第二十六話 シルア、あえて秘する
SIDE シルア
「でてくるでごわす……エミレとシルア?」
その声は、鉛のように重く、空気を捻じ曲げる。
声の主――ぽわタンには、さっきまでの優し気な笑みは微塵もなかった。
風船が破裂したかのように、心が一気に萎んで、そこに恐怖が這いずりあがってくる。
心臓が激しく脈を打ち、警戒の色を帯びた血液が、全身を巡り走る。
あの2人組は、この場にいる誰とも格が違う――圧倒的な強者だ。
存在の段階から、何もかもが違う。
そんな直観が、僕の恐怖心をさらに研ぎ澄ませる。
背筋が粟立ち、喉が詰まる。
それでも、僕は……
ひとりじゃない。隣には、彼女がいる。
まずは、落ち着け。深呼吸だ。
「エミレ……どうする?」
震える声を、何とか絞り出す。
でも、きっと、エミレは、笑って言ってくるんだろう。
『行こう』って。
あっけらかんと、何の迷いもなく、呼吸をするように軽く。
それがいい。
その言葉がくすぐったくて、なにより、一番安心するから。
僕の心を、落ち着かせて、温めてくれるから。
けれど……
「――いきたくない。」
……え。
返ってきたのは、明らかな拒否の言葉。
その言葉は、僕の思考を一瞬で停止させる。
まるで、氷水をかけられたように、冷たく、痛く。
彼女の声は、か細くて、たどたどしかった。
けれどもそこに、明確な拒絶の色が滲み出ていた。
エミレは、きゅっと唇を硬く結んで、拳を握り占める。
子供が駄々をこねるようなその幼い姿には、一滴の哀愁が漂っていて……
聞き間違いなんかじゃ、ないんだ。
僕は、すこし――いや、すごく動揺した。
彼女が、何かをここまで真剣に拒むのなんて、初めてだった。
だから、なんていえばいいか、わからなくて――
「行きたくないって……でも。」
彼女の言葉を否定し返すことしか、できなかった。
すると、彼女は目を見開いて、息を呑む。
まるで、自分から出た言葉の意味にようやっと気づいて、驚くように。
そうして、目を伏せる。
声はますます小さくなって、頼りなくなる。
「わかってる。けど……」
言葉の端に、怯えと決意が、粗く混ざっていた。
何とも言えない空気が広がる。
僕もエミレも言葉が紡ぎだせない。
どうすればいい?
この空気、この感情、この沈黙……。
すくった水が、手から零れ落ちてしまうような……そんな無力感がじわじわと心を満たしていく。
気付けば、エミレの顔には深い影が落ちていた。
遠くを見据えるようなその影は、さらに重く、濃くなる。
そんな中――
「なにをやってるんだ、お前ら。
ほら、早くいけっ!!」
鋭い声が、空気を裂いた。
石象のように固まった僕たちに、ずかずかと、レシャミリアが迫ってくる。
そして、その勢いのまま、迷いも容赦もなく……
――バシッ。
音を立てて、僕たちの背中に両腕がぶつかる。
「ちょ――」
「ッ……!!」
「キャリッ!?」
言葉を発する間もなく、身体が前へと突き出される。
エミレと一緒に、2人まとめて――胸元にあたる鉄柵に、ぐいと押し付けられた。
「うわっ」
だが、そこでも勢いは止まらない。
ぐらりと身体が傾いたかと思うと――
視界が、反転した。
「おいっ!!」
あっという間だった。
気付けば、僕たちを支えていたはずの地面はもうそこにはない。
代わりに広がるのは、空と、
……そして、重力。
僕たちは、コロシアムの中心に引き込まれるように、落ちていく。
風が耳を走り抜ける。
重力に、浮遊感に、血を逆流させられる中――
探すのは……彼女の手。
「エミレっ!手!」
僕は、思いっきり手を伸ばす。
橋と橋を繋げるように、強く、確かに。
だが、彼女は、僕に手を伸ばそうとしない。
ただ、周りを取り囲う重力と戯れ、受け入れ、落ちていく。
だからこそ、僕は――手を伸ばし続ける。
彼女の言葉を否定してしまった代わりに。
君を守りたいという想いの代わりに。
伸ばして、伸ばして、伸ばし続けて――
掴んだ。
小さな、かすかに震える、その手を。
「エミレ、大丈夫?」
「……ありがと。」
エミレは、僕の手に力を籠める。
その瞳に、すこしだけ光が戻った。
思わず、僕は微笑んだ。
その一瞬だけ。
僕らは確かに、ひとつだった。
「キャケ!」
僕の背で、リュドエールルが合図を送る。
その声に、合わせて僕は叫ぶ。
「リュドエールル!着地、頼んだ!!」
瞬間、僕たちの身体は、一気に加速する。
けれども、まるで、優しく、意思をもって、包み込むように。
――ストン
重力から解かれ、羽に包まれるように軽やかに、地面に足がついた。
衝撃がまったくない。
きっと、リュドエールルが、空気を操ってくれたのだろう。
僕は、心の中でリュドエールルに感謝を告げながら、空気を吸い込む。
再び戻ってきた、コロシアムの中心。
相も変わらず、人々の熱に染まった視線が、全身を突き刺す。
「シルア。
さっきのは……冗談だよ」
エミレが、投げるように呟く。
焦点の合わない目で、震えた声で、けれども――笑って。
まるで、自分に言い聞かせるように。
僕は、何も言わなかった。
彼女もきっと――わかってる。
あれは、絶対に、冗談なんかじゃない。
『いきたくない』
あの言葉には、確かにエミレの祈りと、本音が、あふれ出ていた。
なんで、エミレが戦いたがらないのかは、わからない。
けど――こういうときこそ。
僕が、エミレを守らないと。
支えて、一緒に進まないと。
僕が、決意を固めたその時。
「やっと、会えた」
透き通るような声が、空気を震わせる。
ミカレが、音もなく近づいてきていた。
「シルアと……エミレ。」
その声音は、慈愛に溢れていて――同時に無機質だった。
僕たちの実力を測るようにも、親しみが込められているようにも見えるその瞳に、僕は翻弄される。
その後ろに続くは、ぽわタン。
彼は、僕たちを射貫く。
「では、始めるでごわすか――試験を。」
『厄災』の第一奏が、開演した。
読んでいただいて、ご覧くださりありがとうございます (♥︎︎ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾
どうもルアンです!(今眠くてやばいから半分赤ちゃんと会話してると思ってww)
今回、戦闘描写ないです、、後投稿遅かったです...
ごめんよおお!!
ま、次の話楽しみにしててくれよな( ̄▽ ̄)
今回のあとがきは、号泣案件の感想を多数いただいたのでね、君たち読者間で共感してもらえたらなって思いを込めて感想の内容について語ったぞん!!
https://ncode.syosetu.com/n9016kh/33/
これね!!↑
ではではルアン明日の能のために今日は安眠します!
次の投稿は日曜日かな!
前話から137PV頂いております!1700PVも達成してるです!?
本当にみんないつもありがとう!!
じゃ、明日で週末!!無理せずにね!




