第三話 覇者、少しシリアスになる
家に帰ると、エミレは、おかえりという声を贈られる。
もちろん、声の主はシルア。
エミレの顔をみて、ほっとしたような顔をしている。
「ただいま、シルア少年」
そうやって、贈りかえした者の顔もまた同様に。
「君の好物探しできるかな?」
エミレは町で買った食べ物をずらりと机に並べる。
シルアのベッドの前の机には、チョコパン、グラタン、ハンバーグ、パスタにコーンスープとさつまいもが。
無論、当の本人――シルアはげんなりとあきれた顔でそれらを見る。
「……チョイス、重すぎない?」
「だいじょーぶ、私も食べるからさっ!!
ほら、残りは、保存室にいれておけばいいし」
「……何から食べよう」
「お、シルア少年!やる気だね!!
どれからいく!?」
(ショタが好きそうなのを……って、選んだけど、シルア少年はどうかな)
そんなふうにエミレが呆けている間、シルアはおもむろにチョコパンに右手を伸ばす。
(ところどころに甘いにおいが漂う黒い大きな粒があって、上はこんがりと焼けていて硬い……これがチョコパン。)
シルアの紅い瞳がチョコパンを映す。
そうして、ゆっくりと口に近づけ、口に含む。
「――はふっ」
瞬間、シルアは目を輝かせる。ひとくち、ふたくちとどんどん口に詰め込む。
どうやら、甘く溶けるチョコがハマったみたいだ。
「おいしい?」
頬杖をつきながら、エミレは嬉しそうに聞く。
「うんっ!!」
「気に入ったようでなにより。遠慮せず全部食べてもいいからね。」
少女は、水を汲みにいこうと席を立つ――が、
くいと、遠慮がちに、でも確実にエミレは服を引っぱられる。
わずかな抵抗をした小さな勇者が、最後の一個になったパンの片割れを差し出す。
「……エミレ、にも、たべて、ほしい、おいしい、から」
顔を真っ赤にしながら、シルアはひとことひとこと、伝説の剣を抜くように言葉をつむぐ。
刹那――ぽたと雫が床におちる。
雨雲は、エミレであった。
でも、それはどこか遠くで降っているようで。
「え、えみれ?」
シルアが呼び戻す。
「え、あ、なんでだろ……ごめ、シルア。
うれしいよ、ありがたくもらうね。」
呼び戻された少女は、ほほに落ちた雫をふき、もぐとチョコパンをほおばる。
チョコパンは、すこし、あまくて、しょっぱくて……なにより、苦かった。
同時に、エミレは思い出したのか、記憶に書き足されたのか、わからない言葉をかみしめる。
(――これを君にあげるよ。一緒に食べたほうがおいしいし、なにより君に食べてほしいんだ、エミレ)
****
SIDEシルア
エミレは、突然涙を流してから、少し様子がおかしい。
もともと彼女は、変人で不器用だけれど、
時折ふと大人びて、すべてを見透かすような眼をする――そんな、つかみどころのない人だった。
けれど、今の彼女は何事も上の空というか。
話しかけてくることも減ったし、暇さえあれば小屋の中でずっと空だけを見ている。
そんな状態がもう、一週間近く続いていた。
あのときのエミレはどこか遠くで、でも近くて、
そしてなにより、そんな自分と彼女の距離の間で、なにかがこすれてしまっているような気がした。
でも、そう感じてしまった自分の感情が一番嫌で、思わず彼女の名前を呼んでいた。
……それがいけなかったのだろうか。
わからない、エミレ以外の人間とかかわった記憶がないからどうすればいいのかわからない。
その一方で、僕のけがは治ってきていた。
まだベッドからは解放されていないが、骨折した場所も、だいぶ動かせるようになってきている。
エミレが、『専門家』の作った傷薬を塗ってくれたからおかげだと思う。
……といっても、その『専門家』がなんなのかということも、この世界のことについても何も教えてもらってはいない。
たぶん、それは、僕のトラウマがフラッシュバックしないようにという彼女なりの配慮なのだろう。
エミレに拾われてから、外の世界について知りたいと思わなかったわけじゃない。
でも、それ以上に彼女と過ごす時間のあたたかさや、彼女の自由奔放さの方に目が行ってしまって、外のことなどどうでもよくなっていた。
……けれど、今は違う。
むしろ、この世界のことを知りたい。
なんとなく、そのことが、彼女の様子の不可解さにつながる気がした。
僕は、秘密の扉を開けるように、すこし心を震わせながら、エミレに声をかける。
「ねぇ、」
1歩、また1歩と。
「エミ――」
そのときだった。
ドンドンドン!!
扉が激しく叩かれる。
「エミレ、いるのかい?!
出てきておくれ……町が、町が大変なことになっているんだ!」
老婆の声が聞こえてくる。
その掠れた声色からただ事でないことが伝わる。
エミレは、すかさず戸を開ける。
「武器屋のおばさん、どういうこと?
