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第93話 ESCAPE

 猫は自由だ。鬼殻にも廬にも従わない。

 言わば中立の立場にある。敵になったり味方になったりは決してしない。

 猫はただ宝玉の行く末を見たい。生きているうちに、世界を翻弄した厄災とやらの末路を見てみたい。

 故に猫は、一番厄災に近そうな廬に近づいた。周囲見張っていたが詰まらない事でうだうだうじうじと悩んでいるのを見ているのが面倒になった。退屈で死んでしまいそうだと猫はふてくされる。


「オレはただ面白い事を見たいだけだにゃあ。それが誰かの恋路でも良いし、痴話げんかでも良い。オマエたちが暴れてくれにゃいとにゃんにも面白くにゃーよ」


 猫を楽しませることが出来るなんて思っていないが、この状況はとてもよろしくないという事はよくわかった。下手な事を言えば猫は廬の首を飛ばすのだろう。

 退屈だから咄嗟に声をかけてしまった。これ以上、此処で何をするのか、と。

 瑠美奈が幼少期に暮らした洞穴も見て、棉葉を筥宮に連れて行くことが決定していて、自分の力を少しでも認識して、あと他に何をすると言うのか。


「臆病風に吹かれてるだけだ」

「そんにゃらこんな所にいる必要はにゃいわけだにゃあ」


 筥宮に行くことで全てが動き出す。嫌でも宝玉が一つの場所に集結してしまう。

 それで鬼殻は瑠美奈を使って厄災を止めるかもしれないし、瑠美奈が一人で宝玉を支配してしまうかもしれない。

 だから、筥宮に行くのを恐れている所はある。いつまでも此処にいても意味がないのも事実だ。


「励ましに来たのか?」

「んにゃ?」


 的外れな事を言う廬に猫はきょとんとした声を出した。

 きっと姿が見えていたら呆けた顔をしているに違いない。


「優柔不断な俺を激励しに来たんだろ?」

「そう言う事にしておいてやるにゃあ。オレが次退屈したらオマエ、首とお別れする事になるにゃあ」


 スーッと廬の髪が揺れる猫が何処かに行ってしまったのだろうかもう声は聞こえてこなかった。


「……。もう迷ってる暇じゃないって何度も気持ちを切り替えてもやっぱり思う通りにはいかない」


(宝玉を奪い合うのが怖いのか。何が怖いんだ。鬼殻を片付けたら済む話だ。俺は何が怖い? ……そんなの決まってる。分かり切っている事だ)


 廬自身が恐れていることなど明白だった。


「廬さん、少しいいかしら?」


 研究者が一人やって来た。その手には電話が握られている。

 筥宮にいる儡が報告として連絡をして来たのだ。


「もしもし」

『僕、儡だよ。実は例の地下施設について僕とさとるなりの考察をやっと立てる事が出来たんだ』

「そうか。俺もお前に言いたいことがあるんだ」


 佐那を筥宮に連れて行く件について独断ではまた何を言われるか分からない為、一応確認をしようと儡と話をする。


 儡は、企業ビルの地下にある正体不明の施設について調べていた。

 案内として鷹兎が付き添ってくれたお陰で面倒なことは起こらなかったし、鬼殻も襲撃してこなかった。起きている劉子も連れているから万が一の場合も対応できる状態で施設に訪れた。得体のしれないカレらを儡も目撃した。





