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第56話 ESCAPE

「それとも、待ちくたびれた。とでも言うべきかのう」


 クククっと笑いながら妖狐はこちらを見据えている。重々しい音を立てて堅牢な扉がひとりでに閉まってしまう。佐那はその音に驚いて振り返る。


「どうして牢から出ているのですか」


 華之が尋ねると妖狐はまた笑う。寧ろ嗤わずにはいられないのだと言ったように肩を震わせた。


「この程度のお粗末なものでわしを捕えたつもりかえ? わしの坊やとて簡単に出入りが出来るぞ。かーどきーなるものが無くともな」


 妖狐にとって研究所に留まる理由は息子がいるから。それ以外どうだって良い。襲撃されている今なら騒動に便乗して抜け出す事も可能だったと言う。


「ならばどうして脱走をしなかったのですか」

「なに。話を終えればすぐにでも出て行くともそう急くでない。それにわしを余り怒らせるものでもないぞ。わしならば数秒もしないでこの箱の中の無粋な獣どもを解放出来るでな。はて、そうなればおぬしどもはどうなるか。考えずともわかるじゃろ?」


 人間を喰らい貪って来た幻想生物と呼ばれた怪物たちが解放されたら、廬も華之も、佐那でさえ話にならないほどに呆気なく死ぬだろう。


「脅しているのか」

「それはぬしらの解釈によるがのう。脅しておるように聞こえるのなら脅しておるのじゃろうて。何よりも責任者殿はわしに用があるのじゃろう? 言うてみ。先人の知恵を借りに来た。愛いらしくも人間とはかくも愚かに異形に頼るものよな。……わしの宝を放置してここに来るほどじゃ」

「……?」


 妖狐の周囲には人魂が浮いている。人魂と言うよりは狐火とも言うのだろう。


「死んだ傀儡坊を蘇らせた気分はどうじゃ? 満足か? 予測不可能な事を起こして気分は有頂天か? 宝玉とやらの意思を反した事で満ち足りたか?」

「そうですね。科学的、研究的に言えば満足しました。本来あるはずのない計測が出来ているのは喜ばしい事です」


 淡々と言う華之に妖狐の近くに浮いていた人魂が襲う。だが三人とも怪我はしていない。威嚇だったのだろう。次は確実に当てると言いたげに人魂が揺らめく。

 華之の回答が気に入らなかった。何を言っても襲って来るのなら意味がない。


「そこの小僧は娘子を救う為にいるのじゃろ? そして、傀儡坊は娘子の傍におる。ならば、わしの坊やは何処に居るんじゃ?」


 真弥と共に行方不明なんて口が裂けて言ってしまえば妖狐は容赦なく三人を燃やし殺すだろう。


「瑠美奈の為に戦ってる」


 廬が言うと妖狐の視線は廬に移された。動物の瞳に睨まれて平気で居られるわけもない。廬の背中には汗がつたい気持ち悪い。


「ならおぬしは何処に居るか知っておるのじゃろう?」

「俺は知らない。だが知っている奴はいる」

「ほぉ? してそれは?」

「俺を知る誰かが憐の居場所を知っている」

「おぬしを知る誰か? それだとおぬし自身は知らぬようじゃのう」

「俺は知らない。相手は俺の事を知っている」

「異なことを。おぬしが知らなくては意味がないと思わぬか?」

「言っただろ。俺を知る誰かが知っている。誰も知らなければ俺を殺せばいい。けど誰かは知っている」

「頓珍漢な事を。それでわしが満足すると思っているのかえ?」

「思っていない。俺の言っている事が真実とも限らない。俺自身は知らないからだ。だけど俺は信じている。瑠美奈は言った。憐は生きてる。憐と一緒にいた俺の友人も生きてると言った。俺はその言葉を信じてる」


 廬は知らない。だがもしかしたら瑠美奈の言葉が本当なら憐と真弥は生きている。その言葉を廬は信じている。


「信じている、か。……よもや狐でなくとも狸に化かされそうな男じゃのう。わしの坊やが生きておるか。ならば良い」


 人魂が消えた。先ほどまでの威嚇が嘘のように綺麗さっぱり何事もなかったように「要件を訊こうかのう」とへらりと笑ったがすぐに真顔になり「と言っても」とそっぽ向いた。


「おぬしら、ちと来るのが遅かったようじゃのう。おぬしらの要望は既に別の奴が掻っ攫って行きよった」

「どう言うことですか」

「おぬしらが最下層に来たのは、保管している宝玉を取りに来たのじゃろ? 生憎とおぬしらが来る三十分ほど前に男がやって来て掻っ攫って行ったぞ」

「なんですって!? うっ」

「先生っ」


 華之は珍しく声を上げた。

 その声が頭に響いたようで顔を顰めて額を押さえるのを佐那は駆け寄り支える。


「黒の宝玉は生憎と黒っぽい男が掻っ攫って行ったぞ。無駄足じゃのう責任者殿や」

「全てではないのですね」

「そのようじゃ」

「……」


 華之は最下層に黒の宝玉を保管していた。だが何者か、それこそ襲撃者に黒の宝玉を先に奪われてしまった。三十分前と言うのならもしかしたら防壁を解放する前に最下層に到着して、防壁で閉じ込められている可能性がある。

 こちらの様子を見ているかもしれない。


 廬は周囲を見回す。


「わしが宝玉を守っても良かったがわしも母じゃ。坊やの所在は気になるもの。もっとも既に坊やの所在は知っておった。生きている。それは事実。おぬしらが知らぬ存ぜぬを貫けばわしの妖術でその身体を穿つところじゃったが。本当に残念じゃ。知らなくてもよかったじゃろうに……宝玉の件も厄災とやらの事も気にせんでわしが息の根を止めておればの。小僧が面白い事を言うのがいけないんじゃぞ?」


 廬が機転を利かせて頓珍漢な事を言ったお陰で生き残れた。言わなければ宝玉が盗まれた事も気が付かずにあの世に逝っている。


「黒の宝玉だけは何としても死守しなくてはなりません」

「この部屋の中にいるかもしれない。俺が探してくる。佐那、それを貸してくれ」


 光線銃を借りて廬は華之を佐那に預ける。妖狐の横を通り抜けて宝玉を持っている襲撃者を探す。身を潜めているとしたら人数は一人か二人。二人でも負傷している華之がいる事を確認していた場合、襲撃してくるだろう。

 妖狐は憐の居場所さえ知れたら良いのだ。もしも襲撃者が憐の居場所を知っていたとしたら筥宮で憐たちを連れ去った可能性のある景光と関係がある。

 捕えて話を聞きたいところだ。


 黒の宝玉、儡を支配した宝玉を簡単に持ち去る事が出来る人物。

 新生物が襲撃してきた。景光がA型だと言うのなら襲撃者もA型という事になる。


 怪物が入っている牢屋が時々大きな音を立てる。気を散らしてしまいながら廬は周囲を警戒する。誰かがいるかもしれない。宝玉を持っているかもしれない。

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