第52話 ESCAPE
瑠美奈と廬は、真弥と憐を探す事三十分、二階のDHRのあるフロアに来ていた。
気持ちの良い風が瑠美奈の髪を揺らした。髪を耳にかけて顔を向けると窓から差し込む光に何かが反射して光っていた。訝しみながら近づくと銀色に光るピアスを落ちていた。
一緒にいた廬が何かあったのかと顔をのぞかせる。
「落とし物か? なら、受付に行って」
「これ、憐の……憐が、いつもつけてるピアス」
廬の言葉を遮り言うと廬は解せないと首を傾げた。
「どうして分かるんだ? 似てるだけかもしれないだろ?」
似ているピアスは多くある。確かに憐は耳に幾つもピアスをしているが落ちていたのが憐の物と断言できないのではと言えば、瑠美奈は憐のピアスには特徴があり、ピアスの装飾には狐のマーク、宝石の中には狐の傷がある。そんな特徴的なピアスを他の人が偶然付けているとは考えずらいと言った。
拾ったピアスにも確かに小さくだが内側に狐の彫りが入れられていた。
「……ッ!? 廬っ!!」
「っ!」
一体何が起こったのか。廬は分からなかった。
瑠美奈は険しい顔をして廬を押し退けた。その瞬間、瑠美奈の足が消えた。
あるはずの物が消えそこからはとめどないほどに血が噴き出した。
「瑠美奈っ!?」
右足を失った瑠美奈は苦痛に顔を歪めて痛みを耐えるように床に爪を立てた。
「食べちゃった食べちゃったぁ。可愛い鬼の子食べちゃったぁ」
男の間延びした声が聞こえた。
ぱちぱちと拍手が聞こえて一体どこからと廬は周囲を見回すがその声の主は何処にもいない。だが確かに拍手の音は間近に聞こえて来る。
「瑠美奈っ」
急いで駆け寄ろうとすると「だめ、こないで」と言われてしまう。瑠美奈の肩が僅かに無くなっていた。誰かに噛み千切られたような歯型を残して床に転がっていた。余りに痛々しい姿に近づくなと無理を言う。
何もできない無力さに苛まれている廬を余所に瑠美奈は言った。
「小田原さん。どうしてここにいるの」
小田原。名前と思しき言葉を言った瑠美奈に反応するように天井にぶら下がる照明の役割をしているスポットライトが壁に集中する。丸いライトの明かり。その壁から成人男性ほどの人影が浮き上がる。
深緑色の髪に爬虫類のような瞳がギロリと廬を見る。
「はじめましてぇ。俺、小田原景光。登録番号はA型12号だよぉ。そして、一応上の命令で行動してまぁす」
ダウナーな雰囲気を持つ景光はにっこりと似合わない優しい笑顔を浮かべている。
此処で憐のピアスが見つかったのは偶然じゃない。明らかに景光が関係している。
A型は不良品。欠陥品だと儡から聞いている。そして、A型は全員処分されたはずだと言うのにどうして生き残っているのか。
「真弥と憐は何処にやったんだ」
「二人は、なんか知らない女と仲良くしてたから食べちゃったぁ」
瑠美奈の肩や足のようにぱくりと平らげたと言う。
新生物だから簡単に出来てしまう。
「もし身動きを封じれなかったら瑠美奈は、簡単には殺せないと思ったけど昔と違ってすばしっこくなくて安心したよぉ」
「……」
「君を守ってくれたお陰で瑠美奈の足を奪うことが出来たぁ」
「瑠美奈の動きを封じる為に俺を襲ったのか」
「事前情報通りだねぇ。瑠美奈は良い子だから、別に君じゃなくてもそこらへんにいる人間でも良かった。でも、俺にだって好みがあるからね。瑠美奈を簡単に喰える方法を俺なりに模索したんだよ。そうしたら瑠美奈と手を繋いじゃってる君がいるから。俺は君を選んだ。それに人目に付きにくいのはどちらにも有難い事だと思うよね? 俺はそう思うよぉ」
廬を狙えば瑠美奈は廬を守る為に跳び出す。そして、実行した。
