第十五話 シルア、碧く弔う
破裸痢爺は胸からポタリと赫雨が滴る。
と同時に、無造作に彼らの身体はガクリと崩れ落ちる。
「パヤ……?ラヤ!……リヤ!?」
シルアの悲痛な叫び声は、苔のように洞窟の中にこびりついて、剥がれなかった。
(どうして……今何があった!?誰がこんなことをしたんだ!?
それより、破裸痢爺は生きてるのか!?)
声が出ても、頭と体が全くと言っていいほど動かなかった。
焦燥感、動揺、衝撃、恐れ――あらゆる感情が、シルアの身体を縛る。
次第に、呼吸が荒くなり、彼もまた同様に――力なく座り込む。
血生臭い香りが、彼をより深く、地面へと押し付ける。
そんなシルアの様子を、エミレは実に無機質な目で見つめていた。
(シルア――君はこれから先、こういう状況にも慣れていかねばならない。
さぁ、どうする?もう、すぐそこまでアレが迫っているよ。)
――ギャラアアッッ!!
喚き声が、嵐のように洞窟を駆け巡る。どこまでも、不快感と不穏な気配を漂わせて。
刹那、大きな影が、エミレとシルアを覆う。
気配に気づいたシルアは、焦点の合わない目で、ゴキリゴキリと壊れた人形のように振り向く。
すると、そこには――
シルアがとどめを刺したはずのハダカネズミがいた。
(やっぱり……こいつか)
だが、その姿は先ほどまでと似て非なるものであった。
体は先ほどの何倍も肥大化し、存在しているだけで並々ならぬ重圧感を感じさせるが、
……しかし、その一方で不可解な点があった。
目に一切というほど生気がなかったのだ。
まるでクレヨンで塗りつぶされたかのように、目に光がなく、うつろであった。
物を認識し、処理するだけ――そんな機械のような存在にこのネズミは成り下がっていた。
(まさか……いや。でも、あの目は――誰かに、操られている?)
瞬間、シルアの思考は、電撃のように駆け巡る。
操り、策略、破裸痢爺への攻撃した点……
ひとつひとつの要素が憎しみを伴って、水あめのようにドロリと伸びてはまた廻る。
そうして導き出されるは――
「クローブ、またお前か!!!」
シルアは、ピシャリと立ち上がり、激しくネズミを睨みつける。
「でてこい。どうせまた、エミレを独りにしようと企んでいるんだろ!?」
自らが発したその一言に、シルアは内に秘める何かが壊れていくのを感じた。
全身の血が沸騰し、手が無意識にリュドエールルへと伸びる。
(どこだっ……どこに居るんだ。クローブ。
でてきたら、すぐさま殺してやる。)
シルアの眼は、獲物を捉えんと走る。
――しかし、いつまでたっても、その投げかけに応えるものは現れなかった。
(まぁ、いい。……まずはこいつからだ。
失せろ。)
シルアはリュドエールルを振り上げる。
怒りのまま、目の前のありとあらゆるものを煮えくり燃やさんと。
だが、その瞬間、
(――やめろ)
稲妻のように、脳内を駆け巡る。
それは、在りし日の自分。
……理不尽な状況に耐えかねて、心のままに剣を抜きかけたあの日。
エミレを守るためだと信じていた、けれど本当は、自分の怒りをただ晴らすためだけだった。
もしあの時、リュドエールルが、止めてくれなかったら――
(僕は、エミレの守りたいものを守るどころか……壊していた。)
シルアは強く拳を握りしめる。
何よりも大切な――守りたいという気持ち。
それこそが、シルアの燃え上がる火嵐の源。
シルアは、強く歯を食いしばる。
(でも、もしこれで、また、守れなかったら。
――いいや)
火嵐のようにあふれ続けていた怒りに、水がしみわたる。
恐怖、怒り、不安、焦り――すべての感情を溶かし、ほぐしていく。
シルアは、リュドエールルを振り上げた手をおろし、吐息をひとつ。
「僕は、もう間違えない。」
その言葉は、海に眠る秘宝のように、質量を伴って、輝く。
シルアは、リュドエールルを構え直す。
「キェリ」
リュドエールルが低く、小さく鳴いた。
それは、小さな決意を祝福するような、シルアだけに聞こえる音。
共鳴するかのように彼の心に響きわたる。
シルアは、燃えるような瞳で意識を研ぎ澄ます。
(――いくぞ。リュドエールル。)
静かに歩を進める。
その先には――操られたネズミ。
怒りを鎮めたからか、シルアの目は視界が澄んで、繊細に物を捉えるようになっていた。
ハダカネズミは、動かない。
その姿が、自己を蝕むなにかから、自分を守ろうとする最期の抵抗のようにシルアは感じられた。
