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第38話 ESCAPE

「旅行かー!! 良いね青春だ」


 廬は真弥とヴェルギンロックに来ていた。入店早々に言って来た女性の声。棉葉が喜々と待っていたとばかりに珈琲を啜っていた。

 一体何処からその情報を持ってくるのか、もしくは海良から聞いているのか。どちらにしても奇妙なほどに情報が早いあたり絶対に一般人ではない。

 ヴェルギンロックに行くのも慣れて来たもので真弥がオムライスを注文するのも店主は分かっていたのか卵を用意しているのが見えた。


「いやあ~赤の宝玉は私の杞憂に終えてよかった!」

「派手に振られたがな」


 佐那は廬が宝玉にしか興味がない事を当然知っていた。宝玉がない佐那と付き合うなんて時間の無駄で足手まといになるだろうと佐那の方から振って来たのだ。恋人らしいことなど一度くらいしかしていないが、それでも廬からしたら宝玉が無かったならちゃんと交際しようと思っていた為に、若干ショックだったのは間違いない。


「俺がやって来た事は瑠美奈が簡単に解決した。無駄だったわけだ」

「無駄? それは違うな~。彼女を納得させたのは君だ。廬君が恋人になってあげたことで彼女は必要とされている事に気が付いた。愛されている事に気が付いていたとも。だから瑠美奈ちゃんのもとへ呆気なく流れた。完全に根付く前か、根を千切ったのは紛れもなく廬君だとも」

「俺は彼女を愛してあげられたのか?」

「さあね? それは君の気持ち次第なんじゃないかな? 君が佐那君を愛していたのならその気持ちは本物だ。儡君にそう言ったのは他ならない君だろう?」

「……お前、何処まで見ていたんだ」


 一体どこまで見て何を知っているんだと廬は気持ちを落ち着かせる為に珈琲を飲む。


「まあまあ良いじゃん。何はともあれだよ廬」


 誰も死んでない。傷ついていないのだ。いや瑠美奈の場合はしたくない事をさせられたが儡も生きている。何事もなく解決したのは良い事だ。


 真弥が肩を叩いた。


「振られる瞬間まで俺は佐那を愛してた」

「わっ。なにそれ格好いい!」

「っ……茶化すなよ。それに二十七の男が高校生くらいの佐那と付き合うって犯罪だ。振ってくれてよかった」

「年齢なんて早いか遅いかよー? 怪物たちに恋した人間はどれだけ離れていたって一途に想い続けていたんだからね~」


 年齢なんて言い訳に過ぎないのだと棉葉は言う。好きなら好きで居続けることが重要でその気持ちを押し殺すことこそ無駄な努力だ。


「はあ……今後そう言う相手がいたら逃がさない」


 口先だけ言うと「そうしたまえよ~」と棉葉はいつも通りだ。

 廬は珈琲を飲む。明日からこの町から離れる。それ程長い間いたわけじゃないが随分とこの町に馴染んでいた事に気が付いた。

 都会がどう言ったところなのか余り思い出せないほどにはこの町が好きになっていたのだろう。


「廬君は自分を追い出した街の事を何とも思っていないんだね」

「仕事だ。別に追い出されたなんて思わない。そんな考えする奴なんていないだろ」


 街から追い出されたなんて考える奴がいるとしたら相当想像力豊かである。


「それに仕事は辞めて来た」

「えっ!? それは私でも想像できなかった事実だよ!?」


 仕事はしていたはずだが、一か月も音信不通なのは仕事を舐めていると怒られるのは当然の事だ。研究所がその事を気の毒と思ったのか、瑠美奈の担当研究者として就職させてくれた。既に巻き込まれて事情を知っている廬がいるのは喜ばしい事だと言っていたが本当にそれで良いのかと思わない事もない。

 それに研究者と言っても小難しい事はするわけじゃない。

 瑠美奈の相手をするだけだと言われた。今まで通り過ごしてくれるだけで良い。瑠美奈が怪我をしたら研究所に連れて行く。それだけの仕事。儡が正気になったのだから儡と一緒にいたら良いと思ったがそれを言えば折角取り戻した職を失うと何も言わなかった。


