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第31話 ESCAPE

 雨が降っていた。いつの間に降ったのか分からない。黒い髪が頬に張り付いて鬱陶しい。水たまりを弾かせながら瑠美奈は儡を追いかけていた。

 田んぼ道に行きつくと足を止める儡に一定の距離を保ち立ち止まると儡は黒いナイフを瑠美奈に投げつけるが簡単に刀身を掴まれる。怪我をしている以上もう何も怖くないのだろう。その瞳には殺意が滲んでいる。

 殺意の滲んだ瞳を見て儡は呆れて息を吐いた。


「まるで悪役じゃない? 僕は何もしていないよ。そう僕は何もしてない。出来るわけがない。君と違って僕はいつだって管理される立場だ。こうして外を自由に駆けているも最後には回収されて処分される。瑠美奈、考えたことがある? 自分がもし新生物としての資格がなかったらって……僕は毎日考えていたよ。毎日、君たちと一緒にいる僕は本当は君たちを監視する為に作られた人形だったんじゃないか。僕の空想が本物となった時の気持ちはきっと誰にも分からない」

「ほんものだった。あのときいっしょにいた儡はほんものだった。憐とわらってる儡はほんものだった。だけどいまはちがう。儡はどこにもいない。わたしのすきなひとはもうどこにもいない」

「……ふっあはははっ。そんなに僕が嫌い? 宝玉を手に入れた僕がそんなに憎い? 自分のアイデンティティを奪われた気がしたのかい?」

「あなたにうばわれたのはわたしのこい」

「ロマンチックだね。帰してほしい? なら宝玉を僕に頂戴」

「そんなことをしても儡はもどってこないのはわかってる。だからわたしはあなたとてきたいするときめた」


 その結果、儡が研究所の人達を人質にして瑠美奈を強請るかもと考えたが、流石にそんな事はしなかったようで、少しだけ良心あるのかと安堵した。言葉を交わせているのだから知能は備わっている。

 目の前にいるのは瑠美奈が愛した人に酷似した別の誰か。宝玉の中に潜む怪物だ。どれだけ見た目が同じでも瑠美奈の決意は揺るがない。旧人類が滅ぼされてしまう危機が目前に迫っているのなら、瑠美奈は家族を敵に回してもやるべきことをするのだと決めた。


「強情だね。まあきっと彼はそう言う所を気に入って君に恋をしたんだろうね。この恋心も偽物だって言うのに」


 全く生き物って奴は、と儡は肩をすくめて首を振った後、ナイフを生み出す。

 瑠美奈を傷つけて血を流させ続ければ、いつか倒れて動けなくなるだろうと考えていた。とめどなく流れる血を防ぐ術を実行しない限り死が迫って来る。その恐怖を抱くのも時間の問題だ。瑠美奈だって死ぬ事を良しとしているが死ぬのが怖くないわけではない。


「あと何度君を刺せば死んでくれるのかな?」

「……ためしてみたらいい。そのあいだにわたしはあなたをとめる」


 やせ我慢だ。既に視界だって掠れている。足に力を入れていなければ立っている事もやっとだと瑠美奈が良くわかっている。


「病院から離れさえしなければ君は僕を殺す事が出来たのに可哀想に……君の悪い所だよ。本当に嫌いだな。キミと言う性質をよく知るボクだからこそ気に入らない。これは宿命だね。キミとボクと彼と君との間には切り離せない宿命って言うのが存在しているんだね。本当に忌々しい限りだよ」

「わたしはあなたのことはきらい。だけど、このいしはあなたをあいしてる」

「……ちっ」


 儡がするわけがない舌打ちをして顔を顰める心底気色悪いと隠さない。

 瑠美奈の中にあるのは、白の宝玉。黒と対に存在する白。

 儡と瑠美奈は正反対の色をした宝玉を各々手にしていた。


「殉教者の道を往く者。白の宝玉の結末なんていつだって最悪だ。僕の方が良いに決まっている。僕は皆の為に、新人類の世界を生み出す事をしている。それに比べてそっちは何をしているんだい? 一人で全てを支配して死んでも構わないって? 本当に救われないビー玉だね」

「わたしのいしはむくわれる」

「自己満足に他人を巻き込むなと言っているんだよ。キミが死ぬ事で困る人はいないだろうけどさ、君が死ぬ事で悲しむ人がどれだけいると思う? 僕や憐、それに旧生物の二人だって悲しむ。君の意思が満たされても残された方の気持ちも考えて欲しい。最善策ほど人を傷つけることをどうして分らないのかな?」