呆気なくあっさりと面白い事は何もない予想していた通りに瑠美奈は行動を起こした。きっと瑠美奈の事を研究所で見て来た人は瑠美奈の行動など簡単に掌握してしまっているだろう。だが同時に瑠美奈が本気で殺し合ってしまえばどうなるのか誰も知らない。
「小田原さんっ……わたしをころしたいなら、すきにして、だけど憐と真弥はかえして」
「……だからぁ。もう食べちゃったって言ってんじゃん。吐き出せっての?」
「憐はまだいきてる」
瑠美奈の手には憐が付けていたピアスを握る。生きていると信じているのだ。
景光が喰らった事を嘘と言って何処かに隔離しているか、連れて行ったのだと予想していたが景光は呆れたような眠たそうに言った。
「相変わらずだね。生きていると信じてるんだぁ。なら君のお兄さんもきっと生きているねぇ」
「!?」
良かったね~。と笑う景光だったが瑠美奈の心は穏やかじゃなかった。
ぽたぽたなんて言えない、だらだらとどろどろと流れる血が床を汚す。
(どうせかんしカメラはしはいされてる。だからここでなにをしてもきっとおこられない。そうじゃなきゃ小田原さんはでてこないんだから)
絶対的保険をかけた状態で無ければ新生物は活動しない。
表上で面倒な事になりたくないのだ。厄災が無くならなければ新生物とて死ぬ。
厄災を片付けてから旧生物である人間を処理したいと考えている新生物は少なくない。監視カメラの映像が残されている状態なら、もしも録画を見たスタッフが警察に届けを出していた場合、捜索されてしまう。瑠美奈と言う幼女を怪しい力で殺そうとした男として捜索されるのは時間の問題。
そんな目に見えた面倒事を素直に引き受けるほど新生物は優しくはない。
こうして何かを計画している際はバックアップがいるのだと瑠美奈は知っている。
景光が瑠美奈を知っているように瑠美奈も景光の事を知っている。
景光は面倒くさがりだ。言われたことしかしない。
何を言われたのかを見つけることが出来れば廬に怪我を負わせないようにやり過ごす事が出来る。
だがたとえ瑠美奈が景光のやろうとしてることに気がつけても足が無ければ意味がない。
「……っ」
「気が付いた? 瑠美奈ぁ」
「あし、かえして」
「無理だって吐いたりしないよ~。胃液で満ちた足とか気持ち悪いと思わない? 俺なら絶対嫌なんだけど。流石鬼の子だねぇ。美味美味。ところで瑠美奈ぁ、君っていつ死ぬの? どのくらい血を流したら死んでくれる?」
景光が瑠美奈に近づこうと一歩前に出た時、今まで何も出来なかった廬が動き出した。自身の上着を急いで脱いで瑠美奈に被せたあと一緒に抱き上げた。
「ッ!? 廬っ」
血で濡れた床を蹴って廬は景光から遠ざかった。
「逃げるの? あはっ! 俺ぇ、かくれんぼも鬼ごっこも得意だよぉ。だってぇ……影から逃げられるわけがねえし」
不思議な事にゲームセンターには人が消えていた。先ほどまで若者たちの声が聞こえていたはずだと言うのに誰もいない。
「廬、わたしをおいてにげて……小田原さんはわたしだけをねらってる」
「俺は御代志研究所の研究者だ。瑠美奈を守る義務がある」
「ひつようない。わたしはつよいから」
「足と肩喰われた癖に強いわけないだろ!! それも俺の所為でだ」
廬はまだ新生物の事を知らない。瑠美奈のように新生物たちといたらその力を知る事が出来る。だが廬は違う。ただ瑠美奈の世話役としているだけだ。
廬がするべきは瑠美奈を守ってゲームセンターから出ることだ。
「儡っ!」
「!? ……瑠美奈、どうしたんだい」
「話はあとだ! 外に出る」
クレーンゲームで大量の景品を袋に入れた儡がうろついている所を見つけて言う。
状況を把握しようとすると近くの影が揺らめいたのに気が付く。
「小田原景光……生きていたんだ」
そう呟いて儡は廬について行った。