か細く、今にも事切れてしまいそうなその小さな意志。
その目は、ハダカネズミのわずかな抵抗を見過ごさなかった。
ハダカネズミは、動かなかった。
必死に蝕む何かから自分を守ろうとする最期の抵抗ともいえるその姿に。
(こいつ、クローブに抵抗している……のか。)
シルアは、わずかに目を伏せる。
(こいつは今、闘っているんだ。
最後の時まで、自分自身を失わないように。
……それなら、僕も応えなきゃ。)
シルアは、十字架を掲げるようにリュドエールルを胸に抱く。
怒りではなく、追悼の意を込めて。
そして、天を穿つようにひとこと。
「蒼焔竜舞――火嵐よ、水と弔え。」
刹那、ハダカネズミの足元から煮えくり返るような液体――火嵐が流れ出る。
だが――
同時に、天から雫が舞い降りる。
雫は、燃え盛る火嵐を撫でる。
サラサラと。
すると、深紅の火嵐は、ゆっくりと透き通るような青へと染まっていく。
すべてを赦し、慈しみ、そして、見送るために。
青き火嵐はハダカネズミを抱き寄せるかのように包み込む。
焔でありながら、触れれば落ち着くような冷たさを孕んで。
けれど、その奥には、凛とした熱をもって。
やがて、その火嵐は、子供をあやすかのように。
はらり、はらりと地上を舞い――竜の形を象する。
竜は、天を仰ぎ見る。
「……行け。」
竜の想いに呼応するかのようにシルアは放つ。
羽のように軽やかに、蒼き竜は跳び上がる。
エミレやシルア、そして破裸痢爺の周囲を舞いながら――
竜の欠片を、雪のように、花びらのように、降り注ぐ。
ふわりと、風に乗った欠片が、ふいに破裸痢爺の胸へ触れる。
すると――
「傷が、治ってる……?」
ぽつりと、エミレがつぶやく。
欠片は、淡い光を灯し、破裸痢爺の傷を癒していく。
みるみるうちに、その胸を滴る赫雨は消え、穏やかな吐息が響き渡った。
「よかった……助かったんだ。」
シルアは、安堵の息をついた途端――
ぐにゃりと、空間が波打つ。
(……なんだ?)
シルアは、自分の意識がだんだんと遠くなるのを感じた。
****
気がつくとそこは、現実と夢の合間を縫ったような、青い世界。
深い水の底にいるような感覚が、あたりを包み、霧に覆われていた。
光が、霧に紛れて、優しく降り注ぐ。
やがて、霧の奥から影がひとつ――
例のハダカネズミが現れる。
だが、先ほどのような禍々しい雰囲気は消え失せ、神聖さと静寂さを兼ね備えていた。
頭にあったリーゼントは3本に減り、身体も幾分か小さくなっていた。
おそらく、これが、このネズミの本来の姿なのであろう。
「……弔ってくれて、ありがとう。」
少しだけ、間があった。
心のつっかえを取り払うように、ネズミは目をつぶる。
「……最後に、少しだけ自由になれた。」
柔らかく、波のような声が、あたりに響き渡る。
もう、その声には、悔いも悲しみも残っていなかった。
「青き少年よ――西の地へ征け。」
シルアの問いかけを遮るように、ハダカネズミは告げる。
それは、魂に刻まれた役目を果たすようなひとこと。
「始まりが、そこにはある。
……淡き夢を呼び起こせ。」
霧が、ゆっくりと深くなっていく。
まるで、何かが目覚めようとしているかのように。
その気配に気づくとハダカネズミは、同情するように伏し目がちに呟く。
「さもないと、また、エミレは……」
だんだんと、ハダカネズミの声が遠ざかる。
霧が濃くなり、音も光も意識も途切れ途切れになる。
まるで、外の世界に引き戻されるように――
「……幸運を祈るぞ、青き少年。」
その言葉が、シルアの中で何度も何度も鐘のように鳴り響く。
――青い世界は、すでに閉じられた。
けれど、その鍵は、今もどこかで灯り続けている。
読んでくださり、ご覧いただき、ありがとうございます!
どうも、ルアンですっ!
いやぁ、よかった。ほんとおによかったということで、、
パワーアップ痢爺の画伯イラスト!
最近PV数細かく把握してなくて、わかんないけど(ごめん!)
なんか、とってもいっぱいのひと!((雑w
見てくれてありがとおおお!(最大出力の感謝!)
これからも精一杯がんばるので、シクヨロですわ!
ではでは、皆様またお会いしましょ~
またねっ!ヾ(≧▽≦*)o
最近あんまりしゃべってないリュドエールルが、少し活躍するあとがき全文はこちら↓(もしくは上のシリーズ一覧から)
https://ncode.syosetu.com/n9016kh/16/