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第33話 ESCAPE

 廬が見たのは少し血が広がる田んぼだった。


「瑠美奈っ!!」


 水面を荒らして田んぼに入る廬。

 田んぼの中で倒れている瑠美奈を助け起こす。


「瑠美奈、まだ生きているよね? ほら、君の大切な人たちが君を助けに来てくれたよ」

「っ……」

「瑠美奈、動いたら血が」

「だいじょうぶ。いたくないから」

「痛くないって……そんなわけないだろ!」


 あまりにも痛々しい。とめどない血が瑠美奈を赤くする。

 瑠美奈の怪我は治らない。このままでは本当に死んでしまうと廬は瑠美奈を止めようとする。

 それを眺めていた憐は顔を顰めた。

 憐は知っている。瑠美奈は頑固なのだ。止めたって動き出す。

 自分が決めたことをやり通す。その所為でこちらが振り回された事も数知れず。


「廬、瑠美奈ちゃんは俺が見てるよ」

「っ……ああ」


 当初の目的を思い出す。瑠美奈を助け出す為に儡と瑠美奈を離す。

 そうでなければ、儡が視界に映る度、瑠美奈は突っ込んで行ってしまう。

 真弥に瑠美奈を預けて田んぼから抜け出す。泥で汚れたズボンを鬱陶しいと思いながら廬は儡を見た。


「お前、俺の事を知っているらしいな」

「君自身の事は余り知らないけどね。キミの素性には詳しいよ」

「なら教えてくれ。俺は何者だ?」

「そう言うのは自分で知るのが面白いんじゃない? 僕がそうしたように」

「生憎ネタバレは大歓迎だ。どうして俺がそうなったのか考えながら生きられる」

「面白みのない事を言うね。そう言う楽しみ方もあるだろうけどハラハラドキドキするのが物語の醍醐味でもある。僕はそう思いながら自分で答えに辿り着いたよ。もっともネタバレをしてくれた方が苦しみは浅かっただろうけどね」


 新生物ではあれど感情がないと言われて瑠美奈への恋心が偽物と言われた儡ではもうどうする事も出来なかったのだ。廬も同じ気持ちを味わえと言う。


「俺は後悔しない。今此処にいる俺が偽物だとしても構わない。俺は今感じている事を偽物なんて思わない」

「僕が瑠美奈を傷つけたからってそれ程怒る理由もないと思うけどね。君にとって瑠美奈は保護する対象だとしても家族でもない」

「家族だ。瑠美奈は俺の家族だ。お前と違って短い時間しか一緒にはいない。だが彼女は俺の家族だ。この町に来て一緒に暮らしてくれた。その時間だけでも家族でいられるはずだ」


 この町に来て、少しだけ不安があった。大人である廬が不安なんて気持ちを抱いているだけで救いようがないのかもしれない。瑠美奈がいる事でこの町で暮らしていくことが出来る気がした。

 真弥がいるときもそうだ。お調子者の真弥がいる事でその場が和む。状況を理解しているのに楽観的に考えて、何もかもが大丈夫だと思わせてくれる。


「それに、お前だって瑠美奈を大切だと思っていたはずだ。俺と同じだと言うのなら、瑠美奈を大切だと思う気持ちは偽物だとしても、大切にするべき感情じゃないのか。偽物も本物でも俺は瑠美奈を守る。それがいけない事だとは思わない」


 瑠美奈を見て守らなければと思う気持ちが偽物でも構わない。本当の気持ちなど分からないのだから廬はその気持ちのまま真っ直ぐ自分の気持ちと向き合うしかない。


「……ふっ。それを自分自身に言える事じゃないかな」

「だから俺は此処で自分の意思と向き合うつもりだ。お前もそうしろ」

「説教するつもり? この僕に」


 黒いナイフが廬に向けられる。地面を蹴り上げ近づいて来る。ナイフを扱うのに心得などなく凶器をただ振り回すだけ、瑠美奈ならば傷つけたくないと良心に訴えて傷つけただろうが廬はそう簡単には傷つけられることはなかった。身体を左右に逸らしてナイフの脅威から逃れる。雨で足元が泥で安定しないまま何とか儡の攻撃を避ける。


 儡と廬では力の差は歴然だった。研究所で何もしてこなかった儡が街から町へと来た廬に敵うわけもない。それはかつて瑠美奈が不良に絡まれた時と同じように儡の動きを止めた。

 ナイフを持つ腕を背中に回されて身体が軋む。痛みで顔を歪める。


「瑠美奈は、お前を含めた全ての新生物を救おうとした。それを一番知っていたのはお前じゃないのか?」

「……知ったような口を」

「知らない。俺の言っている事は全て想像だ。瑠美奈は家族を守る為に宝玉を支配しようとした。お前はどうだ? 誰の為に、なんの為に世界を新生物の物としようとしている。お前の私利私欲の為か。それとも新生物の為か」

「……」

「いや、誰の為なんて愚門だったのかもしれないな。瑠美奈の為なんじゃないのか」

「ッ!? なにを」

「瑠美奈の為。瑠美奈が宝玉を全て支配してしまえば死んでしまうと知っていたから、お前はどうにかして宝玉を集めたかった。初めはそうだったんだろう。しかし気が付いたら宝玉の意思に侵食されて、私利私欲になった。一年ちょっとの時間でお前は瑠美奈と言う大切を見失った。瑠美奈が出て行ったのは勘違いしたからだ。お前が支配されてしまったと勘違いして悲しんで苦しんで……いつかお前を宝玉から解放出来るようにすべての宝玉を手に入れようとしていた」


