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第86話 ESCAPE

 ミライが研究所で過ごすのは気まずい為、ヴェルギンロックに泊まらせてもらった。

 廬は研究所に部屋を与えられている為、研究所に向かう。

 ミライ本人が警戒対象と言ってもそれ程厳重に警戒する必要はないし、逃げも隠れもしないと言っていた。


 研究所に到着すると丁度会いたかった人物が向こうから来てくれた。


「こんな月が昇る夜に散歩とはロマンチストだこと」

「棉葉。お前に幾つか聞きたいことがある」

「だろうとも! その為に私は寒空の中待っていたんだからね」

「来るの分かっていたなら五分前くらいでも出来たんじゃないのか?」

「そこは乙女心って奴を考慮してほしいものだね!」


 乙女にしては少し知り過ぎている。

 廬は棉葉と二人で研究所の屋上まで行く。何故か二人で話をする時は此処と決まってしまっている。わざわざ屋上に行かなくとも部屋に行けばいいと言うのに疲れる事だ。



「さて、聞こうか。君の知りたい事とやら」


 寒いと言っておきながら研究所の屋上にやって来る。

 欄干に肘をかけて棉葉は廬を見る。


「お前、鬼殻の事を知ってるだろ」


 その問いかけに笑みを浮かべたまま動かない。

 質問の意図が分からないと言うわけでもないだろう。


「前回俺が此処に来た時、お前は死んだ奴の事は知る事は出来ないと言った。だけどその後、瑠美奈に華之を喰わせた俺と鬼殻が同じだと言った時にお前は、鬼殻は私利私欲だと言った。鬼殻が死んだのは随分と前の事だったなら、瑠美奈に兄がいる事は知っていても、その兄の事を知ることはできないんじゃないのか?」

「もしかしたら、無数の新生物から得た情報かもしれないだろう?」

「この一年でお前が憐か儡に会った可能性は低い。そもそも外で会うことを憚っていたんだ。一体誰から鬼殻について知った? いや、人伝で知ったわけじゃないんだろ。お前は鬼殻と直接会っていた」

「まるで探偵気取りじゃないか」

「確信を得たのは、今日だ。鬼殻の事を知っている人は皆一様に同じ顔をしていたのにお前だけはいつも通りだった」


 鬼殻に一番近しいとも言える綿葉なら鬼殼を知し、情報を流すことができる。


「瑠美奈が何処に鬼殻の遺体を隠していたのか。密告したのはお前だろ?」

「ふむっ。此処は潔く言おうじゃないか! 勿論! 私だ!」


 恥も反省もない。棉葉は当然の事だと口にした。


「訊かれなかったからなんて意地悪は言わないぜ? 私の計算上では、君たちに彼の生死確立を伝えてしまえば、今は訪れていないと出ている」

「未来予知まで出来るのか。流石だな」

「君の母親の死を明確に予知する事も出来るぜ?」

「そんなのはどうでもいい。俺が訊きたいのは、お前は鬼殻の味方なのかという事だ」

「んー。今は佐那君の味方と言っておこうかな。彼女の成長は海良君との約束でもある」

「海良? なにを」

「海良君は、佐那君に自分を照らしていたんだろうね。歩けない少女、足が無い自分。私はね、廬君。彼女を死なせたくはないんだよ」


 その瞳は悪ふざけには思えなかった。本心で言ってるような気がした。

 ただ錯覚かもしれないが、もしもこれが本心だったらと廬は棉葉を見つめる。


「君の味方にはなれないが、今は鬼殻君の味方にもならないだろう。もっとも彼にとっては、私と言う存在は不要かもしれないけどね」

「……鬼殻は、別に自分の死体が無くても蘇れたのか?」

「そもそも、人間ってのは死んだら死んだまま戻らない。新生物だって死んだ人は蘇らせられないさ。たった一つの宝玉だってそれは変わらない」

「何?」

「とどのつまり、もう厄災は終えているのさ」


 棉葉は言った。厄災は終えている。

 廬は絶句する。あれ程、人々が恐怖している厄災が終えている。


「厄災は宝玉が多い場所に発生する。一人の女の子が二つ宝玉を持っている。散り散りになっている宝玉よりもまとまっている所に厄災が来るのは当然と言えるだろうね」

「……瑠美奈の心を宝玉が共鳴した?」

「いつ。何処で、何処かの状況下で瑠美奈君は、鬼殻を強く感じたはずだよ」


 一番瑠美奈が求めていなかった事を宝玉が発生させた。

 鬼頭鬼殻が厄災。そんなデタラメな事を言い切っていいのか。


「死体は何のために?」

「瑠美奈君を混乱させない為のカモフラージュだろうね。降霊術をしたとか言えば瑠美奈君は信じる。鬼の力をもって自分自身を食べたんだろう。仮にも綺麗な物、美しい物を欲する男だ。そこら辺は死んでも変わらないみたいだね」


