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第54話 ESCAPE

『次は御代志町、次は御代志町。お降りの方は御忘れ物にご注意ください』


 聞き慣れた言葉に顔を上げた。廬は鞄を片手に帰って来た。

 不思議な事に筥宮にいるときは帰って来たなんて思えなかったが御代志町は安心感があった。


 たった一人、駅を降りる。駅員の一人が「おかえりなさい」と声を掛けてくれた。廬の顔を覚えていたのだろう。


「あの真弥なんですが……」

「ああ、それなら平気ですよ。見ての通り必要な人員は揃っていますからね。長期休暇もこの駅だから許されている事ですよ」


 なんてにこにこと笑う駅員。行方不明になっていることは今は言わない方が良いかと廬は「筥宮のホテルで悠々自適な暮らしをしています」と適当を言い駅をあとにする。

 駅を出ると見たことのある人物が「遅い!」とお怒りだ。

 青い髪が印象的な人気者。人魚姫と言う名前で活動している女性。水穏佐那が待っていた。


「来るって知っていたのか?」

「今朝、先生から連絡があってね。送っていくよ、いろいろと話も聞きたいし」


 マネージャーの車で研究所まで送ってくれる佐那。道中の車内で何があったのか知りたかったらしい。

 送ってくれるのならその言葉に甘えて廬は待たせている車に乗り込む。


 筥宮であった事を簡潔に伝える。普通に過ごしていた二週間と三日前ゲームセンターで行方不明になった憐たち。

 死んだはずのA型である景光の存在。瑠美奈が景光に肩と足を喰われた事を伝える。

 研究所にある瑠美奈の食事を取りに来た。瑠美奈が死んでしまう前にだ。




「なに……これ……」


 佐那は絶句していた。見慣れた研究所の面影は失われていた。研究所の門前を警備する警備員は無残に殺されていた。地に伏せて研究所の方を向いて倒れていた。少しだけ引きずられたような跡があるのは、警備員は最後まで自分の仕事を、務めを果たそうとしていたのだろう。

 だがその手は踏み潰されて見ていられなかった。


「すいません、いつでも発進できるようにエンジンはかけたままで、裏側の処理場で待っててください」

「わかりました」


 マネージャーもこの光景は想定していなかったようで言葉を失いつつも佐那の言葉に頷いて車を移動させた。


「お前も車で待ってても良いんだぞ」

「冗談言わないでよね。此処はあたしの家でもあるの」


 研究所内はきっと研究者たちが慌ただしく侵入者の対処に努めているはずだ。

 警備員は残念な事に皆殺されていた。新生物を狙った犯行なのか。それとも研究所をよく思っていない御代志町の人たちの武力行使か。穏やかな心を持つ住民がそんな事をするわけがないと廬は後者の考えを否定するように首を振った。


 佐那と共に研究所に入る。

 佐那は数日間研究所ではなく、ホテルで表の活動を今後どうするか話し合っていた為、いつからこの状況なのかわからない。けれど、今朝華之から連絡が来たということは今朝まで研究所は無事であると推測できた。


