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第59話 ESCAPE

 その頃、佐那は華之に言われたように海良に会う為に階段を駆け上がる。何度も何度も足のもつれに襲われながら転びそうになるのを堪えながら確実に一段を登っていく。様々な都市を巡って来た佐那でも疲れは襲って来る。

 だがここで休憩してしまえばそのうちに華之が死んでしまうかもしれない。自分がしている事が華之を救う事に繋がらなくても、その意思を繋げたいと志を強める。


 地下五階まで到着するが内部に侵入する方法が分からない。


「人魚姫!」


 その時、誰かの呼ぶ声が聞こえた。幼い声。顔を上に向けるとそこには聡がいた。


「聡」

「こっち!」


 言われるがまま佐那は階段を上り聡のもとまで来た。

 聡のすぐ傍の壁にはぽっかりと穴が空いていた。

 成人女性までなら何とか入る事が出来そうな穴は周囲がどろどろに溶けていた。


「さとるから聞いたんだ。俺の花嫁が危険だって」

「あと四年、歳を取ったらね。……ってそうじゃなくてどうやって此処に?」

「さとるがゴミ処理場のエレベーターを見つけたんだ。偶然サボ……当然! サポートしたかったに決まってるじゃん! 嫁さんの為なら何でもやっちゃうよ!」


 調子の良い事を言いながら「そんな事よりも!」と聡は佐那の手を掴んで穴に導いた。


「この先に海良さんがいるから!」

「海良さんの所に繋がってるの?」

「そう言う事!」


 エレベーターで地下五階まで来て海良に会い状況を理解したのだろう。

 襲撃者に会うことも襲われる事もなかったのだと安堵する。

 穴は滑り台のようになっており一体どうなっているのか一種のアトラクションのような感覚に滑る。


 終着点が近いのかほのかに明るくなってくる。

 トンっと綺麗に着地すると「わっ!」と背後では聡が佐那の背にぶつかり抱き着いてしまう。


「大丈夫? 聡」

「だ、大丈夫」

「なら早く人魚姫から離れたら?」


 嫌味か皮肉のような声が聞こえた。声のする方を見ると聡と同じ顔のさとるがいた。


「賑やかだな」

「海良さん……ッ!? その身体」


 硝子の向こう側にいる海良の姿は以前廬たちが見た姿とは異なっていた。

 腐敗が進行していたのだ。片足だったのが下半身全てが腐っていた。


「どうして……此処には誰も入れないのに」

「入れないことはないさ。入ろうとしないだけでね」

「誰が入ったの……」

「お前の知らない奴さね。随分と懐かしい奴でね」


 じわり。また海良の身体が朽ちる。その様子を見ていられなかった。

 どうして抗わなかったのか。海良ならば毒を吸わせる事は容易かったはずだと言うのに。


「お前だって気に入っている相手に牙は向けないだろう? そう言う事さね」

「襲撃者なのに? それでも」

「佐那。お前は人魚姫が好きだっただろ? 勿論、童話のだ。好きな男に会いに行く為に声を失い激しい足の痛みに耐えながらその男に会いに行った。従来の人魚は人間との体温はだいぶ違うらしい。人間が人魚に触れてしまえば火傷を負わせる事が出来る。あたしも同じさね。こうしてお前たちと隔たりの中で会話しなければお前たちを殺してしまうか、あたし自身が腐ってしまう」