 完璧な身体を食べて中身を美しくする。

 鬼殻は何故、そんなカモフラージュをしたのか。廬では理解出来なかった。


「叱らないであげるべきだね。彼女が一番欲していたのは、忌み嫌っていた鬼殻ではなく、心優しい兄だったんだからね」

「!? ……兄に会いたかったのか」


 反逆の日。瑠美奈は妹を辞めた。

 親を食べさせられた時、兄の面影共々ひた隠しにする覚悟を持っていたはずだ。


「瑠美奈が鬼殻にあんな暴力的になるのは……兄と酷似した男だからか」

「本物である事が彼女にとっては致命的。瑠美奈君は一度愛してしまえば手放すのに時間がかかる。だが一度手放すことが出来れば鬼になることだって出来る。鬼殻は唯一瑠美奈君の庇護を超越した男だ」


 兄に会いたいと思う反面、会ってしまえば鬼殻が現れる。

 宝玉が会いたくない人物を蘇らせた。


「鬼殻にその自覚はあるのか?」

「自覚?」

「自分が厄災って言う自覚だ」

「あると言えばあるし、ないと言えばない。彼にとってそこは重要じゃない。もし自分が生き返ったのなら要因はどうあれ、厄災を停める事を一番に考える」

「どうしてそんなに厄災を嫌ってるんだ」

「美しくないから。その為ならどんな手でも使う。それこそ妹が犠牲になって構わない」


 それは何処か寂しいと感じた。

 鬼殻は、愛されているのにその愛を美しくないと退ける。

 一人で美しさを探求する事が孤独だと思わないのだろうか。


「人は自分のあり方を理解出来ないものを拒絶する。だけど瑠美奈は全てを受け入れる。さながら海のように、大地のように……聖母のように全てを守る。それがあの男にとっては眩しく思ったのかもしれないね。鬼殻は生粋の鬼だ。鬼の血を流して居ながら誰かの為にあろうとする瑠美奈君が眩しくて殺したいのかもしれない」

「否定されることで成長もすれば立ち止まりもする。じゃあ、肯定され続けたらどうなる」

「停止するだろうね。何も考えられなくなる。瑠美奈君の鬼としての気質は、精神汚染だよ」


 瑠美奈は何でも許してしまう。だから何をしても許されると錯覚して鬼を生む。

 最後には瑠美奈に見限られて、瑠美奈に殺されて喰われてしまう。

 負の連鎖。瑠美奈は期待したものを壊してしまう。


「兄弟揃ってしっかり鬼と言う事か」

「一重に鬼と言っても数がある。原初の血を持つ鬼もかつてはそうだった。受け入れようとして失敗して、復讐を果たした」

「復讐?」


 原初の血。御代志村を襲撃したと言われる鬼。

 棉葉が独自で調査したことだった。


「瑠美奈君が住んでいた小屋があるだろう?」

「山奥にある奴か?」

「イエスっ! その小屋には洞窟に繋がっていたんだ。勿論、瑠美奈君は気が付いていない。壁を破壊するようなことはしない子だからね」


 古ぼけた小屋。嵐が来たら崩れてしまうような小屋。岩山に面した壁は空洞になっていると棉葉は言う。そこには瑠美奈の父親が暮らした洞窟に繋がっていると言う。


「今からでも向かえば日の出には間に合うんじゃない?」

「自分の目で確かめて来いって事か」

「瑠美奈と鬼殻が暮らしていた痕跡が残っていると思うよ。もっとも彼らはまだ子供だったからね。二人の記憶には残っていなかったけどね」


 まだ聞きたいことはあったが、瑠美奈の事が気になった廬は研究所を出る為に踵を返した。

 廬の背を見届ける棉葉は「いってらっしゃい」と言葉を送る。


「やはり君は瑠美奈君を優先する。君がA0であることを一番に知るべきだと言うのに、君って奴は……全く面白いに尽きるよ」

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