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ワタリと僕  作者: ぼうし
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出会い ~ 細長い月が輝く夜に ~ 第五話

 それ以降、僕らの関係は少しずつ変わっていった。

話す内容に「~に行きたいね」などの会うことを前提にした話が交じり、嬉しいことや悲しいことがあった時には電話をするようになった。

 彼女は特に嬉しいことがあると電話で話したがった。パンがうまく焼けたこと、お客さんやスタッフさんに褒められたこと、作業所で仲良くしている友人とのことなど、本当に楽しそうに話していたことが印象に残ってる。


 そして、僕はその話を聞くのが好きだった。

綺麗な女性との交流_これをいやがる男性はほぼいないだろう。だけど理由はそれだけではなかった。僕の生活は相変わらずろくでもない仕事をして帰宅する。帰宅してからは食事をして動画を見る。それだけだったから。

 僕にとって、茉由さんと話しているときだけが「生きてる」と体感できる時間になっていたから。彼女と話すことで空っぽの僕が何者かになれる。そんな気になれるかけがえのない時間となっていた。


僕たちは初めて会ってから次に会うまでこんな風に過ごしていった。


 僕たちが2度目にあったのは最初にあった日から三週間後のことだ。

僕はこの日がくることをいかに待ちわびたことか、仕事中でも上の空となり彼女と会うことを想像したし、少し贅沢な食事をしている時ですら彼女と会えることに舞い上がり、ご飯の味を覚えていないほどだった。僕はすっかり彼女に夢中になっていた。



 二回目のデートは少しお洒落なレストランでディナーのはずだったが、そのレストランは少しではなくだいぶお洒落な店だった。


 店内に入ると生演奏をしているピアノの音が聞こえ、我々を案内してくれるウェイトレスは上品な笑顔を浮かべている。ほかのお客さんも上品な人ばかりのように見える。

 茉由さんは白をベースとした上品な花柄のワンピースにカーディガンを羽織り、靴はローヒールのパンプスという恰好だった。相変わらずの薄化粧が白い肌によく映え、まるで絵本の世界のお姫様のように美しい。彼女もこのレストランの雰囲気に溶け込んでいる。

 僕は先日着たジャケットにシャツを合わせる。なんとなくネクタイはつけなかった。僕だけが浮いているように感じて居心地が悪い。


「彰さん、今日も素敵ね。そのジャケット、本当によく似合ってる」

茉由さんは礼儀としてだろうが僕をほめてくれた。


「ありがとう。茉由さんこそ、ワンピースがよく似合ってます」

何故か敬語になりそれ以上の言葉が出ない。

緊張だけではなく言葉に表せない美しさだったから。


「なんで敬語なの?」

茉由さんは笑いながらそう話す。まるで僕の緊張を解くように。


「いや、なんだろ。おしゃれなレストランというのに慣れなくてさ。つい敬語になっちゃった」

と僕はごまかした。


「私も久しぶりだから緊張してる。気楽にいきましょ。ご飯を食べるだけなんだから」


「そうだね 気楽にいこう」

この会話を合図に僕たちはいつも通りの僕たちに戻っていた。


「ねぇ、彰さんはこういうところに来ることあるの?」

茉由さんは興味深そうに僕に聞く。


「いや、初めてだね。まさかピアノ演奏までしてるとは思わなくてびっくりしたよ」

茉由さんはふふっと笑う。


「私もびっくりしちゃった。でも、いいものね、たまにはこういうのも」


「ご褒美だね。日々、頑張ってる僕らへ。あのピアニストに「頑張ったご褒美」という感じの曲をリクエストしたいくらいだ」


「ふふ、なんだから彰さんらしくない言い回しね」


「そうなんだ。環境が人を変えると言うだろ?僕もこの雰囲気に飲まれてるんだ」


「うーん、環境は人を変えるってこういうことかしら?」


「あれ?違ったっけ?」

2人して笑う。

僕のずれた話に対してきちんと突っ込んでくれる、いつも通りのやり取り。


「でも本当に不思議よね。ネットからこんなふうな出会いになるなんて」

茉由さんは改めて僕らの出会いについて語る。


「確かにね。時代が変わったのかもね」


「彰さんもこういうの初めて?」


「うん。メル友自体、茉由さんが初めてだよ」


「そっか」


茉由さんは少しはにかむような表情をする。

僕はそのしぐさに見とれてしまう。


「そろそろいこうか」

「ねぇ、少し歩かない?」

どちらからでもなく、なんとなくそんな雰囲気になり、僕らはイルミネーションのトンネルのような街道を歩く。


何もかもがお洒落な一日


僕たちを包む沈黙


 彼女は何かを待っている、そんな気がした。おそらくは、覚悟を決めて彼女に思いを告げた方がいいのだろう。彼女もそれを望んでいる。それはわかっていたが僕は動けなかった。おぜん立てはされていて、後は勇気を出すだけなのに。たった1cmの勇気が出ない。

「茉由さん、僕とお付き合いしてくれませんか?」

このたった20文字を発することができない。


どれくらい歩いただろうか。

どちらともなくそろそろ帰ろうという雰囲気になり、僕らは別れた。

 

僕はこの別れが永遠のものになると予感していた。

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