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ワタリと僕  作者: ぼうし
3/14

出会い ~ 細長い月が輝く夜に ~ 第三話

今から10年前_


僕は工場で働いていた。


そんなものを大量に作ってどうするんだ?と言われたら反論が出来ない_無駄な作業を延々とする。資本主義という、無駄な消費を求める社会の象徴ともいえる仕事をしていた。作業は組み立てられてたものにねじを取り付けるという単純なものだった。

 この単純な作業に8時間を割き、家に帰って動画を見て寝る。唯一の楽しみは週一回の少し豪華な食事とお酒をたしなむこと(と言っても僕はそんなにお酒に強くない。ほろ酔い一缶で十分酔っぱらえる)という生活だった。


 僕は今でもあの頃のことを思い出すとそれだけでうんざりしてしまう。

まるで、穴を掘ってはその穴を埋めるという意味のない作業を延々とさせる。そんな拷問を受けているかのような気分になる。



 そんな男やもめの見本と言ってもいい生活を何年くらい続けただろうか。5年だろうか。8年だろうか。数えるのも嫌なくらいそんな生活を続ける最中、ネット上に表示されたメル友募集という文字が僕を引き寄せた。


僕は対人関係が得意ではない。

むしろ苦手で避ける傾向にあった。


 しかし、この時の僕は限界を迎えていたのかもしれない。うんざりするような仕事とろくでもない私生活の繰り返しという出口のない迷路の出口を求め、延々とさまよっていたからだ。

 僕はきっと活路を見出したかったんだと思う。誰かとつながりを持つことが出来れば、そうすれば、救われると期待していたのかもしれない。

 人が人を救うことなんて不可能なのに_

 まあ、とにかくそんな背景もあり、僕は躊躇をすることなくメールを送っていた。


 そして、メールを送った人の中の一人から返信があった。僕とその人はその後も何通かのメールのやり取りをし、わりと馬が合ったのだろう_メールが疎遠になることもなく、メル友と呼べる仲になっていった。

 こうして僕は出口のない迷路の出口への道しるべを見つけ、わずかばかりだが以前とは違う希望のある生活へと踏み出していた。



このメル友さんは女性だったがこの人の話をしておこう。


 彼女は統合失調症という精神的な病を抱えながらも芯がある、強い女性だった。

しかし、表面上はその強さを見せることなく、ふんわりとした雰囲気を持つ女性というある種僕の理想的な人だったと思う。まるでしっかりとした茎に支えられて咲いている花といったように儚く美しい人だった。


 彼女は障碍者年金を受け取り、それで生計を立てていた。日中はB型作業所と呼ばれる授産施設でリハビリをして、気持ちばかりの対価を受け取り、空いた時間に家事をこなす。驚いたことに彼女は自炊までしていた。彼女の気が向いたときに送ってくれたパスタや唐揚げなどの画像がとてもおいしそうだったことを今でも覚えている。

 メル友を募集した理由は今の生活にずいぶんと慣れたから、気分転換に生活圏外の人と話したかったという理由だったと思う。最初のころのやり取りでそんなメールをもらった覚えがある。



僕たちのやり取りは一年も続いた。


時間は夜、何通かのメールの往復

内容はたわいのないものだった。


例えば


「彰さん、お疲れ様です。今日ね、お店で接客をしてた時、お客さんにいつもありがとう、パン美味しいねって言ってもらえたんだ。なんか、すごくうれしくていい気分で過ごしてます」


「お疲れ様です、茉由さん。頑張ってきたことを認められると嬉しいですよね。

今夜はいい夜になりそうですね。僕は相変わらずの一日でしたが帰り道、月がきれいで救われた気がしています。満月の夜も悪くないですね」


とか


「今日のご褒美ご飯、焼き鳥セットとビールをお供居に堪能しました(^^)」


「おお、いいなぁ、私も食べたいw

私のご飯は「クリームパスタ(市販のソース)」だよ。彰さんの贅沢ご飯はセンスがいいよね」


「週に一回の贅沢だから奮発しちゃいました(^^)

よかったら茉由さんも食べてみてくださいね」


といったように色気のない話だった。




僕はここまで話し、炭酸水を飲む。


「でもさ、このたわいもないやりとりがさ。僕にとってとても大切だったんだ。彼女と話しているときだけが僕が僕らしくいられる気がしたんだよね。そしてさ。僕たちはメールを重ねるたびに親密になっていったんだ」


「ほう、運命の出会いというやつじゃな」


「運命の出会い…だったのかもしれないね」

僕は少し切なくなる。


「ふむ、運命というものは時に残酷な牙も向けるが・・・」

ワタリは少し罰が悪そうにしながらも気遣ってくれた。

僕はそれが嬉しかった。


「それでさ。メールを始めて一年が過ぎた頃に会ってみない?という話になったんだ」


「ふむ」


沈黙が訪れた。

僕は当然だが、ワタリもこの話の結末がよくないことがわかっている。


それゆえの重い沈黙。

虫の音がやけに大きく聞こえる。


「僕はさ。少し怖かったんだ。現状で満足しててそれが壊れるのが怖かった。だけど、会ってみたい気持ちも当然あって難しい決断を迫られたんだ」


「うむ。で、会うことにしたのか?」


「うん、結局会うことになった・・・」

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