第41話 ESCAPE
城と形容しても良いほどの豪華絢爛なフロントを通りエレベーターで部屋に向かう。カードキーで扉を開けばそこはもう何処かの富豪が住んでいそうなリビングルームに続いていた。普通に生きていたら廬も真弥も絶対に泊まることは出来ない。
終始真弥に肩車されていた憐はやっと楽が出来ると行儀悪くソファに寝転がった。
真弥は「うわっ! 肩軽いッ!?」と驚いているとそれを見てクスクスと儡が笑った。
「憐はあくまでも誤魔化しているだけ、実際はその重さを感じているけど錯覚している。だから憐が力を解いたらその錯覚が消えて身体に負荷が戻って来る。余り力に自信がない人は筋肉痛か。最悪骨が折れているね」
「笑顔でとんでもない事を言うな」
真弥がボランティア活動や力仕事をしていなかったら肩が粉砕していたなんて笑い話にならない。
「シーズンじゃなくて良かったな。もしシーズンなら予約なしじゃあ泊まれなかった」
五人でスイートルーム二部屋。スイートルームは基本的に二人で考えられている為、五人は流石にベッドの用意が出来ていない。簡易ベッドでも良かったのだが憐が「金はあるんだ大盤振る舞いに決まってるじゃないっすか」と言ってスイートルームを二部屋使う羽目になった。スタッフも流石に困惑したことだろう。
研究所が多大な出費を負うことになるのは言うまでもないが憐は研究所や政府を破産させるつもりなのだろうか。
「きれい」
「そうだね。絶景だ。研究所じゃあ見えるのは田んぼだけだもんね」
瑠美奈と儡が大窓の外を眺める。夕焼けに染まる筥宮の景色。
研究所もそこそこに階層はあるようだが、生憎と絶景を見られるほどのことはない。見飽きた茶色か時期的には緑しか見えない。そういうのが好きな人にとっては良いのだろう。しかし生まれてからずっと見て来た瑠美奈にとっては変わらない景色だ。
「研究所もこれくらい贅沢させてくれたら良いのにさー。俺たちが行けるのは地下か、地上っすよ?」
「研究所今以上に改築したら御代志町の住民が押し寄せて来るぞ」
「うわ~勘弁。あいつらにいちいち説明するのは楽しいけど、押し寄せて来るのは流石に面倒」
厄災を消す為に活動しているのを知って掌を返す人々を見て楽しいとは思えどいちいち同じことを説明するも面倒になって来ると憐は愚痴をこぼす。
「もうやめたらどうだ?」
「それは町の連中に委ねられてるんで俺の所為にしないで欲しいっすね~。研究所の事を公表出来ないのだって親たる怪物が研究所にいるから、ビビって研究所に火でもつけられてみろ。厄災は続いていつの間にか世界が滅びるんすよ? それ以前に怪物が逃げ出したら先に滅ぶのは御代志町」
御代志町の人に言う事すら出来ない。ただそこにある不思議な研究所として認識して貰わなければならない。
だったら人の為になにかしてやれば良い。イベントを開催して表上は町の為に活動している研究所を装えば良いと言うのに、きっと政府がそんな事に金を費やすなとでも言われているのだろう。重要なのは新生物であり旧生物ではない。
「ほらほら、穏やかじゃない話は終わり! 折角都会に来たんだ。楽しもうぜ!」
真弥は手を叩いて「これから買い物だぞー!」と拳を上げる真弥は瑠美奈と儡に言う。ノリノリで二人も拳を突き上げる。
「ってことで廬、案内よろしくな」
「……やっぱりそうなるのか」
もっとも案内役として呼ばれているのだから当然だ。椅子から立ち上がり廬は街の人がよくいく複合商業施設にでも行ってみるかと頭の中にある四人が喜びそうな場所を思い浮かべる。
真弥が再び憐を肩車する。エレベーターに乗っている中「すげえ。天井に手が付くぜ」と遊んでいる。
「行儀が悪いよ、憐君。あと余り動かないで落としそうになる」
「ひひっ。そうなったら人殺しだな」
