第83話 ESCAPE
深夜にて。
瑠美奈は月が浮かぶ筥宮の街を鬼殻を探す為に走っていた。
不意に憐や真弥が入院している病院の近くまで来ていた。
「来ると思っていたよ、瑠美奈」
「っ!?」
瑠美奈を呼ぶのは儡だった。
「退院おめでとう」と前置きを告げる。
「鬼殻が復活したんだって? 廬から聞いたよ。探しているんだろう?」
「……うん」
儡は、病院の前に整えられている花壇の縁に腰掛ける。
瑠美奈は、鬼殻を探し始めるでもなく儡の言葉を待っていた。
瑠美奈が無意識に病院に来ることを知っていた。どれだけ感情の抑制が叶わずとも友人を見捨てるような性格はしてないと知っていたからだ。
待ち伏せをしていたら思っていた通り予想していた時間よりは陽が沈んでしまったがちゃんと現れた。
「廬が明日、ミライと御代志研究所に戻る。佐那が宝玉を持っているらしいんだ。だから、彼女を守る為に研究所に帰る。僕たちは憐を守りながら憐が捕まっていたビルの調査をする予定だよ」
瑠美奈に儡や廬の行動をしっかりと伝えたかった。鬼殻を追いかけている最中に自分たちが必要になるかもしれない。
鬼殻が御代志研究所に向かい適合者から宝玉を奪おうとするかもしれない。
ただ奪うだけならば良い。殺してまで奪うかもしれない事を危惧して廬は御代志町に向かう。
「けんきゅうじょにはむかわせない」
「うん、そうしてほしい。出来れば、憐にも近づけさせないでほしい。僕とさとるでビルを調べたいから……お願い出来るかな?」
「やる。ぜったいにじゃまはさせないから」
儡は瑠美奈を信じている。鬼殻もまさか瑠美奈を殺そうなんてしないだろう。
瑠美奈が死んでしまえば、鬼殻がやろうとしている事は白紙になるのだから。瑠美奈に追い回されながら数日過ごしてたらいい。
「暫く会えなくなるのは寂しいな」
「……」
儡は立ち瑠美奈の手を取って、強く握る。
瑠美奈は俯いていた顔を上げると儡は微笑んでいた。
「大丈夫だよ。僕は君が戻って来るまで待ってるから、……それまでは僕は僕なりに動いてみるよ、なんの成果も得られないかもしれないけどね。君の邪魔にならなければ良いけど」
「うん、ありがとう」
握られた手を少しだけ握り返して瑠美奈は頷き、夜の街に駆けて行った。
鬼殻を探しに向かった。
鬼殻は瑠美奈がいる街に身を置いているはずだ。瑠美奈が追いかけずとも宝玉が集まることでおのずと現れる。だがそれは、鬼殻の準備が整っている状態とも言えた。
儡は、愛する少女が闇に消えるのを見届ける。
朝、電車内にて。
ミライが廬を迎えに来る。
儡とさとるがビルの調査、廬とミライが御代志研究所に向かう為に各々行動が始まった。
ホテルから駅まで向かい電車に乗る。廬は窓の縁に肘をついて流れる景色を眺める。
ミライは、駅前で買った菓子パンを頬張っている。
「あのさ」
「ん?」
四つ目の菓子パンを食べようとしているミライは廬に尋ねた。
「鍾城って知ってる?」
「ブランドか?」
鍾城ブランド。高級ブランドで廬はそう言うのは詳しくない。
ミライがブランド品の話をするなんて思わず首を傾げる。
「その社長か会長さんって誰?」
「ブランド界隈の事は分からないな」
「太鳳か、神事って名前じゃない?」
どうしてそこまで知りたがるのか、調べたら簡単に出て来るだろうと廬は考えるよりも先に調べた方が早いと思いスマホで検索をする。
『鍾城ブランド 社長』と調べると複数のサジェストが出て来る。
検索結果が約八十万件出て来た。
「社長が神事って人で、太鳳って人は弟なのか。そっちの情報はないな。それがどうかしたのか?」
「母さんの知り合いなんだ」
「そう言えば、母親を探してるんだったな。魔術師って事はいまだに信じられないが」
儡は知っていた様子だった。廬の知らない間に接触していたのだろう。
