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ワタリと僕  作者: ぼうし
9/14

たもつくん 第三話

 たもつ君は今までの自由な感じが嘘のように常識的な発言しかしなくなった。「ニクニクニクニクニクが12」という声も聞こえず、宇宙の話もしなくなった。変わりに天気の話や季節の話、ときには時事ネタに少しだけ自分の意見を付け加えた興味深い持論を話すこともあった。誰がたもつ君がニーサの話をする未来を予想できただろうか。

 服装も変わっていた。今までアイロンのかかっていない格子柄のシャツを愛用していたが、きちんとアイロンのかかった無地のシャツを着るようになった。やや長めの髪はショートモヒカンになり、きちんとセットされている。作業所というTPOに合わせたきちんとした格好である。もう、たもつ君を一目見ただけで彼を知的障害者と思う人はいないだろう。

 また、たもつ君の自由な振る舞いがなくなったことで、作業所は強い緊張感に包まれているような雰囲気になっていた。そこにいるだけで精神が削られ、僕を含めたみんなが疲弊していた。彼は知らずのうちにムードメーカーにもなっていたのだと思い知らされる。お通夜のような雰囲気にスタッフも困惑し困り果てていた。

 僕とあげはさんは特にだが、多くの人が元のたもつ君に戻ってほしいと願っていたと思う。ニクニクニクニクニクが12が懐かしかった。



                  〒


「だいたいこんな感じのことがあったんだ」


相変わらず、窓から入る風は冷たく、大気が澄んでいるため、夜空がいつもよりきれいに見える。ワタリは僕の話をじっくりと聞き、なにかに納得したようだった。


「その変わりよう、確かなことは言えんが人鬼(ひとおに)がついたのかもしれんな」


人鬼(ひとおに)?」


「うむ、人鬼は秩序を破る不真面目な人間に取りつく物の怪でな。和を乱す行為をする人に取りつき、言動を常識的なものにさせるといわれている。わしも実際に見たことがないので何とも言えんが・・・」


「たもつ君は知的障害でわざとやっていたわけではないが」


「うむ、そうであろうな。ただ、人鬼にはその辺の判断が出来んのじゃろう。実際の言動が目に余ると判断したのかもしれん」


「多くの人が困ってなかったんだけどな」


「渡辺とやらが彼に怒りをぶつけたことでそのように判断したんじゃろう。和を乱す輩がおるってな。人の世界の常識と我々の常識が違うということじゃな。」


「そんなものなのか。確かに人の世界の常識がすべてに通用するはずないもんね。ワタリ達にはワタリたちの常識があるか、猫には猫の常識があるように」


「そういうことじゃな」


「たもつくんを元に戻す方法ってあるの?」


「うむ。人鬼は彼の語る常識を打ち破れば去っていくといわれている。つまり、話をして人鬼を納得させることが出来ればってことじゃな」


「お経とかじゃなくてもいいの?順序として人鬼を説得することが先か、それともお寺とかに行くほうが先か」


「心配であれば、先に坊主に相談してもかまわんよ。ただ、人鬼は物理的な危害は加えんからそこは安心していい。なんといっても常識的な行動しかとらんからな。こちらから手を出さない限りは暴力沙汰にはならん」


「なるほど、それはいい情報だね」


「ワタリ、たもつ君は元に戻れるかな?」


「話し手次第じゃな」


「ワタリが出ていくなんてことは出来ないの?」


「難しいな。わしは彰との何かしらのつながりでここにおる。たもつとやらとはなんの繋がりもない。こちら側の常識も厄介ということじゃな。すまん」


「いや、ワタリが謝ることじゃないよ。僕が甘えただけだから。しかし、人鬼か…スタッフに相談しても僕が心配されるだけだな」


「ま、そうじゃな。彰が人鬼と話してみるといい。物理的な危害はないし、説得出来なくても今のままなだけじゃ。やってみるだけの価値はあると思うぞ」


「わかった」


 僕は外の景色をみて、窓から入る風に意識を向ける。

 外の景色は相変わらず人が作る暖かい光と夜空の持つ神秘的な景色が対比していた。


 自然と人

 妖怪と人

 月と星


「ねぇ、ワタリ。土星の輪は今から1億年後にはなくなるらしいよ」


「土星の輪?」


「うん、土星には輪があるんだ。でもさ、1億年後には木星と同じような星になる。個性がなくなるということは寂しいもんだね」


「彰…」


僕たちはしばらく言葉をかわさなかった。どれくらいの時が経っただろうか。


「そろそろいく」


 

 ワタリはそう言うと闇の中に姿を消した。

 僕にできることをやってみよう。すっかりそんな気になっていた。

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