プロローグ 『彼らの願い』
ーーありがとう。
言葉に振り返る。こちらをまっすぐに見つめる瞳。その中には、自分に向けられたものだとわかる、溢れんばかりの感謝が宿っていた。
ーー君には何度も救われたよ。
隣から、照れくさい言葉が続く。感謝されるのは嬉しいが、自分がやりたいと思ったことをやっただけにすぎない。こうまで改まられると、嬉しさよりも気恥ずかしさが勝ってしまう。
ーー私たちは、あなたとあなたがしてくれたこと、その全てを絶対に忘れない。
しかし、この2人とは一番長い時間を共に過ごした。その彼らが俺を忘れないという気持ちは本当に嬉しい。だからこそ、紡がれる言葉、感情、その全てを、俺も大切に記憶しよう。
ーー最初は俺ら2人だけだったのに。見ろよ。こんなにも心強い仲間たちが集まってくれた。それも全部、お前がいてくれたからだな。
その言葉を聞き、彼らの後ろ、こちらに向けられた6種類の瞳を見つめ返す。
1つは、深緑の鱗に囲まれた黄金色の瞳。誇りと静謐さを体躯ほどもある翼に宿し、これから創る未来を思慮深く見据えていた。
1つは、鋭い犬歯と共にある琥珀色の瞳。鍛え上げられた肉体をたくましいまでの獣毛で覆い、深い深い信頼と共に笑っていた。
1つは、曇りない静謐さを携えた翡翠色の瞳。木漏れ日を思わせる金色の髪をなびかせ、彼女は俺たち全員を慈しむように佇んでいる。
1つは、消え入りそうなほど儚い虹色の瞳。この場にいる誰よりも小さい体で、この場にいる誰よりも大きな好奇心と共に、俺を見つめる。
1つは、雄大な大地を思わせる赤銅色の瞳。俺たちを支え続けた自信と自負、それが溢れんばかりに胸を張り、豪快に笑っていた。
1つは、包み込まれるような濃紺の瞳。静かな決意と、そして僅かな寂しさを同居させ、俺を見つめ返してくれた。
ーーお前が命を懸けて俺たちをつないでくれた。
本当に、本当にありがとう。
視線を手前の2人に戻すが、追い打ちをかけるような彼の言葉に思わず熱いものが溢れそうになる。それを誤魔化そうと、俺も口を開いて言葉を紡いだ。
「俺も、お前らがいてくれて良かった。あの日目覚めて、何をするでもなく彷徨っていた俺に、役目を与えてくれた。俺が話したこと全て信じてくれた。それに応えたかった。」
それを聞いて、1人は笑い、1人は涙を流した。
ーーあなたのお陰で、私たちの夢に本当に大きく近づいた。
一緒に行けないのは残念だけど、ーー必ず、もう一度、私たちに会いに来てね。
涙と共に別れを告げられる。その唇と小さな肩は、内からあふれる感情を制御しきれず震えていた。
これまでにもこの様子を見たことはあるが、ここまで胸にきたことはない。今の状況、そしてこいつらと別れてしまう寂しさも相まって、誤魔化せたと思っていた涙が溢れそうになる。
それをもう一度止めるために、彼女に優しく拳を差し出した。
「ああ、約束だ。お前たちと過ごした時間、その全てを忘れない。俺はこれから、俺の目標のために生きる。でもその中で何度も何度も、お前たちのことを思い出す。
そしていつか、また会いに来るよ。」
その言葉に彼女は顔を上げる。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになってしまっているが、瞳に俺の拳が映ると、不意を突かれたようにくすりと笑った。
ーー約束だよ。
そして、彼女も小さな拳を突き出し、俺の拳に近づける。
ーー頑張ってね、ソリウス。
2人の拳がぶつかり、俺と彼女は約束を交わした。
瞬間、優しい風が顔を撫で、視界がぼやける。突き出した拳に合わせられたはずの拳はいつの間にか無くなっていた。目線を上げると、目の前にいたはずの8人の姿もどこにもない。
突然の変化に驚き、彼らの姿を探す。ぼやける視界はいよいよ世界を覆いつくし、1人だけの空間が広がっていた。
もっとずっと一緒にいたかった。もっと言葉を交わしたかった。
うんざりするほどの長い時間、何度も何度も同じような光景を繰り返し、その分だけ彼らとの思い出を作りたかった。
寂しい、悲しい、苦しい、虚しい、つらい、切ない。ーーもう一度会いたい。
その溢れる感情に応えるように、穏やかだった風が激しさを増す。
目も開けていられないほどの暴風と化したとき、意識も一緒に風にさらわれ、そしてーー。
彼、ソリウスは目を覚ました。