町で大変なことって……」
「ドラゴンだ、ドラゴンが来ているんだ。
しかも、町へ直接。3体も。
……もう町を襲っているかもしれない」
「3体って……まぁ、とにかく事情は分かった。
すぐに行くから、ちょっと待ってて。」
エミレは、慌ただしく剣と爆弾、薬をバッグに詰め込む。
彼女はいつになく、焦っていた。
ドラゴン――1体倒すだけでも、冒険者20人は必要だとエミレが言っていた生物。
今回はそれが3体も町へ向かってきているなんて……エミレが焦るのも当然だ。
準備を終えると、エミレは、ごめん、行ってくるとだけ言い残して、武器屋のおばさんと呼ばれた老婆と足早に出て行ってしまった。
僕はひとり、小屋に残されてしまった。
ため息がこぼれる。
ようやくこの世界について知ろうとする勇気が出たのに、そのタイミングで、ドラゴンに邪魔されるなんて……。
僕は、ドラゴンの腹から出てきたみたいだし、何かとドラゴンとは因縁がある……気がする。
「……エミレ。」
エミレは大丈夫なのだろうか。
ドラゴンを3体も相手にして……死なないのだろうか。
そんな風に物思いに浸っていたからだと思う。
――僕は小屋の窓から近づく人影に気づくことができなかった。
****
SIDE ショーン
エミレは、武器屋のおばさんよりも先に町への道へを急ぎながら、物思いにふけっていた。
(シルア少年には、申し訳ないことをしてるなぁ。
さっきも何か言いかけてたし……それより、私が謎に泣いたときから気まずくなってるし。
でも、あの時の感覚は……そうだ。あの夢に似ていた。
まぁ、今はそれを置いといて、目の前のことに集中しないと。)
目の前に町の輪郭が見えてきた時だった。
ふいに、なにかが彼女の横を横切る。
と同時に、
――巫女様。
とささやく声。
エミレは、はっと目を見開き、すぐに後ろを向く。
だが、そこには何もいなかった。
「……面倒な日になりそうだ。
はぁ、これも覇者ゆえかねぇ」
ぶっきらぼうにそうこぼすと、とりあえずは町へ急ぐのだった。
町へ近づくにつれ、ギャオラオオオオというけたたましい咆哮が、耳をつんざく。
どうやら、もうすでにドラゴンは町に入っているようだ。
(なるべく能力は使いたくないけど……しょうがないな。
バレないようにすればいいか。
あとは演出……ちっ、かっこよく町の危機とか救いたかったんだけど。
スピード重視だな。とほほん)
町につくと、案の定――3体のドラゴンがいた。
緑の鱗に、金の目という一般的なドラゴンの姿。
彼らは、建物を踏みつけたり、腕を振りまわしたりと破壊の限りを尽くしていた。
幸い、炎や氷を吐くような面倒くさい種類ではなさそうだ。
「目標1分……いや、10秒」
エミレはドラゴンの前に立つと、こっちこっちと手を振って、挑発する。
すると、3体のドラゴンは、ぎょろりとエミレを睨みつける。
血走った目に、狂気の気配。
彼らは、エミレをめがけて一斉に走ってくる。
だが、エミレは怯まない。
すかさず、エミレは向かい討つ体制をとる。
といっても、エミレが、剣を大きく振った瞬間、
「はい、完璧っと。」
ドラゴン3匹衆の首と胴体はきっぱりと離れてしまう。
勝負時間はおよそ、5秒。目標よりも早い。
俗にいう、「首ちょんぱ」――いや、正確には首を取り除いただが……ここら辺はのちのエミレに任せよう。
こほん。
――ドオオン!!
ドラゴンの巨体が、大地を叩きつけるかのように崩れ落ちる。
その衝撃は、町に静けさを呼び込んだ。
まるで、つい先ほどの喧騒が嘘だったかのよう。
世界が一瞬、呼吸を止めたかのように、町を静寂が包み込む。
だが、その空気を破るのは、やはり覇者だった。
「じゃ、あとはエピネスのみんなでシクヨロ!」
エミレは、ドラゴンが息絶えたのを確認するや否や、走り出す。
何事もなかったかのように、軽やかに――けれど、迷いなく。
その背に向かって浴びせられる称賛や驚きの声にも、エミレは振り向かない。
ただ一心に思うは――
「シルア少年、生きててくれよ」
そう呟いたエミレの表情は、どこか寂寥感に溢れていた。
ご覧いただき、読んでくださり、ありがとうございます!
どうも、ルアンです!
お昼に急な改稿入れちゃってすみませんでしたm(__)m(ショーンのせいにしようとしたのは内緒)
世界観&能力の説明は次回〜次々回あたりで登場予定!お楽しみに!
そして…なんとPV31増!ほんとうにありがとうございます!!
感想・誤字・質問・ネタコメなんでも大歓迎です!!
(ログインなしでも送れるようになってるよ!)
ではでは、また次のお話でお会いしましょ〜ヾ(≧▽≦*)o
あとがき全文はこちら!(もしくは、上のシリーズ一覧から!シクヨロ!)
https://ncode.syosetu.com/n9016kh/4/