 赤い警報ランプが目を刺激する。警報機からけたたましく音が鳴り響いている。問題があった事がよくわかる。

 憐の為に用意されたであろう天井の通路まで血が飛び散っている。凄惨な研究所内の通路。


「いったい何が」

「……先生が心配」


 佐那がそう言うと一目散に所長室に向かった。何があるか分からない、まだ襲撃者が隠れているかもしれないが佐那は先を行ってしまう。


 血の足跡が所長室に続いている。佐那の心配が的中してしまうのではと気が気じゃない。

 エレベーターで所長室の階層まで上がる。


「先生っ!」


 バンッと音を響かせて所長室に入れば見慣れた白衣に身を包んだ華之が床に倒れていた。

 廬は急いで華之の生死を確認する。気を失っていただけで起こすと意識を取り戻した。


「うっ……」

「先生っ!」


 悲鳴に近い佐那の声に顔を顰めながら「佐那さん」とか細い声が漏れる。

 一体何があったのか説明を求める。


「説明をする前に……パソコンを」


 研究所の防衛や情報管理システムを操作出来るのはこの所長室だけであり、もしも華之を襲撃した相手が重要な情報を抜き取っていては問題だと椅子に座らせた。

 額から流れる血を気にすることなく歪む視界の中、必死にキーボードを操作する華之。


 流れる情報記号。パスワードが打ち込まれ数々の情報が開かれる。


「私が気を失っていた時間は約三十分ほど、その間にこのパソコンを操作した形跡は当然あります」

「一体何の情報が?」

「今生きているB型の生存と遠征に出ている者たちの情報です」


 瑠美奈や儡と言ったB型の新生物の所在を確認したようだ。

 地下にいる親の怪物には一切触れていないのは、一から生み出すことなく既に完成している新生物を目的にしている。


「此処には貴方たちが筥宮に向かった事も記されています。糸識さん、瑠美奈さんが危険です。犯行に及んだものはBシリーズを懐柔する事を目的に活動しています」

「っ!? いま、瑠美奈は動けないんだ。儡だって抵抗できない」


 協力してくれている病院内で争いなんて起こしたくない。

 廬はただ瑠美奈の傷を治す為に食事を取りに来ただけだ。

 どうしてこんな事になっているのか疑問は尽きない。


「瑠美奈が今宝玉を二つ持っている事は彼に筒抜けです。早く瑠美奈のもとへ戻りなさい」

「瑠美奈は怪我をしてる。だから俺が瑠美奈の食事を取りに来たんだ」

「……そう言う事ですか」


 華之は何か合点が言ったようで目を伏せる。


「負傷している瑠美奈さんを死なせないように動きを封じている状態ならば、儡さんは瑠美奈さんの安否を確保するでしょう。相手の思う壺です。そして既に格納庫も荒らされてしまい瑠美奈さんに持って行く為の物はないでしょう」

「どうしたら良いんですか」

「……」


 華之はモニター越しに見える死んでしまった研究者たち。


「今、全ての防護壁を作動しました。本来は新生物の親が暴走した際に使用するものですが、外部の干渉、情報の漏洩は見過ごせません。まだ襲撃者はこの研究所内に残っている事は確定しています」


 モニターに映った僅かなノイズを確認した。

 つまり、特異能力を持つ何者かがまだこの研究所内にいる。


「糸識さん、お願いがあります。私を地下、最下層に連れて行ってください」

「地下? だが、今は防壁でまともに移動出来ないはず」

「心配ありません。水穏さん、そこの棚の赤い本を押し込んでください」


 佐那は首を傾げながら言われた本棚に近づき黒、赤、緑とデタラメに並んだ本の背表紙を見て押し込んだ。すると部屋が僅かに揺れて本棚は押し込まれるように下がり空洞が生まれた。


「最下層まで行くことの出来る階段です。糸識さん、肩を貸してください」

「わかった」


 椅子から立ち上がる華之に肩を貸す。

 引き出しから新生物に利く光線銃を佐那に差し出す。

 真弥がいつの間にか持っていたものとは少し違い色が白い。


「半分と言えど貴方にも通用するものです。気を付けて」

「は、はいっ!」


 佐那が先行して地下に向かう。眩暈でまともに歩けない華之を支えて廬もゆっくり階段を降りる。

 この階段を襲撃者に発見されてない保証はない為、佐那は恐々と銃を構えて降りていく。


「襲撃者に心当たりは?」

「不思議な事に有り余っているほどです」


 ふふっと慣れない冗談を言う華之。


「皮肉なものですね。国の為、世界の為に厄災を滅する方法を見出したと言うのに研究所が危機的状況に陥っても助けてはくれないのですよ。ならばどうするべきか。研究所その物を要塞化してしまえば良いのです。誰も侵入しないよう、内部を迷宮のように改造してしまえば防壁を解放したその時に出られる道は一つになるのです」

「子供の考える事だ」


 要塞だとか迷宮だとかそんな事にリソースを費やすくらいならもっと別な所に費やすべきだった。

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