、ミカレが、目を伏せた。
古傷のほつれを見つけたような、唇の震えを添えて。
けれど、その代わりに。
「そういうギルド長も、じゃないですか?」
ぷつり、と。
針が、氷河を刺し縫うように――沈黙を裁ち切る。
その声は、毒も棘も剥がずに、ただ、静かに逆撫でると。
――蒼い髪を、靡かせる。
その姿が、境界線を割る斜陽のように、逃げ場を溶かすから。
「……そんなこと、わかっている」
つい。
唇の奥で、言葉がほどけた。
十字架を握るように、自戒を吐き出す。
かすかに、声が、濁る。
そして、呼応するかのように。
ほんの少し、黄金の瞳が、揺らめいた。
その移ろいが、憐れむ。
流星で輝く、天のせせらぎのように、厳かに。
その眼を移していたのは――
勝者の貌では、なかった。
ぐしゃぐしゃに潰れた感情の塊。
無様な、情けない。
言葉にならない、癒えぬ傷の残骸。
紛れもない――自分の顔。
けれど。
――見透かされて、赦されて、受け止められている。
……そんな気がして、眩しくなる。
「お前ら、こいつをベッドに運んどけ。」
短く、指示を落とす。
乾いた声のまま、震えを彩るように。
「俺様は、支度をしてくる。」
一歩、背を向ける。
潔さを星屑のごとくまき散らしながら、さらに刻む。
「……借りを返すための、な。」
澄んだ呟きが、認める。
敗北を。
己が抱いた怒りの正体を。
そして――
少年への、罪悪感を。
一拍、間が滴る。
粗熱を覚ますように、そっと、場が静まり返った。
そこで、悟る。
ノエルが――目を見開いていた。
瞳の奥で、揺らめく星光。
黄金のきらめきが、微かに青みを帯びて。
まるで、
今見たすべてを、瞳の奥に焼き付けるように。
痛みと赦しを、まっすぐに、映しこんでいて。
その光に――言葉を失う。
まるで、自分の贖いさえも、あの眼が優しく尊ぶようで。
ノエルは、ゆっくりと瞬きを落とした。
降り積もる雪をそっと手でならすようで――
眼差しの奥に、確かに、何かを掴む。
「……了解」
短く、しかし。
深く、応える。
その声には、一片の呵責も、怒りもなかった。
ただ、確かにそこに、共鳴があった。
そして――赦しがあった。
言葉も、理屈もいらなかった。
ただ、その瞬きひとつで、
すべてが、繋がる。
……俺様は、シルアに――負けたんだ、と。
ご覧いただき、読んでくださりありがとうございます(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾
前半パートなんだけども...
ここでもかなり浸っちゃていいと思う
っていうか、そのために今回3部にわけたからさっ( ̄∀ ̄)
一応あとがきも、1話ではあるけど内部に3つで分裂させてるんでദ്ദി ˉ͈̀꒳ˉ͈́ )
余韻のお供にでもね♪
リンク貼っとくぞ(もしくはシリーズ一覧から)
→ https://ncode.syosetu.com/n9016kh/46/
ささ、このまま進む民も
ゆったり休む民も、いると思いますから、
ルアンは早めにお暇しますわよヽ(`・ω・´)ゞシュタッ!
(後編で色々連絡とかするねん)
じゃ、次話でまたねっ(*ˊᵕˋ*)੭ ੈ




