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第63話 ESCAPE

 病室の白い照明が俯く廬を照らしている。爪が掌に食い込み血が滲む。

 天井を見つめる瑠美奈。互いに会話はなかった。

 此処に真弥か憐がいたらどれだけ空気が和んだ事かと彼らの存在感がどれ程有難い事か気が付いた。長い沈黙、これがあとどれ程続くのか。



「あら。面会時間は過ぎているんじゃない?」


 沈黙を破ったのは廬でも瑠美奈でもなかった。瑠美奈の点滴を代えに来た隻腕の看護師が不思議そうな顔をしていた。


「すいません。すぐに出て行きます」


 椅子から立ち上がり顔を背けて言うと「ああ、良いの良いの。聞いてるから」と笑みを浮かべた。

 長い髪を団子のように結んで点滴袋を台に乗せて器用に取り換えている。


「栗原さん……ごめんなさい」

「またそれ? 大丈夫。こういうのは珍しい事じゃないから……って腕を飛ばされたのは今回が初めてなんだけどね!」


 けらけらと笑う栗原と呼ばれた看護師。二人の会話で合点が言った。

 看護師は瑠美奈が暴走した時に近づいてしまって腕をもがれた人だ。

 本来なら精神に傷を負い看護師なんてやめてしまっても可笑しくない。

 何なら政府から送られる口止め料などで一生働かずに過ごせる金が手に入るはずだ。それなのに腕を止血して、ゴムバンドのようなもので固定して仕事をしている。

 途轍もない精神力だと思う。


「はい。交換完了。知り合いと長話も青春だと思うけど、くれぐれも夜更かしはしないように二十一時には全部封鎖するからね」

「もう出ます」


 廬は看護師と共に病室を後にした。

 看護師は入り口ホールまで送ると言って共に廊下を行く。

 エレベーターホールでエレベーターを待つ。


「その腕は、瑠美奈に?」


 尋ねると簡単に「そうよ」と答えられる。


「あの子を拘束する為に近づかなきゃいけなくてね。皆、怯えて動けなかったからアタシが動いたの」

「……怖くなかったんですか」

「そりゃあ命を取られる覚悟はした。けど、あそこで瑠美奈チャンの拘束具が少しでもきつく締めてないとこの病院に入院している弱った人達が怪我をしてしまう。それを天秤にかけたらアタシの腕なんて安いものじゃない?」


 看護師としてそう言う事もあると覚悟していた。長い間、精神病で暴走する患者も担当してきた。一部では手術具を盗んで自暴自棄になっている患者もいた。

 隔離しなければ生活できない患者もいる中で瑠美奈はまだ軽いものだと言う。


「それに、あの子のガッツは好きよ。暴走を言いわけにしなかった所とか、魅力的で可愛い。惚れちゃいそうだものね」


 ふふっと愛らしく笑う看護師に廬は何も言えなかった。


「アナタ、名前は?」

「廬です。糸識廬」

「そう。じゃあ糸識クン。質問をしていくから答えてね?」

「え? はい」

「キミの目の前には、二つの道がある。右はキミが大切だと思う人がいる。左の道はキミが嫌いだと思う人がいる。キミはどちらに進むのか」

「……右じゃないんですか?」


 何故自ら嫌いな人のもとへ行こうと言うのか。


「じゃあ次ね。キミは、父親と母親。死にかけているのならどちらを救う? 勿論救えるのは一人だけよ」

「……それは一体どういう趣旨の質問なんですか?」

「勿論、アタシがキミを知る為の質問よ?」

「貴方が俺を知る意味は?」

「瑠美奈チャンがキミの事を深く信頼しているようだったから気になったのよ」


 瑠美奈が信頼しているから気になった。

 本当にそれだけの理由。他意はない。


「さて、キミは随分と臆病な性格のようだね」

「どうしてわかるんですか」


 たった二つ。それも一つは答えてすらいないのにどうしてわかるのか。


「一つ目に質問したのは、現実逃避なのよ。大切だと思う人というのは平行の安寧。嫌いだと言うのは修羅を意味している。嫌いだから受け入れたくない気持ちが表に出ている。それが誰であれ変われない人」

「……そんなのバーナム効果の一種だろ」

「ふふっバーナム効果を知っているのね。そう、誰にでも当てはまる事。そうなのかもしれないと言う不特定を示すこと……なら、二つ目だけどキミは答えすらしなかった。それは結果として答えたくない。目を背けていたいと言う意思表示。だからアタシはキミが質問をはぐらかしたことに文句は言わなかった」


 後出しじゃんけんをしてしたり顔をしているんだと廬は顔を背けた。


「現実って言うのは受け入れがたいものよ。アタシだって人に受け入れられない事柄を抱えているけど、生きられている。重要なのは生きる事であって、墓場を探す事じゃない」

「……」

「瑠美奈チャンは墓場を探してるけど、キミは生きる事を瑠美奈チャンに説いているのに、キミ自身が死に直行するのは矛盾しているんじゃないのかしら?」

「だが俺は、瑠美奈の家族を殺したんだ。死んで然るべきじゃないのか」

「死んで然るべきと決めるのはキミじゃないよ。勿論、瑠美奈チャンでもない」

「じゃあ誰が?」

「神様よ」

「……」

「なに疑ってるの?」

「無宗教だから……」

「それは言い訳ね。無宗教と言えど絶対に神を信仰しないわけじゃない。時々思うんじゃない? どうして神は自分にこんな仕打ちをするのかってね」


 咄嗟に願ってしまう。神様と願って、裏切られた時、誰かを非難したくなる。


「貴方は神に赦しを乞う時が?」

「アタシは自分のした事に間違いなんて思ってないわ。アタシは自分に誇りをもってるもの。なんて言ってもアタシは、ナイチンゲールなんだから」


 医学の天才。看護師の憧れ。

 自称するには烏滸がましいほどの名を簡単に口にした。


「キミも誇れる事を見つければいいのよ」

「誇れるもの」

「ええ、たった一つ。他には譲れないほどの誇るもの。例えば足が速いとか、ただそれだけで十分すぎるアナタの財産」



 入り口ホールに到着する。看護師は「気を付けて帰るようにね」と手を振る。


「あの、一応瑠美奈の担当なんですよね?」

「ええ、そうよ」

「……名前は?」

栗原くりはらじゅん。よろしくね糸識クン」

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