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第44話 ESCAPE

 真弥が憐に好き放題服を買いついでにアクセサリーも買い与えた。

 弟を構い倒す兄は実は真弥だったようで憐は真弥の上で疲れた顔をしている。


 ホテルに戻って来ると早々にベルボーイが「お荷物をお部屋までお運びいたします」と手を差し出した。仕事を奪っては申し訳ないと買って来た服だのアクセサリーだの入った袋を預ける。

 真弥は憐を肩に乗せていた所為で身体が爆発しているかもしれないと先に部屋で休むと言ってエレベーターホールに向かった。憐も着せ替え人形にされていた所為で疲れているのか部屋に戻るらしい。儡と瑠美奈はまだもう少しホテルの中にある施設を堪能したいと言ってホテルを散策するらしい。話によればホテルにもゲームルームがあるとの事でもしかしたらクレーンゲームを再挑戦できるかもしれないと意気込んでいた。流石に二人を放置しておけないと廬は瑠美奈たちについて行く。


 ホテル案内を眺める瑠美奈と儡。

 何を探しているのか尋ねれば案の定ゲームルームだった。ゲームにハマってしまったのか、はたまたクレーンゲームにハマってしまったのか。


「二階みたいだな」


 三人でエレベーターホールに向かう最中「もしかして、廬?」と廬を呼ぶ女性の声が聞こえた。

 反射的に振り返ってしまえばそこには綺麗に着飾った女性が驚いた顔をしている。

 瑠美奈と儡も廬が立ち止まった事で不思議に思いそちらを見る。


「やっぱり! 廬じゃない!」

「どうして貴方が此処に?」


 あくまでも平常心を装いながら廬は尋ねる。

 その動揺は儡ならば手に取るようにわかった。無理もない、いつだって澄ました顔をしている廬が目を見開いて行動がぎこちないのだ。真意を読み取れる儡ではなくても真弥ならわかってしまう些細な違い。


「廬が出て行ったあと、素敵な人が現れたのよ! それでね。お付き合いして結婚する事になったの」

「そうですか。それは良かったですね」

「廬は何をしていたの?」

「元気にしてました」


 廬は女性と目を合わせようとしなかった。

 素っ気ない返答に女性は気にした様子はなく「そう」とだけ言った後、瑠美奈たちに気が付いた。


「もしかして子連れの女と付き合ってるの?」

「え?」


 そう言われて振り返れば視線の先には瑠美奈と儡。


「そう言うんじゃないです」

「そうなの? じゃあ保育所で働いてるの? 廬って子供好きだったっけ?」

「……貴方には関係ない事なので」

「確かに。あっ……そうそう! 廬、お金貸してくれない?」

「金?」

「そうっ。今度結婚式するんだけど前金が必要なのよね」


 結婚して安定したら返すからと言って女性は廬の腕に抱き着いた。そこから香って来る香水のきつい匂いに瑠美奈は顔を顰めた。

 女性がこんな所にいるわけがないと思っていた廬と同じく女性も廬がこんな所にいるなんて思わなかったのだ。どれだけ安い部屋を取っても、女性は支払う事は不可能だと知っている。