 人は誰かが消えることを恐れて、他人なのに涙を流す。自分の事じゃないのに感情移入する生き物だ。それは新生物だろうと旧生物だろうと変わらない。感情が左右する。

 悪辣だとしても心が無いわけじゃない。一番心が無いのは誰かの為と謳う殉教者。


「今からでも間に合う。と言うより、これが最後のチャンスだよ。瑠美奈、僕と一緒に行こう」


 手を差し伸べる。その手を取ってくれと儡は思う。

 手を取ってくれたら儡も宝玉の意思も報われる。

 新生物の世界は生きやすいに違いない。研究所と言う鉄柵に囲まれた場所で暮らすよりも生きやすくて世界を知る事が出来る。

 高い山を登って、広い海を見る。大都会で摩天楼に聳えるビル群を見上げる。

 この田舎で生涯を終えるなんてどうかしていると儡は悲し気に微笑んだ。


(この手を取ってくれたらすぐにでも君の傷を治す事が出来るのに、強情だよ)


「わたしはぜったいにあきらめない」

「っ……。そうか、わかったよ」


 黒い少女が白の宝玉に受け入れられ、白い青年が黒の宝玉に受け入れられる。

 なんともありそうでない話だと瑠美奈は一度目を閉ざして開いて地面を蹴った。




 一方で憐は儡について知り急いで瑠美奈に会いに行こうとしていた。民家の屋根を跳び越えて電柱を跳ぶ。瑠美奈を探しても何処にもいない。

 儡が瑠美奈に何かを仕掛けようとしていたのを思い出して居ても立っても居られないと身体が突き動かされた。


『憐、短気は損気だよ。瑠美奈を見習い物事を遠くから見る事こそ吉とでる』


(っ……あんたが短気になってどうするんすか!)


 歯を噛み締める。雨が憐を濡らす。


「稲荷君?」


 そんな声が聞こえて立ち止まる。そこには傘を傾けた真弥が憐を見ていた。

 こんなときにと思ったが背に腹は代えられないと憐は言った。


「お嬢、何処にいるか知らねえっすか?」

「え、瑠美奈ちゃん……だよな? 今日は会ってないけど」


 真弥が知らないのなら一体どこに行ったのか。佐那の監視に付けた聡に連絡をしても繋がらないし憐の計画は六割がた破綻している。急いで瑠美奈と会わなければと気持ちが急く。

 その様子が真弥に伝わってしまったのか「どうかしたのか?」と尋ねてくる。


「別にー。あんたには関係ねえって話っすよ」

「困ってるなら手を貸すよ」

「は?」


 コイツはバカなのかもしれないと憐は思った。廬を傷つけて嫌悪している筈の相手を手伝うなんて気がどうかしているか、あの事を忘れているかのどちらかだ。

 挙句に真弥は憐を更生すると息巻いていたのだからそんな事をして真弥に何の得があると言うのか全く理解できない。


「困ってるんだろ? 瑠美奈ちゃんを探すなら俺も手伝うよ。廬に連絡も入れてみる」

「……」


 此処で意地を張って断ってしまえば儡が瑠美奈と会い間に合わなくなると危惧する。


(此処で旧生物に借りを作るのか稲荷憐。けどお嬢と旦那を助ける為にはこの男のてつだ……いや、利用して置いて損はない。勝手にやっているだけだ。俺が頼んでいるわけじゃないし、これはノーカンなんじゃないんすか? あとから恩着せがましく言ってきたら始末しちゃえば良いんすよ。それも間違って死んだってことにすりゃお嬢だって怒らないだろうし……そうっすよ此処で俺が折れたらお嬢たちが)


 悶々と悩んだって仕方ないと憐はパンっと手を叩いた。


「あんたがどーしても手伝いたいって言うんなら手伝わしてやらない事もないっすよ。だが俺は頼んでないんで恩着せがましく『助けてやっただろ~』みたいなことを口走った瞬間、あんたを殺す」

「言わないよ。そうと決まれば廬に連絡するか」


 スマホを取り出して廬に連絡を入れる真弥を眺める。

 旧生物と新生物の違いは特異能力の有無だけだ。


「あっ、廬。俺、真弥だ。瑠美奈ちゃんって一緒にいるか?」

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