第43話 ESCAPE
『DHR大会』はアマチュア部門とプロ部門に分かれているダンスパフォーマンスイベント。課題曲をプレイしてスコアで競う。優勝すると賞金とトロフィーを獲得できる上に翌日のニュース番組に放送される。
「へえ、それで俺に参加してみろって?」
休息スペースで椅子に座って大会主催者と話をする。
踊り疲れたのか少しだけ肩が上下している。
「君はプロのダンサーなのか?」
「違うけど? 俺は身軽でクールっすからなんだって卒無くこなせちゃうんすよね~」
「年中パルクールをしてるようなものだもんな」
なんて言いながら「大会ね~」と興味深そうに詳細をチラシを見ている。
「興味があるのか?」
「んー? 別に」
「是非君に出て欲しい! 後悔はさせない!」
憐が参加すると会場は大盛り上がりだろう。無名のプレイヤーが猛者を次々と退けていく。エンターテインメントでは最高のシチュエーションだ。
「瑠美奈、丁度よかった」
丁度儡と二人で通りかかった所を呼び留める。「なに?」と首を傾げる。憐が持つチラシを瑠美奈と儡に見せる。
「憐が出場するかもしれないってさ」
「そうなの?」
「出るとは言ってないっすよ」
「すごい」
「この街に来て早々に大会出場なんて流石憐だね」
憐はガタリと椅子から立ち上がる。
「それ、やる」
「本当かい!」
「勿論、土曜日。筥宮ホールっすよね。行ってやろうじゃないっすか。お嬢と旦那に期待されてる俺が負けるなんてあり得ないんすよ」
「……お前本当にそれで良いのか?」
わざと瑠美奈たちに大会の事を伝えれば知らない事で感動するに決まっている。
そして、憐がそのイベントに参加しているという事で瑠美奈と儡が感心する。
イベントに参加する有無は二人の意思で決定する。廬の思っていた通り憐は快くイベントに参加する事を決めた。
主催者の男性は「じゃあ土曜日、会場で待っているよ」と憐と握手をしようと手を差し伸べるが「潔癖症なんで」と断る。
「憐が大会なんて凄いと思わない? 瑠美奈」
「すごい。憐、がんばってね!」
「楽勝っすよ。さっきのやれば良いんすよね?」
「初めてなんだろ? まぐれの可能性だってある」
「ならもう一回やらせてくれね?」
「やってるところみたい」
「そうだね。僕たちクレーンゲームばっかりだったし。見せて欲しいな」
そう言って憐はまたDHRの前に立った。指でコインを弾いて弄ぶ。
「俺の本気って奴見せてやるっすよ」
『難易度を選択してネ!』
『Expert!』
『音楽を選択してネ!』
『「Hope the Devil」に挑戦するよ!』
機械音声がカウントダウンを始める。
前奏からリズムノーツが流れて来る。床が音楽に合わせて光を放ち憐を照らす。
知らない曲のはずなのにミスが無く順調にスコアを伸ばしていく。
「憐、かっこいいよ」
「本当に彼は器用だね」
見学の二人は素早く動く憐を見て小さく手拍子をしている。真弥がスマホで憐を撮影する。
何をしているのかと尋ねると「こういうのも記念になるだろ?」と研究所宛てに送る予定の動画らしい。
研究所では出来なかった事を三人は体験している。研究所の方針がもっと町にも研究所にも良い方向に向かってくれるのならと真弥は楽しい光景をレンズに通す。
金色が似合う狐。チャランポランな所もたまにあるがそれでも二人の為に戦っていた若者が都会に出て注目される。そうあるべき未来が此処には広がっている。
研究所に閉じ込めてしまっては勿体ない。
『パーフェクトダンサー!! 君ハ最高ノダンサーダヨ!!』
「当然っしょ? こんなの子供騙しに乗るわけねえっすよ」
「けど瑠美奈たちの言葉には簡単に乗るよな。お前」
「……お嬢と旦那の言葉は神の意思っすよ」
「随分とデカく出た上に皮肉だな」
かつて狐は神として崇められていたって言うのに憐にとって瑠美奈や儡は神に相当するほどの価値があるようで廬は苦笑する。