「脅すな」
「その前に火災でエレベーターが止まるかもしれないから僕たち揃って心中かな」
「……あついのはいや」
「じゃあ天狗がその自慢の筋肉を披露する時っすね」
「はいはい」
チンっと到着する。金持ちが行き来する中でこれほど賑やかな集団も珍しい。
「聡とさとるにこのホテルのお菓子でもお土産に送ろうか?」
儡が言うと瑠美奈も「おみやげやさん、いってみたい」と賛同する。
「ハンプティとダンプティにはもう買ったんすよね?」
「海良のまだかってない」
「あー……忘れてたっす。天狗~、向こうっすよ」
「はいはい」
瑠美奈は研究所や御代志町の知り合い全員に買うつもりなのだろう。
友だちが多いと出費が凄いだろうなとやはり金の事が気になる。
「廬! これ!」
瑠美奈が廬を手招きをして面白いものを見つけたのだろう一緒に見て欲しいようだ。儡も「凄いねこれ」と何やら感心している。
これではホテルだけで日が暮れてしまう。既に夕暮れだ。夜に外に出てもやっている店はあれど楽しめるかどうかだと廬は今日はホテルで過ごそうと決めた。
移動時間だけで疲れているはずなのに、体力は無限にあるのか瑠美奈たちは様々なお土産ショップを巡っていた。
「せんせいにこのグラスつかってほしい」
「先生が何か飲んでいる所を見たことがないね。食べている所もだけど……帰ったら食事にでも誘ってみる?」
「うんっ!」
底が青く追加料金を支払えば名前や柄などを刻印をする事が出来る。
世界に一つだけのオリジナルグラスをお土産にする事が出来る。
「僕たちの登録番号を付けたモノを揃えて欲しいな」
瑠美奈が黒、儡が白、憐が黄色とそれぞれのイメージカラーのグラスが欲しいと儡が提案する。そして柄は三人でお互いに描く。各々のイメージのイラストが描かれる。
特に憐の物なんて狐の絵を儡と瑠美奈が揃って描いた。
「俺って狐のイメージしかないんすか?」
「ご、ごめんなさい」
「大丈夫だよ。瑠美奈には小鬼を描くから」
「わたしっておにのイメージしかないの?」
「何のイメージもない僕よりましだと思うけど」
新生物たちの会話は特殊で面白い。
真弥は「じゃあ俺たちが描いてもいいか?」と廬の肩に腕を回して言う。
「俺、絵は……」
「良いじゃないか! な? 儡の為に特性のグラスをデザインしようぜ!」
「つーか! 俺落ちそうなんすけど!!」
「おっと……悪い憐君」
フラフラとしていた憐が必死に真弥の頭にしがみついている状態だった。
白と黒、そして黄色のオリジナルグラスには五人が各々に考えた模様とイラストが描かれた。全て完成で三か月ほど掛かるがその頃にはきっと御代志町に帰ってきているだろうと研究所の儡宛にグラスが届くように依頼をする。
「おっ! お魚ちゃんがいるじゃないっすか」
「佐那が?」
どう言う意味なのか分からず憐が見ている方を見ると壁に『人魚姫のコラボグッズ販売中!』とある。
「へえ、此処にも人魚姫として名が通ってるんだな。流石有名な歌手だぜ!」
「ああ、そうだな」
御代志町は故郷だから知れ渡るが、筥宮の高級ホテルとコラボ企画をしている。
たとえ宝玉の力とは言え、熱狂的なファンが傍にいるのだから実力は確かだ。
声が戻ってきたらまたファンが来る。確かに宝玉で魅了された人もいるだろう。その分、研究所の運用資金も減ってしまうかもしれないが、ちゃんとファンが定着する。
「買っていく?」
「もう持ってるはずだ。試作品を渡していないで売っていたら肖像権侵害だ」
「堅苦しっすね~」
「格好いいお前が勝手に写真を撮られてキーホルダーとかブロマイドとか作られて無断販売されたらどうする? お前には販売した利益は一切ない」
「は? ぜってー許さないっすよ」
「そう言うことだ」
「……なるほど」