第67話 ESCAPE
筥宮総合病院にて。
瑠美奈は生えたり戻ったりした手足を動かすリハビリをしていた。まだ関節の調子が良くない。
「順調ね」
純が言うと瑠美奈も頷く。
廬が見舞いに来て三日が経過した。以来廬は姿を見せていない。
瑠美奈は心配になっていた。何か遭ったのではないだろうか。
もしかしたら呆れて離れて行ってしまったのではないのだろうか。
後者だった場合、それでも構わなかった。だが前者だった場合、助けなければならない。怪我をさせたくないと瑠美奈は心配で満ちていた。
見かねた純が「大丈夫よ」と励ました。
「糸識クンは確かな物を探しているんじゃないかしら?」
「たしかなもの?」
「瑠美奈チャンには、厄災を消したいって言う譲れないものがあるでしょう?」
「うん」
「糸識クンにはそれがないと思って助言をしてあげたのよ」
「……廬にもあるよ」
「あら、そう思う?」
廬にも確かなものがある。廬はそれに気が付いていないだけだと瑠美奈は言う。
「だけど、なよなよして自分で決断できない男はダメよ。何よりも自分の発言で誰かの命を殺す事になるって事を糸識クンは気が付かなきゃね? それに瑠美奈チャンは糸識クンの事よりも自分の事! 身体を自由に動けるようにしておかないと何が遭っても対応出来ないわよ。アタシも手伝うからね」
「わかった。がんばる。ありがとう栗原さん」
景光に取られた足は生え変わり真っ白な足がそこにはある。
純は女の子の足になんて事と不機嫌な声を上げていたのを覚えている。
松葉杖を使って歩行練習をする。バランス感覚を取り戻すだけな為、別段難しいことじゃない。
「昨日より歩けてるじゃない!」
純は自分の事のように喜々としている。腕があれば両手を合わせているだろう。
流石に片腕では看護師としての仕事が出来ない為、技術師に義手を制作を依頼している。全て政府が支払ってくれるとの事で今の科学技術をふんだんに用いた義手が用意される予定だ。
片腕の生活を知る事で他の患者の気持ちを理解出来ると機会を与えられた事に感謝していた。少し頭のネズが曲がってしまっているのだろう。
「今日は彼氏はお見舞いに来るの?」
「うん、そのはず」
「瑠美奈チャン、若いのにもう将来を約束し合った相手がいるなんて羨ましいわ。アタシなんて相手を見つけるのも至難の業」
「そうなの?」
「そうなのよ。まあ、手段がないわけじゃないんだけど、アタシってほら、突然怖い事言うじゃない? その所為で男も女もアタシの手から離れて行くのよね」
「栗原さん、びじんさんだからあいてのひと、ふつりあいだってえんりょしてるのかも」
「あら嬉しい事を言ってくれるじゃない。瑠美奈チャンにはアタシの美しさが分かるのね」
頬を突きながら純は喜ぶ。
「瑠美奈チャンは本当に妹みたいで可愛いわ」
「いもうと?」
「ええ、アタシにはクソの弟が一人いるのよ。出不精で仕事もテレコミューティングで済ませちゃうくらい。だらしのない子なのよ。それに比べて瑠美奈チャンは違うわね。良い子で、頑張り屋さん」
将来は素敵なお嬢さんになって素敵な旦那さんと幸せになるのだろうと純は言う。
「瑠美奈チャンに兄妹は?」
「おにいちゃんがひとり」
「あら、お兄様! 良いわね~。素敵な人?」
「うん。かっこいい、なんでもできる。ゆうしゅうなひとだから……いつもおいていかれる」
「上の子なんてみんなそんな物よ。おいて行かれる感覚になってるだけで実のところ、一緒に横を歩いているのに下の子は気がつけないだけよ」
兄の背中を見続けているつもりでいるが実は一緒に歩いている。
「瑠美奈チャンはお兄様の事が好きかしら? まあ聞いてる限り仲が悪そうには感じないけど」