 儡が偽物だったことに苦しんだのも事実だ。研究者に瑠美奈を使役する為に作り上げられたコンソールに過ぎないと知った時、ショックだったに違いない。

 それでもその気持ちは、瑠美奈を想う気持ちだけは本物だったはずだ。

 それすら偽物ならば、ずっと一緒にいるわけがない。瑠美奈が消えても瑠美奈の事を想っているわけがない。今でもずっと儡は瑠美奈を愛しているはずだと廬は言う。


「その気持ちを捨てたら、誰が瑠美奈の気持ちを理解出来る。お前以外にいないんじゃないのか」


 瑠美奈を理解出来るのはたった一人、傀儡儡と言う新生物だけ。

 白と黒は常に対立して、常に一緒にあるべき存在だ。


「お前が瑠美奈を大切だって言うなら、瑠美奈だってお前が大切だ。あの子をお前は捨てるのか? 対等である存在を消したらお前には何が残る」


 その気になればきっと儡は瑠美奈を殺す事は出来たはずだ。それでも瑠美奈にとどめを刺す事が出来なかったのは、心の奥底には儡の本心がある。


(皮肉だな。他人の真意を読み取ることは出来ても自分の真意は読み取れない。だから死んでいると錯覚する。いや、実際死んでいただろう。瑠美奈が研究所から立ち去ったその時から儡は死んでいたに違いない。対等である対立する存在が消えて儡は死んだ。だが今はちゃんと瑠美奈は戻って来た。その気はなかったのだろう。動きが無い限り、瑠美奈は山の中で静かに暮らしていたはずだ)


「大切なら自分の身を溝に捨てる覚悟でいろ」


 瑠美奈の所為なんて言い訳だ。研究所に騙されていた事を怨み、目的を見失った自分の愚かさを悔やみ。先を見据えることも出来なくなった。


 黒いナイフが地面に落ちる。儡の瞳の奥にあった黒い靄が消え失せていた。

 宝玉が意思を失ったのだ。廬の言葉で儡は自分の愚かさに気が付き、瑠美奈を心から大切にしていた事を思い出した。


 瞼の裏に焼き付いた初めて瑠美奈と会った日。


『B20。コレがB21の鬼の子です』


 背中を押されて見せられた真っ黒な少女。艶のある髪にキラキラと希望を失わない瞳。


『貴方が教育する役目を担いました。出来なければ連帯責任です』


 無理難題を言われた。だが嫌だと言える権利を持ち合わせていなかった。

 黒い少女は無口だった。言葉を知らないとばかりにこちらをじっと見つめていた。

 後から聞いた話は、B型21号は完成品かもしれない。B型21号が研究所の言う事を聞けば何もかも上手くいくのだと、宝玉が適合する事で無駄な作業が終わりになる。

 そんな話を聞いて、一番に思ったことはB型21号が死んでしまうという事だった。

 宝玉に近づくだけで死んでしまう個体がいる。B型21号が特別なんてあり得ないと思っていたからこそ、守らなければと研究者にまだ未熟だと、特異能力の明確さがない。後遺症があるかもしれないと伝えた。必死に隠した。

 死んでほしくないと思った。焦燥にその小さい手を握ったのを覚えている。温かい手を覚えている。自分が先輩として此処での生き方を覚えさせて、自分が死んだあとでも生き残れるようにたくさんの事をB型21号に語った。

 どんな事でもB型21号は楽しそうに、時には悲しそうに話を聞いていた。


「なまえ、なに?」

「え? B型20号だけど」

「ちがう。なまえ」


 研究所で呼ばれている登録番号ではなく、個々に存在する名称を尋ねる。

 B型21号は「瑠美奈」と名乗った。だから、B型20号も自分の名前を口にした。


「傀儡儡」

「儡? わたし、儡、すき」

「えっ」


 小さかった手がいつの間にか大きくなっていた。儡も気が付いたら瑠美奈が好きになっていた。それは錯覚だと言われてしまうから研究者に言わなかった。

 喜びも悲しみも儡が教えた。苦悩も快楽も、その手を引いて来たのはいつだって儡だった。憐が来て三人一緒になった。いつも一緒で変わった未来でも三人は一緒が良いと約束したのだ。……ただ一緒に居ることが心地よくて儡だけは変わらない未来を期待した。


 もし世界を変えられるのなら、もし新生物がこんな仕打ちを受けないのなら、三人が引き離されるなんて事はない。そう思っていた。


 いつからだろう。儡は自分の出生を知った後だろうか、それ以前からだったのだろうか。どちらにしても、声が聞こえて来たのは研究所を支配したあとの事だ。

 声に導かれるままに向かった先には本来立ち入り禁止と言われている宝玉が納められた部屋。

 そこにある黒の宝玉が儡を引き寄せていた。


『瑠美奈を守りたいのなら瑠美奈を利用しろ』


 そんなデタラメな言葉を信じてしまったのは一重に心の弱さが招いた事だ。

 瑠美奈の真意を知っていたのは、他ならない儡だったのだから。

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