第53話 ESCAPE
ゲームセンターのスタッフや客は忽然と姿を消した。
ゲーム依存による集団幻覚を見て失踪したと報じられた。
「失踪じゃないよ。殺人だ」
儡がニュースに流れている事にツッコミを入れる。
此処は筥宮総合病院。
血まみれの瑠美奈をホテルに連れて行く事も出来ず、研究所に連絡をすると筥宮にも研究所に協力してくれる病院があるらしく話を通しておくと言われ指定された病院に向かえば何も言わずに瑠美奈は集中治療室に入れられた。これ以上血を流させない為にと緊急処置を施された。
儡はクレーンゲームで獲得したボードゲームをやりながら備え付けのテレビを眺めていた。
「真弥と憐が消えたってのに呑気だな」
憐のピアスの一つに憐の生命活動を管理するミニチップがある。定期的にデータを研究所に送信している為、生きてはいるらしいがそのデータが何処から送られてくるものかのは探知出来ず、そのデータが偽りの可能性もある。
華之からは早急な対処を命じられた。
「初めての本格的な仕事で参ってる君に言われたくないよ」
「……参ってなんかいない」
「そう? じゃあ瑠美奈が昏睡状態でも病院を出られるんじゃない?」
「出られるわけがないだろ!」
景光の襲撃を受けて三日。研究所からホテルに戻る事は許可された。
だが廬はホテルに戻らず待合席で一泊してしまったのだ。
見かねた儡が「僕の検査もお願いできる?」と無理を言って病室を一つ借りた。
だが生憎と儡に異常は見られなかった。宝玉を所有していた頃と比べてみればこの旅行で療養出来たらしい。
「瑠美奈が死ぬかもしれないんだ」
「だけど僕たちじゃあどうする事も出来ないよ。なに? 君は瑠美奈を助ける為に君自身を捧げる? それも面白いかもしれないね」
今の瑠美奈は右肩と右足が損傷している。輸血で何とか生き繋いでいる。
けれど、瑠美奈は鬼であって吸血鬼じゃない。人間を食べなければその傷を治すことは出来ない。
それも鬼化しなければ傷は治らない。協力してくれるのも院長と昔から病院にいる看護師ばかりで瑠美奈の面倒を見られるのはごく僅か。
瑠美奈を完治させるには人間を喰わせなければならない。都会で道徳に反するような事は出来ない。病院側も血液は提供できても人は提供できない。
もし瑠美奈を完治させるなら一旦研究所に戻って必要なものを取りに行く必要がある。だがそれでは時間がかかると言うのなら殺人を犯すか、自らを差し出すしかない。
瑠美奈の為に人を殺す勇気も無ければ、身体を差し出す勇気もない。
「ホワイト隊が来るまで待機だよ」
「来るのか?」
「そうするように命令はしているけど、準備期間を考えてもさらに三日かな。その間に景光がやって来る可能性もある」
「……奴は何者なんだ? A型だと言っていたが」
「うん、プロトシリーズとも言うけどね。小田原景光はその12番目に作られた新生物。親はどっちだったかな……まあ、和邇だよ」
「わに?」
「日本神話に出て来る怪物の名前だよ。鮫とも鰐ともとれる見た目だったかな? 僕は神話には詳しくないからよくは知らないけど景光の事はよく知ってる。彼の特異能力は、影食い。影の中に潜り込んで影を喰らう。鮫や鰐のようにゆっくり様子を窺いながら忍び寄って食べる。彼の後遺症はインソムニア」
「なんだそれは?」
「不眠症」
「寝れないのか?」
「寝れない。眠れない。生まれながらに睡眠と言う事をしない。だからその所為で少しと言うよりかなり頭のねじが飛んでる。瑠美奈よりも人間を食べているだろうしね」
抵抗なく影に潜り込み影を喰らう。そうする事で影の持ち主の人体に影響を及ぼす。
「彼の弱点と言えば、光がない所では彼は何も出来ない」
「……完全に光を遮断してしまえば人の影は生まれない?」
「そう言うこと。だけど無理だよね? 仮に倉庫にでも閉じ込めても自分たちも見えていないんだから何もできない。影の中に潜む悪魔を殺す事なんて誰にも出来ないんだよ。それに根本としてA型とB型の僕たちではだいぶ性能面で違いがある。彼らは特異能力を上手く使っているけど僕たちは違う。こうして人間らしく、感情で制御されている。道徳と言う壁が僕たちにはある。人を殺してはいけないと言う罪意識があるけど、相手にはない。だから簡単に瑠美奈を喰らえるし、君を襲撃出来るんだよ」
「罪意識が無さそうな奴がいま行方不明なんだが」
憐は特異能力を使いこなしている。そんな奴が行方不明だと言うのに何が道徳だと廬は疑いの声を漏らした。
「憐は僕たちの代わりにしてくれているだけだよ。憐だって本当はしたくない。それでも僕たちを穢したくないって言う彼の純情」
「その純情を利用しているのか。最低だな」
「正義感振り翳している君の友だちには負けるよ」
「……あいつは病気だから諦めて欲しいものだ」
(なんて……こんな話をしたって何も解決しないのは分かってる。こんな所にいないで行動を起こすべきなんだ。此処にいたって俺は何も出来ない)
「儡。お前は何処まで出来るんだ?」
「脈略がない事を言うね。どこまでって?」
「A型が反乱を起こした時、お前は何をしていた?」
「何もしていないよ。僕はただ見ていた」
「戦力にはなり得ない」
「そうだね。ゼロ。そう思ってくれて良いよ。きっとA型の生き残りが景光の他にもいるとして僕を見つけても脅威にならないって誰も相手にしない」
一切戦力にはならない。だからこそ儡は使えると思った。
「瑠美奈と一緒に居てくれ」
「良いのかい? 瑠美奈が殺されそうになっても僕は守ることは出来ないよ? 瑠美奈と一緒に居ろと言った君を恨むかもしれない」
「それでもいい。もしそれで死んだなら俺の責任だ。お前が俺を殺せばいい」
儡だって黙って殺させるつもりはない。最善は尽くすつもりだが命は惜しい。
惜しくないと思っても相手にされないで瑠美奈を死なせてしまうかもしれない。
それでも良いのかと凝視すると、儡は気が付いてしまった。
廬がしようとしていること、思考していることに気が付いてしまった儡は廬を睨みつけた。真っ白な瞳孔が廬を見つめる。
そこから感じられる真意。言葉でも映像でもない。一つの感情を感じ取る。
「俺たちは一蓮托生だろ?」
「君と一蓮托生になんてなりたくないよ。僕は瑠美奈さえ生きていたらそれで良かったんだ」
どうして彼女だったのか。瑠美奈が鬼の子じゃなければこんな事にはなっていない。だが鬼の子だからこそ、瑠美奈は此処にいるのだ。因果なものだと儡は目を逸らした。
「そんな僕に命令しておいて君は何をするの? まさかホテルに籠っているなんて言わないだろうね?」
「俺は一旦研究所に戻る」
「戻る? ああ、なるほど三日も待っていられないんだ。君が行けば早くても明日の朝には瑠美奈の食事を用意できるもんね。君が手を拱いていなければもっと早く瑠美奈は動き出していただろうけどね」
「そうだな。お前の言うとおりだ。だから知りに行く」
瑠美奈が心配なのは変わらない。だがここでうだうだと瑠美奈の治らない怪我を見続けていてはどんどん良くない方へと気が向かってしまう。
「僕と瑠美奈が死んだら末代まで怨んで厄災より恐ろしい事になるよ」
「怖くて寝れないな」