「わるくないけど、かんがえてることがわからない。おにいちゃんのことをもっとしりたかった」
「お兄様は今なにを?」
「わかんない。げんきだとおもう」
「なら、まだ間に合うじゃない! 気になるなら訊いてみたら良いのよ。お兄様はきっと瑠美奈チャンの質問に一言一句間違いなく答えてくれるわ! だってこんなに良い子で可愛いんだものね!」
可愛いから何でも話してくれるは少し違うのではないだろうかと瑠美奈は首を傾げる。
「でもま、話し合いが出来る間はまだ吉よ。アタシの弟みたいに扉も締め切っている状態になったら終わり。これ以上の対話も無駄。仕事をしてるから無理に言えない」
「……栗原さんもまだだいじょうぶ」
「そう? ふふっなら良いんだけど」
「うん……うまくはいえないんだけど、きっとちゃんと……ううん、ごういんにでもはなしをしたらうけいれてくれるよ」
そうしないと折角近くにいるのに遠く離れて行ってしまう。そんな寂しい事が合って良いわけがない。近くにいるのなら離れない為に離れても仲が良いままが良いに決まっている。
「ありがとう。なんかアタシが相談しちゃってるわね。全く看護師失格かしら。けど、たまにはガス抜きも必要よね。特に瑠美奈チャンみたいに秘匿者相手なら院長も怒らないでしょう」
「うん」
純は明日にでも話をしてみると言って笑顔を浮かべた。
(おにいちゃん。もうじゅうねんいじょうもよんでない)
瑠美奈は笑う純と違い俯いた。
自分の兄が、父親を殺して、その遺体を瑠美奈に食べさせたなんて純に言えるわけがない。
兄はそれを悪だと認識してない。妹が嫌がっているのに手を止めたりしなかった。後遺症が発症して、瑠美奈は成長しなくなった。心だけが身体を置いて大人になっていく。
不自然だと言われて瑠美奈は子供を演じた。もう本来の姿に戻ることは叶わない。後遺症を受け入れて怪我をしないように生きなければならない。点滴の傷ですら人間を食べなければ治らない。
全て兄の仕業で、兄を忌み嫌う。だが見捨てる事が出来ない。
未だ瑠美奈の心には優しく微笑む兄の面影がある。
これを捨てる事が出来たら瑠美奈はまた一歩先に進むことが出来る。
それが出来ないのは、血の繋がった家族だから……。
「瑠美奈、お見舞いに来たよ」
リハビリをしていると儡とさとる、それに廬がやって来る。
純が「イケメンが三人。両手背後と花ね」と言う。
「足の具合はどうだ?」
「だいじょうぶ」
廬が瑠美奈の足と肩の様子を見る。肩もその部分だけ少しの日焼けが無くなり白くなっている。もっとも瑠美奈の場合、日焼けと言えるのかは分からない。
きっと後遺症が発症する前に出来た日焼けなのだろう。もう日光の光すら瑠美奈は受け付けない可能性がある。
「回復は順調よ。七日もしないうちに退院が出来るんじゃないかしら?」
「それは良かった。優秀な看護師さんがついてるなら問題ないな」
廬は純に向かって笑みを浮かべる。
「当たり前じゃない。アタシが担当した患者は皆健やかに退院していったわ。アナタもアタシに診られる?」
「遠慮するよ。俺はどこも悪い所はないからな」
「あらそう。残念」
「そうやっているから腕を取られるんだよ。貴方の行動は少し危うい所が多過ぎる。よくそれで看護師なんて続けていられるね」
儡が唐突に純に言う。
「看護師としての務めは果たしているつもりよ?」
「本当につもりのようで僕としては吃驚で言葉もないよ」
互いにギラギラと火花を散らす。別に何か因縁があるわけではない。
波長が合わないのだ。大らかな儡がこれほどまで皮肉を込めるのも廬以外にいない。つまり本当に気に入らない。
純もそのようで瑠美奈に対しては儡を評価しているが、儡を相手にするときはどうにも皮肉が漏れる。
二人の会話を余所にさとるが瑠美奈に近況報告をする。