「なら君は晴れてこちら側の人間と言うことだね。もう一般人なんて言えないよ?」

「言うつもりなんてない。瑠美奈の本来の姿を見た時から決めていた」


 真の姿。鬼の姿を見た時に心に決めた。

 悲痛に歪む顔をもうさせたくない。

 民間人じゃなくても構わない。瑠美奈が平和に暮らすことが出来るならそれでいい。


「そこまで熱くなる理由はないだろうに君って男は熱意の塊かな?」

「俺に熱意が合ったら宝玉なんてすぐに集まってるだろうな。つまり集まっていないと言うことは俺には熱意なんてない」


 廬の当面の目的としては宝玉を研究所へ収めること、瑠美奈が宝玉を全て支配出来たとして死なない保証などない。死なない道を儡と共に暗中模索する。

 儡だって本来は瑠美奈だけに全てを任せたくないから宝玉を集めようとしていた。廬と儡の目的は同じだ。


「兎も角、君たちはこれから旅行なんだろう? 仲良きことは美しきかなって言うしね! 楽しんできたまえよ!!」


 旅行先にも現れそうな勢いだが、研究所の関係者に会っても大丈夫なのだろうかと廬は思っていると「心配しなくとも」と口を開いた。


「君たちや瑠美奈君の前以外現れないさ。それに君たちの旅行をストーキングもしない事を約束しよう。私も暇じゃないのだよ!! 行きたいけどね! 行きたいけどねっ!!!!」

「仕事してね?」

「はい」


 真弥が苦笑しながら言うと素直に頷く。どれだけ廬たちを付け回したいのか分からないが暇だったらついて来るつもりだったのだろう。それも秘密裏。


「瑠美奈君も海を楽しみにしていたし、儡君も外の世界を知らない。存分に楽しんで土産話を期待しているよ~。寂しくなるな~。君たちと話をするのは楽しかったんだけどね」

「マスターに会えないのは寂しくなるな。いつも旨い珈琲をありがとう。帰ってきたらまた頼みます」

「オムライスも美味しい! 朝飯は最近此処だもんな!!」


 店主は何も言わなかったがサラダを二人に提供した。嬉しかったのだろう。




 研究所にて。

 廬たちがヴェルギンロックにいるとき瑠美奈は所長室に来ていた。

 憐が一緒に行こうとしていたが儡がそれを阻止した。


「あ、あの……せんせい」


 気まずそうに瑠美奈は視線を彷徨わせながらデスクで仕事をしている華之に声を掛ける。


「町を出るそうですね」

「あ、うん」

「既に許可は出しているはずですが、まだ何か?」

「……あの。えっと、その」


 言葉が出てこず瑠美奈は俯いてしまう。約一年ぶりに所長と会い短時間しか顔を合わせず、さらには御代志町を出て旅行に行くというのだから身勝手な事この上ない。

 恩知らずと言われても仕方ない。勝手に出て行って、勝手に戻ってきて、また勝手に出て行く。いちいち許可を得る必要もない。


「あのね、その……いってきますっていいにきたの」


 勇気を出して言うとペンを持つ手を止めて華之は顔を上げる。

 怯えたような顔をしている瑠美奈に華之は溜息を吐いて椅子から立ち上がる。


「一年間も連絡はなし。もっとも権限がほぼない私に連絡をしたところで意味など無いのでしょう」


 口を開きながら瑠美奈に近づき目線を合わせるように屈んだ。

 手を挙げたことで打たれると思った瑠美奈はぎゅっと目を閉ざした。だが痛みは来ず頭を撫でられた。


「心配していないと思っていたのですか?」

「……せんせい」

「貴方たちを心配していないと思っていたとしたらとても心外です。私は貴方たちの心配をしていました。一年以上もずっと」

「……っ!」

「これからも多くの苦難が貴方の歩む道を妨げて判断を鈍らせる事でしょう。ですが貴方ならばきっと貴方が求める光景を見ることができると信じていますよ」


 旅行先でもきっと瑠美奈や憐と言った新生物を知った人間が現れるかもしれない。現れないに越した事はないが万が一に備えて気を引き締めて行動するようにと助言をする。


「鬼である父に恥じぬ行いをなさい。瑠美奈」

「うんっ! いってきます!!」

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