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第85話 ESCAPE

 その後は、佐那と棉葉の信頼性を語った。

 佐那はそもそもに瑠美奈を死なせたくない。瑠美奈を愛しているのに死なせるわけがない。その愛情は健在のようで、今も筥宮で苦しんでいる瑠美奈のもとへ駆け出したい気持ちを必死に殺している。


 棉葉に関しては、A型の生き残りとして殺されないで此処にいるのは一重に廬のお陰だった。佐那が立派な所長になるまで、もしくは所長になった後も支え続ける事で生きる事が出来る。一人で外出する際は、位置情報が研究所に送られる為、逃げることはできない。


 ミライの信頼性、御代志研究所の信頼性を互いに理解して、鬼殻の事を廬は説明する。

 以前、研究所を襲撃された際に瑠美奈が隠していた鬼殻の遺体を見つけられ筥宮に移動させられた。その後、宝玉の力で復活した。

 鬼殻の目的は、厄災の抹消だと言っていたが真意は分からない。

 実の妹を殺してまで厄災を止めたい兄などいるわけがないのだ。極限に仲が悪かったら可能性はゼロではないが、かつては親しい兄妹だったと聞いている。


「残りの宝玉は、あたしが持つ緑の宝玉と糸識さんの青の宝玉。そして、病院にいる稲荷さんの黄色の宝玉。瑠美奈が二つ」

「鬼殻が黒の宝玉を持ってると思う」


 六つの宝玉が揃いつつある。このまま瑠美奈が全て持ち瑠美奈を殺せば厄災は消えるのだろうか。

 廬は拳を握る。瑠美奈が鬼殻と結託してしまえば瑠美奈を救う手立てが無くなる。

 瑠美奈の意思なのだ。死ぬしかないと言う意思。


「じゃあ、護衛をするのは、所長さんで良いわね。あたしは、あんたたちの事情なんて知らない。ただあたしは宝玉を守るだけ……それでいいわよね?」


 異世界人である以上、余り深い所まで知ってはいけないと一歩引いているが既に遅いのではと廬も棉葉も思考する。

 ミライはそれだけを言って所長室を出て行く、廬もその後を追いかける。

 途中「あとでまた」と佐那に伝えて部屋を出る。

 扉を出ると聡が「おっ! 終わった?」と尋ねるのを頷いてミライを追いかけた。



「ミライ!」

「どうかした?」

「いや、道。わからないだろ?」

「あ、……そうね。確かに。話は良いの? 気を利かせたつもりなんだけど」

「それはいつでも出来る。何処に行くんだ? 案内する」


 研究所でミライの部屋を用意すると伝えるが遠慮される。


「外の施設に泊まるわ。その方が研究所の人たちは気を張らずに済むでしょう?」


 仮にも新生物でも研究者でもない。見知らぬ人が歩き回っていたら気を張って仕方ないだろうと気を使うのを申し訳ないと思いながら廬は感謝を述べる。


「腹減ってないか?」

「お腹? まあ少しは」


 長い話をした所為で日も沈み店なんてどこもやっていないだろうとミライは首を傾げる。


「良い店を知ってるんだ」


 研究所を出てヴェルギンロックへと向かう。

 相変わらず店主は不愛想でミライは「うっ」と気まずそうだった。

 カウンター席に腰掛けてメニューを開く。


「奢るよ」

「ありがとう。そうね。何にしよう」

「俺はナポリタンのセット」

「あ、あたしも!」


 人に奢ってもらう為、下手なものは頼めないと謙虚になってしまうミライは廬と同じものを注文する。

 料理が来るまでセットの珈琲とジュースを飲んで他愛無い話をする。


「あのさ。訊いても良いか?」

「あたしの世界のこと?」

「ああ」

「良いよ。別に話して世界が変わるってこともないでしょうから」


 ミライはジュースを少し飲んで気持ちを落ち着かせる。


「あたしが探しているのは本当の母さんじゃないんだ。あたしが魔術の師と呼んでいる人がその人で。本当の母さんは、小さい頃に死んじゃってね。お姉ちゃんと住んでいたんだけど、お姉ちゃんも突然消えたの。一人で暮らしていたらある日、空に大きな亀裂が生まれた」


 ミライが暮らしていた世界は、本来は廬が住んでいるこの世界同様魔術など存在していない世界だった。しかし一人の女子高生が異世界、正確には魔術が存在する裏世界から凶悪な魔術師を召喚してしまった。夢を抱いただけだったけれど、その女子高生は夢を実現しようとして破綻した。