 数日前、筥宮。地下施設にて。

 廬とミライが御代志町に向かった日に儡とさとるは鷹兎と言う人物を訪ねた。鷹兎は病院にいるらしく、憐を訪ねるついででもあった。

 憐はまだ身体が思うように動かせないようで旧生物の助けを借りなければ歩けないと釈然としないままに従っている。


「傀儡クン、彼が祈鏡鷹兎クンよ」


 純が紹介したその人は、日本人らしい黒い髪をしているが、その瞳は左右とも違っていた。


「素敵な瞳をしてるね、君」


 儡が言うと鷹兎は苦笑して「ありがとうございます」と呟いた。


「僕が皆さんを例の施設に連れて行きます。何があっても無事に地上に連れて帰ります」

「別に君に守られるほど弱いつもりはないよ。僕たちは普通の人間より丈夫に出来ているんだから」

「ええ、存じています。だけど僕がやり遂げたいので、やらせてください」


 そう言って、儡は鷹兎の案内のもと、さとると劉子を引き連れて施設に向かった。


 ビルに到着しエレベーターで地下へと通じるボタンを順番に押して暫く、扉が開き先に行く間もなくカレらがそこにはいた。以前よりもエレベーターに近づいた気がする。

 液状化が進んでいるのかもう人のような形は残されていない。


「まるでスライムだね」

「うぅ……」

「さとるさん、吐かないほしいです」

「ま、まだ大丈夫ですよ」


 得体のしれない物体を前にさとるは気分を悪くしている。

 儡と違って平和に過ごして来たさとるにとってこういった場所は余り気分の良い光景ではないのを一瞥して儡はエレベーターから出る。


「失敗作なのかな」

「し、失敗作ってなんのですか?」


 さとるが儡の背後に隠れながら何とか足を前に出して近づく。


「この赤の液は、言うまでもないけど血だね」

「こ、これって実際は何だったんですか?」

「普通に考えて人間だろーです」


 人間だったものだというのは聞くまでもない。問題なのはエレベーター前に四五体いることだ。劉子や廬の言葉を信じるのなら先に続く廊下にまだいるのだろう。それほどの数のカレらが何故いるのかだ。


 踏まないように先に進むとカレらは、やはり増えて行く。


「形而上の何か」

「けいじ?」

「形のない物。認識できないもの。僕たちにじゃない、カレら自身が自分を実感できない」


 儡はカレの一つに近づき屈んで、ぐちゃりとカレに指を突っ込んだ。さとるが「傀儡さーーんっっ!!」と絶句している。あり得ないと儡の背中を掴んでいた両手は行き場を失いその場で彷徨っている。


「形而上の生物。実体を探しているんだろうね」

「実体です?」

「器を失って、入ろうとしているんだよ。だけど僕たちは既に精神を持っているからカレらは僕たちに触れることはできないし僕たちを認識できない」


 生きているのか死んでいるのかも分からない。

 それは精神と言う目に見えない物を人間に目視する事が出来るようになっただけ。何もできない幽霊。


「だ、誰がこんなことを」

「こんな超自然的な事が出来る人物なんて僕が知る中で一人だけだよ」


 呆れたように言う。


「人間の精神をこうして器の外にはじき出す事が出来るのは、鬼殻の得意技だよ」

「鬼殼さんです?」

「鬼殻の特異能力がそうなんだよ。もっとも生きていたらの話だけどね」


 鬼頭鬼殻の特異能力。人間の身体を自在に作り変えてしまう。

 それこそ鬼殻の理論で言う美しく作り変えられてしまう。

 瑠美奈が殺さなければ多くの人が人間を辞めていただろう。


「鬼殻が時々癇癪を起こすことがあるんだけど、その時に見たことがあるよ」


 原因は不明。美しくないものを見たからなのか、鬼殻は時々癇癪を起していた。

 頭を、顔を手で覆い、もう何も見たくないと言いたげに呻き声を上げていた。儡は、その様子を影ながらに見ていた。研究者たちはその癇癪を抑えようと近づいた時、その特異能力は発動された。鬼らしからぬ力。瑠美奈が一番鬼らしい力を持っている。

 だが鬼殻はどうにも鬼ではないのではと言われている。

 血液検査の末に鬼殻は、れっきとした華之と鬼の子だが、鬼殻はその事を気にしていたのかもしれない。


 らしくない。そうじゃない。否定される言葉の羅列の中で生きて来た鬼殻にとって鬼らしい瑠美奈は嫌われていても可笑しくはない。


 鬼殼が、言わないだけでもしかすると異型に変えしまうのは副作用なのかもしれない。証明の仕様がない為に本人に訊くしかないのだがまともに話せる相手でもない。


「鬼頭さんは、どうしてこの人達を……」

「器を用意する為だったんじゃないかな。降霊術とか言うので鬼殻は身体が必要だと思うしね」


(それか鬼殻の死骸をわざわざ此処まで運ぶ間の時間稼ぎだった可能性もあるか)


 現世に繋いでいられるのも限界があるとしたら鬼殻は宝玉で戻って来たとしてもすぐに地獄に引きずり落とされてしまう。


「……! こんな事をしたって意味がない」

「傀儡さん?」

「ただの人間が死人の魂をこの世に繋いでいられるわけがない」


 此処にいるカレらは鬼殻が蘇った後に特異能力がまだ使えるかといった確認の為に作られただけだと儡は見解を立てる。

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