まだ魔術師らしい所は見せてもらっていないが、ミライ曰く「あんたたちと違って代償なしって訳にはいかないのよ」と言う事らしい。さとるとは随分と返答が違うと苦笑したのを覚えている。
そんなミライの母親は一体どう言った人物なのか、廬は名前を尋ねる。
「―――」
「え?」
「聞こえた?」
「いや、悪い。聞き逃した」
「それは間違いじゃないよ。誰にも母さんの名前は分からないし発言できない」
「難儀だな」
「驚かないんだ」
「新生物の件で手一杯だ。魔術師の事で驚いていられるか」
内心驚いてはいる。言葉が聞こえない、発言できない。そんな相手がいるなんて廬は信じられない。しかし信じるしかないのだろう。人の姿をした鬼がいるように、妖狐の息子がいるように、何でも存在する。
Unknownを探している。見つかるのだろうか。
見つからないで異世界からやって来た魔術師。
「そう言えば、名前は?」
「ミライ。物覚えが悪いのかしら?」
ミライは怪訝な顔をすると慌てて否定される。
「あ、いや。そうじゃなくてミライはハンドルネームだろ?」
言うとミライは少しだけ目を見開いた。
名前なんて「ミライ」で十分だろうに知る必要もないだろう。
「異世界人の名前なんて知らなくていいのよ。ミライ。それで良いでしょう」
異世界人。
この世界の人間ではない。
異世界の人間の事をこの世界の人間が知ってはいけない。
「それに、魔術師は本名で人を操れたりするのよ? 簡単に教えられるわけがないじゃない」
ミライはクスリと笑って菓子パンを頬張った。
御代志駅に到着するとそこには「ハロー」と見慣れた人が立っていた。
「棉葉」
「知り合い?」
棉葉の出迎えに廬はよりにもよってと肩をすくめた。
出来ればあとで話がしたかった人物ナンバーワンだろう。寧ろ会いたくなかったというべきか。廬は「なんでいる」と言った無粋な質問は飲み込んだ。
「迎えに来たのか?」
「そう! 佐那君が忙しそうだったからお姉さんがね~! そ、れ、よ、り」
「え?」
ふふ~んと鼻歌を交えながらミライに近づいて「君が噂の!」と握手をする。
「ミライ君だね! 話は聞いているよ! 私は糸垂棉葉、好きに呼んでくれたまえ!」
「ど、どうも」
「彼女はひと目見た相手の事を全部知る事が出来る新生物だ」
「ひと目見た……ッ!?」
掴まれた手を勢いだけで離してミライは距離を取る。それほど知られたくないことがあるのか、自分のプライベートを晒されたくないのか。どちらでも納得のいく反応だった。
廬もその事を知っていたら関わりも持たなかっただろう。
「あ~。安心してよ。君の情報は守ろう。そう言うのは私なりの守秘義務ってのを科しているからね!」
「その割には俺の事をべらべらと吐いてくれたな」
「世界存亡に比べたら安いものじゃないのかな?」
廬の情報など世界の危機に比べたら確かにちゃちな物だろう。
しかし簡単に渡す当たり、やはり信用ならない。
廬の思いを無視して「さあ! 佐那君が待っているから行こうか!」と迎えの車があるようで駅を出るように踵を返した。
「信用出来るわけ?」
「出来ないな」
「……」
「けど、あの人以外に今の現状を誰よりも知っている者はいないとだけ言っておくよ」
信用できないが、信じなければ情報は得られない。
佐那に説明するのだって棉葉が一番わかりやすく伝える事が出来る。
廬を見た瞬間に全て理解しただろう。
(何よりも棉葉は知っていたはずだ。俺がA0であることを……)
その件も含めて廬は棉葉を信じていなかった。
廬が棉葉を凝視しているとその事に気が付かれてしまい「熱烈な視線を送るね」と茶化された。
「君の知りたいこともあとで教えてあげるさ」
「……それを聞いて安心した」
迎えの車の中で棉葉は延々と自分語りを続けている。それほど遠くないのに早く研究所について欲しいとこの時ばかりは思った。鬱陶しい事にずっと語り続けていたら良いのに時折こちらに反応を求めて来た。