 普通の襲撃者なら容赦なく殺していただろう。しかし残念な事に相手が悪かった。


「……っ。先生が海良さんに会いに行けって」

「ああ、知っている。研究所を襲撃するに当たって一番に狙って来たからさ」


 襲撃者は海良を一番に狙った。管理システムの半数を支配している海良を狙った。

 海良の思い入れのある人物が一番にやって来たら海良は動けなくなる。そう言った人の心を利用した襲撃者に佐那は許せなかった。

 拳を握るも海良はもう朽ちるのも時間の問題だ。


「さて、長話をするもの子供たちが退屈するさね。すまない。端的に言えば、佐那。お前にはこれを預けたい」


 取り出したのは、緑の宝玉だった。


「な、なんで宝玉が……」

「研究所には三つ保管されている。一つはお前が持っていた赤の宝玉、そして黒、最後に緑だ。運よくもあたしが適合していたという事さね」

「あたしにはそれは持てない。適正がない」

「心配ない。あたしが見込んだ女だ。持っても死にはしないさ」

「ちょっとちょっと! 俺の未来の嫁さんを殺すっての! 宝玉は膨大なエネルギー物質なのはわかってるだろ」

「分かっているよ。だが誰かが持っていなければこの宝玉だって安全なわけじゃないさ」


 聡は佐那が宝玉を持った後、無事でいる可能性が少ない事を危惧していた。

 今まで緑の宝玉は海良が支配していた。だが今、海良は死に進んでいる。

 後遺症の進行を止める術はない。宝玉を野放しにしていられないのは誰にでも分かる事だ。聡はそれでも佐那が宝玉を持つなんてどうかしていると海良を非難する。

 適合のテストもしていない。赤の宝玉だって長期所持は難しかった。また倒れでもしたらどうするつもりなのか。佐那が持っていると言うことはもう海良は死んでしまっているのだから責任なんて取れないだろうと訴える。


「聡、落ち着いてよ」


 見かねたさとるが聡を押さえる。


「落ち着いてられるかよ」

「じゃあ、落ち着いて。聡」


 さとるが宥めるが、落ち着かない聡を今度は佐那が宥める。


「っ……良いの! 死ねって言われてるようなもんなんだぜっ!!」


 宝玉を手にするだけでも身体に異常が起こる。海良と佐那では天と地ほどの精神の違いがある。万が一にでも触れて宝玉の意思に飲み込まれでもしたら死んでしまう。


「海良さん、それを先生があたしに預けて欲しいって言ったの?」

「そうだ。お前は気が付いていなかったようだが、お前はよく此処に来てあたしに外の事を話してくれていたね。その際、お前にはあたしの力が少しながらに備蓄されている」


 佐那は頻繁に海良と会っていた。半新生物として佐那は新生物との距離があった。

 新生物と話が出来ず、瑠美奈だけが佐那のたった一人の友人だった。

 見かねた海良は廬を落としたように佐那を地下五階に落とした。それから外の世界の情報と引き換えに地上に居づらいと思ったら地下五階に来てもいい事になった。

 佐那は面白いほどに毎日やって来た。外の情報は幾らでもある。

 歩けなかった佐那と足を失った海良は共通点が存在していた。


 ずっと過ごしているうちに微量ながら海良の毒は佐那が接種しているはずだ。


「緑は比較的安全な宝玉。この世の緑。自然に連なるあたしたちなら持てるはずさね。人魚の血がお前の中にはあるんだから」


 佐那の中には僅かながらに人魚の血が流れている。

 少なくともその資格はあるだろうと海良は言った。


 赤の宝玉には一時的に所有出来たのだ。その資格はある。


「受け取ってくれ。佐那」


 宝玉が硝子を通り抜ける。物理法則を無視した宝玉が佐那の手元にやって来る。

 聡が止めるがそれでも佐那は覚悟を決めた。


(此処で宝玉を取れなかったら、先生の意思を引き継げない。此処で負けてたらきっとあたしは死んでも後悔する)


 佐那は宝玉を手に取った。

 そこから流れて来る膨大なエネルギー。宝玉の脅威と呼ばれた力。

 赤の宝玉を手にした時と同じ威圧感。だが何処となく優しい気がした。


 海良の毒が佐那を守っていた。



 力の風が佐那の髪を揺らす。藍色の瞳が緑色に変わっていく。


「人魚姫!」


 聡の声が聞こえたと同時に佐那の意識は途絶えた。

 その間際、完全に朽ち果てる寸前の海良が微笑んで見えた。

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