「それならその相手の人に払ってもらえば良いでしょう。俺なんかに頼まずに」

「だってぇ。彼氏が、疑って来たんだもん。「本当に愛しているなら払えるはずだろ」って、酷いと思わない? 今までさんざんお金の事は気にするなーって言って来たくせに」


 今まで払ってもらっていた癖に結婚する時に金を出せと言われて酷いとは図々しい限りだ。本当に相手を愛しているのなら少しくらい出せるはずだ。

 愛していないから、金を失いたくないから女性は余所から金を工面する。廬が女性に金を渡してもきっと女性は返したりしない。

 だがこの問答を続けていたら瑠美奈たちが退屈してしまうと廬は財布を取り出す。


「金輪際俺に関わらないなら少しは出します」

「えー。それじゃあお金返せないよぉ?」

「別にいいです。どうせ返す気もないでしょうし」


 素っ気ない態度に「可愛くない」と言いながら廬が出した数枚のお札を奪い取る。


「どうせ廬だって逆玉を狙ってるんでしょう? じゃなかったらこんな所にいるわけないものね~」


 大きな声で言ってけらけらと笑いながら立ち去っていく。スタッフの視線を気にせず廬は「悪い。俺の事で待たせ」と瑠美奈と儡に謝罪する。


「さっきの人は? 知り合いにしては感じ悪い人だったけど」

「……知り合いなら金を出したりしない」

「じゃあ元カノとか?」


 儡は考える素振りをして可能性を口にするニヤリと笑う。

 丁度良くエレベーターがやって来るのを二人の背を押して乗り込む。


「俺の生みの親だよ」

「お母さん? 廬とはだいぶ違うようだね」

「俺は父親似だからな。あの人とは似ても似つかない」

「なかわるいの?」

「良い悪いを言う以前に親子の絆とかも俺たちの間にはないよ。あの人にとって俺はいなくても良い存在だったからな」


 生まれたのは父が廬を望んだから。しかしその父も事故で死んでしまった。

 お陰で必要としていなかった母と廬は互いに干渉しなくなった。干渉したくともさせてくれなかった。


「僕たちは望まれて生まれて来たけど君は違うんだね」


 絆なんてない、金で狂った女性を母親だとは思えない。金輪際会う事もないのなら此処で綺麗に忘れてしまいたい。

 だがどれだけ忘れてしまいたいと願っても自分を生んでくれた事は事実で今みたいに話が出来たのは廬が大人となったからだ。


「さあ、ゲームルームについたぞ」


 気分を切り替えて廬は言う。エレベーターが開くとゲーム機特有の騒々しさが耳に入る。クレーンゲームも当然あり、様々な景品が並べられていた。

 瑠美奈はそちらに惹かれ走っていってしまう。


「同情でもしているのか?」


 瑠美奈を追いかけなかった儡に廬は言うと「勿論!」と笑顔で言った。


「俺を強請ゆするなよ。何も出てこないぞ」

「強請らないよ。そんな事したら瑠美奈に嫌われちゃう」

「なら安心だ」


 そう言って儡と廬は瑠美奈を探した。何か面白い景品があったか訊く為に。


(結婚か。あれ程愛してたくせにすぐに次の男に鞍替えする。あの人はそう言う人だったんだろうな)


 もう諦めている。何も変わらないのなら、廬は波風立てずに生きて行くに限る。

 数年ぶりに会ったのに感動の再会もなく金を求める。四の五の言う前に金を出しておけば彼女はもう現れないだろう。


「……まあ来たら他人のふりをするか」


 瑠美奈は欲しい景品を見つけたようでクレーンゲームで遊んでいる。

 ホテルのクレーンゲームはアームがしっかりしてると儡は上機嫌だ。大量とはいかなかったが程よい確率で景品を獲得していた。その中には瑠美奈が欲しがっていたぬいぐるみもあった。アルパカのぬいぐるみだ。先ほどからどうしてそう動物を欲しがっているのかいまいち分からないと廬は首を傾げる。


「廬、あれなに?」


 そう言って指さしたのはエアホッケーだった。

 パックを相手のゴールポストに入れたらこちらに得点が入るという簡単なゲームだ。

 盤上には空気穴があり、そこから噴き出す空気がパックを浮き上がらせる為、滑りが良くなる。

 儡がクレーンゲームに熱中している為、瑠美奈が廬とエアホッケーをやってみたいという。断る理由もないと廬は瑠美奈と向かい合う。


 廬が青、瑠美奈が赤。パックを置いてゲームがスタートする。

 互いにカンッカンッとパックを弾く音を響かせる。

 何回か互いにゴールを決められてしまい悔しく熱くなる。

 先ほどの鬱陶しい母のことなど忘れて勝ちたいと気持ちが強くなる。



 ゲーム終了の音が耳に届いた。

 五対六で瑠美奈の勝ちだった。傍から見たら盛り上がりに欠けていただろう。素人のエアホッケーなんてみていたって詰まらない。だがやっている自分たちは楽しかった。


 満足に遊んだ廬は瑠美奈と儡の様子を見に行くと唖然とした。


 幾つものクレーンゲームをめぐって欲しい景品を乱獲していたのだ。

 バランスやアームの強度を熟知して足元には景品の入った袋が置かれていた。


「儡、お前……ハマったのか?」

「ハマってない」

「じゃあその景品の山は?」

「……決まってるじゃない。研究所の皆へのお土産」

「クレーンゲームの景品を土産にされるあいつらの気が知れないな」


 流石にクレーンゲームにドはまりしたのは明白だったが、それ以上を追及したら面倒な事になりそうだと廬は何も言わずに部屋に戻ろうと提案する。

 儡も流石にクレーンゲームに勝利したと思ったのか頷いて「瑠美奈は満足した?」と訊いている。


「たのしかった」




 三人はスイートルームへと戻ると真弥は全身筋肉痛だったようでマッサージ師を呼んで寛いでいた。

 憐は「そんなんで筋肉痛は軟っすよ」と茶化している。


 その日も食事を終えて何の問題もなく一日を終えた。明日になったら憐が無理難題を言うか。瑠美奈が行きたい場所を言って来るかと考えながら廬は眠りについた。

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