第77話 ESCAPE
偽廬は廬から逃れて走り出した。
廬は瑠美奈たちを一瞥せずに追いかけてしまう。
「廬っ!」
瑠美奈が呼び止めても廬は止まらなかった。
残されたことで劉子は「追いかけるです?」と瑠美奈に尋ねると瑠美奈は頷いた。
どうせ今から走っても追いつかないのは分かっている為、歩いて瑠美奈は真弥を探すのを並行する。
「彼は新生物です?」
「わからない。もしかしたら、しんせいぶつなのかなっておもってる」
「です?」
「はじめはきゅうせいぶつのひとだとおもった。だけど、あのとき廬はわたしをまもってくれた。儡のちからからまもってくれた」
心を見る儡の力。黒の宝玉に支配されていた儡は瑠美奈のやろうとしている事を読み取り全てを壊そうとしていた。そんな事をされたら瑠美奈はまた大切な人を失う所だった。だけど廬が瑠美奈を見つけて、儡と瑠美奈の間に立ち塞がった。その束の間、儡の力が弾かれたのだ。
憐が廬を始末しようとした特異能力を弾いた事もある。廬は無意識だろう。
廬が何者なのかまだ分からない。分からないが廬は瑠美奈を助けようとしてくれているその気持ちは本物だと信じている。
「素敵な事ね。もっとも相手が本当に善意でやっているかは怪しいけど」
「誰です!?」
十字に道が分かれた。会話が聞こえて来たのか。壁に背を預けて座り込んでいる女性がいた。それはDHRで憐と対決していたミライだ。
「どういうこと?」
「あたしは、親切にした男があたしの大切な人を裏切ったのを知ってる。大切な人は自分を責めた。あの男を信じていなければって何度も……やり直せるのなら戻す事が出来るのならってね。だから安易に信じるのは軽率だってことよ」
憐が言っていた誘拐されたもう一人はミライの事だったのかと瑠美奈は気が付いた。
ミライが死んでいない。異世界人であるミライが死ねば厄災は免れない。
多世界衝突は数多の並行世界の均衡を崩しかねない事だ。この世界だけの厄災が他の世界にも生じる。連鎖的に生じる負の連鎖は誰も望まない事だ。
「うらぎられたからって、わたしにあたなをとうえいしないで」
「……確かに。余計な忠告だったわね」
ミライは立ち上がり「あんたたちはどうして此処に?」と尋ねる。
「真弥と言う方を探してるです」
その事を聞くとミライは「ああ、彼」と俯いた。
「残念だけど諦めるべきね」
「っ!? どこにいるの!」
瑠美奈はミライに迫ると「落ち着きなさいよ」と制される。
真弥がいるであろう場所まで案内される。
電球が切れかかっている通路。カレらが多いその場所をミライは抵抗する事なく進んでいく。ぐちゃりとその靴でカレらを踏み潰していく。その光景に瑠美奈は顔を背けると劉子は「先に行くです」と手を繋いで道を示してくれた。
通路の最奥、突き当りまで来るとすぐ左右に扉が合った。右手の扉は蝶番が逝かれて傾いている。左手の扉だけはまだ正常に機能しているようでミライはそちらに行く。
瑠美奈の手を引いた劉子が後を追いかけると、パイプベッドとシーツが置かれていた。牢屋か何かかと疑いたくなる光景。ベッドの上には何かが居た。シーツに包まれた何か。
「約五日かしら? それとも一か月なのか。この場所にいると時間感覚が可笑しくなるわね。生憎と魔術じゃあ世界時間を知る事は出来ないのよ。ご親切よね」
「それなんです?」
「あんたたちが探している真弥って人」
「!? 真弥」
瑠美奈がベッドに駆け寄る。瑠美奈を一瞥したミライは劉子に尋ねる。
「この施設の本質には?」
「まだです。偽物の廬さんが現れて大人がいなくなったです」
「偽物? ああ、なんか駆け出して行ったわね。あたしに気が付かないで二人とも奥に行ったけど」
「何処にいるです?」