 召喚した魔術師が、ミライが暮らす世界と魔術師が暮らす世界を融合させてしまった。空に生まれた亀裂から魔術師が押し寄せて来た。

 魔術への抵抗手段を知らない人達は片っ端から殺された。逃げ惑い蹂躙された。

 政府は何とか生き残っている人達を地下シェルターに避難させた。

 味方の魔術師が地下都市を作り上げて地上奪還を目指した。

 降る雨は魔力が宿っている所為で魔力が無い人間を殺したり魔力を目覚めさせたりした。


「あたしも逃げ惑った。そして、殺されそうになった……。小さな石に足をとられて転んで殺される一歩手前の所で、助けられた」


 今でも瞼の裏に焼き付いている。魔術師が爆散する光景を、そして駆け寄って来る神様のような人。驚異的な魔術で多くの魔術師を一掃した。


「あたしじゃなくても良かった。あの場にいたのがあたしじゃなくても良かった。あの場にいたのは偶然あたしで、見つけられたのがあたしだった。もっと別の誰かを救えた。だけど、あたしで良かったって心底思った。あの場所にあたしがいて、あたしが救われたことが嬉しくて……。その人をお母さんって慕った。勿論相手は否定をしてたけど子供のあたしには難しいことはわからない。……ただ心の拠り所が欲しかった。それだけ」


 雨の影響でミライにも魔力が宿ってしまった。魔術の慣らし方を教わり、徐々に魔術師に対抗できる魔術を教わった。


「どうして、次元を移動なんて?」

「母さんは、あの結末を……世界破滅を認めなかった。だから過去に戻ろうとした。同じ世界だけど別の世界、似ている存在がいる別空間」


 多次元移動をした。だがそれは、いまミライがいるように死んだら衝突して消滅する不安定なものではなく簡易的なものであり本来いた世界を増やすという事だった。


「増やす?」

「一つの世界は並行して枝分かれしているの。その人が死んだ世界とその人が死んでない世界。母さんは、魔術師が押し寄せて来ない世界を探しているの。あの結末のない世界を探して、二度と本来の世界には戻れないと知っていながら探した」


(バタフライエフェクトってやつか)


 本来の世界を捨ててでも幸せな世界を探した。


「じゃあ、ミライはもうその世界には……」

「うん。多分、一生戻れない。あたしは何も無かったから良いけど、母さんには仲間がいた。勇敢な真昼の騎士と知的な星のお兄さん」

「すごいネーミングセンスだな」

「若いあたしが考えたの。悪く言わないでよ」

「はははっ。悪かったな」


 真昼の騎士と星のお兄さん。二人がミライの師を支えていた。

 二人がミライの世界を支えるからと言って別れたのだと言う。


「きっとあの二人だって一緒に行きたかったと思う。だけど一緒に行けるのは二人。二人だってギリギリだった。母さんと一緒に世界を飛んで本来の結末を探したかったに決まってるのに……あたしが我儘を言った所為で母さんは仕方なくあたしを連れて行った。……母さんと一緒にいたはずなのにその手は離れてあたしは、本来の道から離れて、この世界にやって来た。あたしが暮らしていた世界は魔術戦争が起こっていた世界、だけどこの世界は魔術が無い代わりに新生物や怪物がいる。そんな世界。根本的に違っている。だからあたしが此処で死ねば、多次元衝突が起こるんだと思う」


 話している間、ミライはずっと俯いていた。

 その手を離してしまったことを悔いてなのか、二人を押しのけて自分が世界を移動したからなのか。後悔をしているのだろう。

 本来なら会うはずのない存在が此処で混ざり合っている。


「きっとあたしが帰った後の世界は収束される」

「収束?」

「ええ、きっとあたしを見つけた誰かが、あたしを回収したのち、世界の流れに異常が無いように監視して、その異常を削除して収束する。だから、此処で話した事は……あんたの頭からは消える。多分、あたしの頭からも必要のない記憶は消されて母さんと離れた時の記憶しか残らない」

「なら、忘れられない思い出を作ろう」


 母親を見つける事が出来ないのなら、どれだけ収束しても消えない思い出を作ればいい。まだ見つけられていないのなら、全てを終わらせて思い出を作ればいい。


「そうね。それも面白いかも……あたし、また憐とゲームがやりたい」

「ああ、きっとあいつだって同じことを思ってるよ」

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