第78話 ESCAPE
「瑠美奈さん、私が二人を地上に連れて行くです」
「……おねがい」
「です」
ミライは真弥を引きずるように背負って部屋を出る。生きる気力がない真弥を放置するわけにもいかない。出口を知っている瑠美奈か劉子のどちらかが案内することになるが劉子の行動可能時間も迫っている為に必然的に劉子がエレベーターの場所まで連れて行くことになる。一緒に総合病院に行って劉子は寝るところを、ミライは真弥を入院させてもらうように伝える。
無理でもホテルに迎えば儡がいるから平気だろう。
病院には純か鷹兎がいるだろう。劉子は鷹兎の事を知っているし話を通してくれるはずだ。鷹兎と出会えなくとも劉子が新生物であることを純に言えればいい。
病院で真弥を保護できないなら純が儡のいるホテルを教えてくれるはずだ。
劉子とミライが二人で真弥を運びながら施設を後にする。
見届けて瑠美奈は踵を返して小走りでミライが言っていたであろう最奥に向かう。
仄暗い通路は瑠美奈の心を蝕み、最悪を思い浮かばせる。
時折カレらの液体が靴を濡らす。それがまた気分が悪くなる。
肌寒さが瑠美奈を襲う。恐怖はないが、心境を語れと言われると難しい。
言いようのない気持ちと曖昧に言葉が浮上する。
真弥があんな状態になって心がざわめいている。
こんなことなら、筥宮に来なければ良かった。
このまま大人しく御代志町に閉じこもっていた方が良かった。
だがそれだと憐を悲しませる事になる。家族を悲しませたくなかったし、瑠美奈自身も御代志町を出たかった。それに楽しかったのは事実だ。
皆と旅行は新鮮で新しい世界を見て瑠美奈は楽しんでいた。
儡には見透かされていただろう。浮ついていたに違いない。
そんな数多の楽しいを一つの悲劇で無かったことにはしたくなかった。
カツンと床の素材が変わった気がしたがそんな事を気にしているほど瑠美奈に余裕はなかった。
施設の最奥は、開けており奥には台座が置かれていた。その上にはミライの言っていた青の宝玉が置いてある。不用心なのか、此処にありますと揶揄っているのか。瑠美奈は唇を噛んだ。
「瑠美奈、思ったより早い復活だねぇ」
台座の前にいたのは、景光だった。
「劉子がさがしている。なにをたくらんでいるの」
「企んでなんかいないよ。俺はな」
「じゃあ、誰が」
こんなどうしようもない冗談を仕出かしているのか尋ねる前に答えは容易に出て来た。いや、現れた。その姿に瑠美奈は絶句する。
「さて、誰でしょうね?」
いるはずのない人。存在しない人が歩いて来る。
寸分違わない姿で瑠美奈の目の前に現れた。
その姿を見るだけで瑠美奈の中にある血液が沸騰したように熱く煮え滾る。殺さなければと感情ですら制御できない本能が訴えている。
無数のコンソールが音を立てる。
施設の明かりが点灯する。色彩が鮮明になり、疑う事も出来ない。
「どうして」
本物かを確認する事なく疑問が口にされる。
相手は全くとそう結果を急くなと言いたげ困った顔をした。その顔も昔のままだった。
「瑠美奈、物事には順序があるんです。問題も美しい計算式のもとで成立する。答えだけを書き写しても一切身にならないようにね。どうして私が此処にいるか。それは二の次でしかないのですよ。ですがまあ、私の理屈など誰も興味がないのでしょう。まずは協力者から紹介しましょう。瑠美奈も知っての通り小田原景光君です」
「ども~」
のんびりとした口調で片手をあげる景光。
「そして、今回の件で一番貢献してくれたのは、彼です」
「来てください」と言われて影から奥からやって来るのは、廬だった。
否、瑠美奈の知る廬ではない。偽物と呼ばれた男だった。
では、瑠美奈の知る廬は何処に行ったのか。入れ違いになったのだろうか。
確かに入り組んでいた為、入れ違いになっても可笑しくはない。瑠美奈はミライに言われた道順でやって来たのだから今も何処かで偽廬を探しているのかもしれない。
「糸識廬君。彼の事はもう一人の方で知っているでしょう? 彼はそのオリジナルです」
偽廬が本物。そんな理屈を誰が信じると言うのか。
瑠美奈は語られることに現実逃避したくなった。
「そして、私。鬼頭鬼殻です」
「ッ!?」
黒紫の髪、エメラルドグリーンの双眸。彼の中で完璧な姿がそこにはあった。
彼が本来の姿になればその瞳は鬼の色となるのは誰もが分かる事だ。
クッと瑠美奈は言葉が出てこなかった。あり得ない。
死んだ人間は蘇ったりしない。瑠美奈が確実に息の根を止めたのだ。
この手で兄を殺した。
「いきてるわけない! だって、おまえは!!」
「ええ、貴方に殺されました。しかし、今こうして生きている。少々面倒くさい手法を用いりましたがね。結果は良好。私は舞い戻ってきましたよ」
確かに殺した。この手で鬼殻の身体を八つ裂きにして抉って噛んで息の根を止めた。だと言うのに鬼殻は瑠美奈の前に姿を現した。
「私もまさか本当に舞い戻る事が出来るとは思いませんでしたよ。美しく計算し尽くされた石を積み上げていたと言うのに、無粋な鬼が蹴り上げる怒りは今も覚えています」
まるで賽の河原にいたとでも言いたげに語る鬼殻。
「ですが、蜘蛛の糸が垂れて来たのなら掴むしかないでしょう? 人々の為に私は戻って来たのです」
偽廬に景光に鬼殻。最悪な組み合わせが目の前にいる。
これが現実じゃなければ良いと祈りたかった。
鬼殻は地獄にいた頃の武勇伝を語り続けている。同族だと言うのに意地悪をする相手を懲らしめたとか、炎の中から這い上がって来たとか、涼しい山を登ったとか。全て嘘だ。全てそんな事あり得ない。
それじゃあまるで本当に地獄から戻って来たみたいじゃないか。
「ああ、そう言えば……地獄の中には父もいましたよ。変わらず威風堂々としていました。まるで反省の色がないのは我が父ながらアッパレですよ」
「ッ!?」
その言葉を聞いた瞬間、瑠美奈の身体は勝手に動いていた。
カッとなった。そんな幼稚な表現をするほどに瑠美奈の頭の中には鬼殻を殺さなければと言う指令が木霊していた。