「この施設の最奥、本番の場所かしらね。あたしが調べた中でこの施設の本質は、何かを蘇生させようとしているように見える。もっとももしかしたらもう既に蘇生は完了しているかもしれないけどね」
「蘇生です?」
何かを蘇生。何かというのは曖昧な表現でミライが見た形的に言えば人型だったのだから人間だ。誰かを蘇らせようとしている。
「その為に人間の生気を吸い取っている。もっとも生気なんて目に見えるものじゃないから、明確な事は分からない。魔力と同じね。目に見えないエネルギー。この世界には魔術は存在しないけど怪物が持つ特異能力を行使する新生物とか言うのがいる。特異能力もしくは宝玉」
「宝玉が近くにあるです?」
「ええ、あるわ。青の宝玉と呼ぶべきなのかしら?」
廬が向かった先にきっと宝玉があるとミライは言う。
移動していなければあると断言する。
「貴方はどうして此処から離れないです?」
「……彼を置いて行くのは流石にね」
そう言ってベッドに手をついた瑠美奈に視線を移す。
「真弥? ……真弥、ッ!?」
シーツに手をかける。顔が見えるあたりまでシーツを捲る。
そこに見慣れた真弥の姿はなかった。酷くやつれて瞳にはかつての生気は見られない。
ぽかんと二センチほど開いた口からは瑠美奈との再会を喜ぶ声は聞こえない。
「失語症とまでは行かないけど……過剰なストレスを与えられたみたいね。そこから湧き出る希望を全て奪われた。夢も希望も、縋る相手も何もかも裏切られたと錯覚する。心を閉ざしてしまった。無理もないわ。酷い実験だったものね」
「……だれに?」
「知らないわ。あたしは自分の身を護るのに精いっぱいだった。彼を助け出したのだって二日前の事、床に転がっているのを見つけたの……きっともう用がないって外のでろでろに喰わせようとでもしたのね」
ミライもそうなっていたかもしれない。そう思うと身震いした。
かつての真弥の面影など何処にもない。
ぱさついた髪にかさついた唇。希望を宿さない瞳。
ハリのない肌、数日だと言うのに伸びた爪。まるで真弥の時間だけが進んだような。
「もう生きる気力もないと思うわ」
「っ……真弥! 真弥!!」
瑠美奈は真弥に呼びかける。何度も真弥を呼び反応を求めた。
「真弥っ!」
瞬き一つしない。
このまま死んでしまうかもしれない。
「憐さんは無事だったです。それなのにどうして真弥さんだけ?」
「それは、相手が普通の人間じゃないからじゃないかしら。新生物と旧生物の違いは特異能力があるかないかだけじゃない。片親が人間じゃないから心身ともに丈夫に出来上がっているのかもしれないわ」
それでも憐だって疲弊していた。疲れ切っていた。
ただの人間である真弥が心を破壊されないわけがないのだ。
もしかしたら、何処かで期待していたのかもしれない。憐も真弥もひょっこりと戻って来るかもしれないと景光の所為じゃなくて、すれ違いになっているだけかもしれないと……そんな事、あり得ないのに。
「助ける方法はあるです?」
「あたしはこの世界の仕組みってのに詳しくないわ。特異能力と魔術の違いだってまだ明白じゃない。だから万が一方法があるとしたら、あたしの考察的に宝玉を扱えばもしかしたらその人は戻って来るかもしれない。だけど、宝玉が砕けたら溜め込んでいる人々の生気は戻ってこない」
「それは大丈夫です。宝玉はどんな力を加えても壊れない未知の素材です」
「そう。なら、宝玉を自在に操る事が出来る新生物を連れて来るのが一番の近道かしら」
「それも大丈夫です。それならもうそこにいるです」
言葉と共に瑠美奈に視線が行く。
宝玉を支配出来る唯一の存在。
宝玉の力を自在に操ることができるのは瑠美奈だけ。
「ああ、そう言えばそうだっけ。なら、此処でその人を見ていたってしょうがないわ」
宝玉を回収したら真弥は戻って来る。もしかしたら憐にも影響が合ったかもしれない。早く宝玉を回収して全部もとに戻さなければ……。