満足に遊び、商業施設を巡る。お洒落な服を見つけると瑠美奈や儡に着てほしいと強請る憐の姿は兄姉を困らせる弟のように見えた。
学校を終えた後の放課後、制服のまま寄り道をする学生のような風景は、きっと誰もが望んだ光景だ。
「憐君、二人だけじゃなくて君も何か格好いい服を選んだらどうだい?」
「俺より旦那たちがクールになった方が良いに決まってるじゃないっすか」
「良いから! 廬、俺は憐君の服を探してくる。二人を頼んだぜ」
「ああ」
「なに勝手に言ってるんすか! ちょっ!? 引っ張るな!!」
幻影である憐を連れて真弥は服屋の奥へと消える。
心から嫌悪していた場合、憐は近場の踏み台にでも乗って拒絶していただろう。だが幻影を消す事なく真弥の肩の上で大人しくしているのだろう。
廬には当然、本体の憐は見えない。それでもきっと落ちないように真弥の上にいるのだろう。意地悪なら幾らでも出来る。それをしないという事は少なからず憐は真弥を受け入れているのだ。
「廬。君は服を選ばないのかい?」
試着室に入っていく瑠美奈を一瞥して儡は言った。
「俺はあるからな」
「そんな事を言っていたら僕たちだって服はある」
「お前たちは違うだろ」
「違う? ああ、貴方は僕たちに同情しているんだね」
「そうだ」
弁解なんてするつもりはない。研究所にいた子供たち三人に同情するのは仕方ない事だった。
その上、儡に嘘なんて言ったところで意味がないのは知っていた。人の真意を読み取る特異能力は廬が幾ら弁解としたところで嘘だと分かる。下手な同情なんて必要ないと儡は言いたかったが人は同情をしなければ前を向けない。
「瑠美奈は楽しんでるのか?」
「うん、彼女は今までにないほどに楽しんでいるよ」
わざわざ力を使うまでもなく瑠美奈は研究所で過ごしていた頃や廬と過ごしていた時以上に楽しんでいる。
「憐の気苦労が報われて良かったよ」
「気苦労?」
「この街に来たのは、御代志町から離れるのが目的だからね。楽しんでいるようで実は憐は周囲に警戒してピリピリしてる」
「……どうして今それを俺に言うんだ。帰ってからでも良かっただろ?」
「僕ってムード気にしないタイプだから!」
なんて奴だ。と廬は苦笑する。
「それに今言っておいた方が、廬はきっと気にしてくれてホテルに戻ったら憐に言ってくれる。僕たちが憐に声を掛けても誤魔化されるからね」
「お前の力で吐かせることは出来るだろ」
「出来るけど親友を傷つけたいわけじゃない」
「傷つけないって誓約か?」
「僕は瑠美奈や憐のように互いに誓約をかけてるわけじゃないから構わないんだけど、頻繁に使えば怒られる」
「その割には憐がなにかを気にしている事を知っているんだな」
「目に見えて分かるからね。憐は僕の理解者だけど憐の理解者は僕でもある。だから憐が御代志町から出たがっているのも気が付いた」
「瑠美奈は?」
「気が付いてないよ。憐は瑠美奈に心配させたくないからね」
瑠美奈には憐が楽しんでいるように化かしているのだと言う。それなら儡にもしたらいいだろうと廬が言うと「生憎、僕に嘘は通用しない」と力を自慢してきた。
真意を読み取る力の所為で憐の力は通用しない。
「俺を利用するつもりか?」
「首を突っ込むが大好きだと思ってね」
「んなわけないだろ」
なんて言うが事実瑠美奈を保護した時から廬は何でも首を突っ込みたがる質なのかもしれないと自分でも疑っていたが今更、憐を気にしてやる事も容易い上に真弥に頼めばきっと手伝ってくれるに違いない。
憐を見れば真弥に着せ替え人形にされている。
「お前たちは楽しめばいい。お前たちの悩みくらい俺と真弥で解決する」
「頼もしいね。流石瑠美奈が認めた人だ」
「妬くなよ」
「どうかな」
廬はただ瑠美奈を保護する対象として見ているだけでそれ以上の特別は持ち合わせていないのは儡だって知っているはずなのにライバル視されても困ると苦笑する。