第28話 ESCAPE
人魚姫が倒れたとテレビで報道された。レコーディング中に倒れたらしい。
聡が焦ったように廬に連絡をしてきた。宝玉の力が佐那を蝕んでいる。
摘出を急がなければ佐那は死んでしまうかもしれしない。
それを聴いて廬と瑠美奈は居ても立っても居られないと病院に急いだ。
集中治療室にいる佐那は真っ白な顔をして酸素マスクで呼吸をしていた。
親族が御代志町にいない為、恋人である廬が医者に呼び出された。廬が医者と話をするため別室に行ってしまう。
残された聡と瑠美奈は対面していた。聡は気まずそうに顔を背けた。
ずっと佐那を見ていたのに宝玉の力を感知する事が出来ずにがむしゃらに追っかけをしていた。力を感じることが出来ずとも顔色だって見る事が出来たはずだ。それなのに好きな女性を見ていることしか出来ない聡は、瑠美奈に何を言われるか恐怖で動けなくなる。
いつもは能天気な聡も今ではもう叱られるのを待つ子供だ。
「まだ佐那とかおをあわせてないの」
佐那が起きている時は瑠美奈は眠っている。約一年前に瑠美奈が研究所を出て行って以来会っていない。佐那は寝ている瑠美奈に会っているが瑠美奈は佐那に会っていない。だからこそ、佐那が死んでしまうのは瑠美奈としては悲しい。
「はなしもしてない。佐那がほうぎょくをもっていることをついさいきんまでわたしはしらなかった」
瑠美奈は悲しそうな顔をして聡に頭を下げた。
その行動が理解出来ずに「お、お姉ちゃんっ!」と慌て、行き場のない手が右往左往している。
「ごめんなさい。いままで佐那をまかせてて、わたしがしらないときでも、いつでも佐那をみまもっててくれてありがとう」
「っ……俺、俺は……」
許してくれる瑠美奈に聡は涙が滲んだ。
「まだ佐那はしんでない。だいじょうぶ」
「お姉ちゃん」
「ほうぎょくはわたしがあずかる」
「え、でもそれじゃあ瑠美奈お姉ちゃんの身体が」
「わたしはおとうさんのおかげでほうぎょくがせいぎょできるからしんだりしないよ」
「だ、だけど……それだと人魚姫は」
「しごと、きゅうぎょうにしてもらおう。佐那はからだのなかがめちゃくちゃになってる。ないぞうとか」
「……そ、そう」
宝玉が佐那の身体を内側から破壊している。完全に壊す前に瑠美奈が回収する事で佐那が入院して少しの間でも身体を完治に進める事が出来ると考えていた。
集中治療室の硝子の向こうで苦しんでいる佐那を見ている事が出来ない瑠美奈は自分たちのいる廊下に人が来ていない事を確認して宝玉を回収する為に硝子に手を付けた。
硝子が歪む。聡は瑠美奈がなにをしようとしているのか少しだけ理解すると誰も来ないように見張ることにした。
硝子が歪み続けて暫くすると佐那の胸から真っ赤な球体が浮き上がって来る。
球体が出て来た事によって佐那は意識を取り戻してしまい絶叫する。激しい痛みに苛まれているのだろう。瑠美奈は顔を顰めて佐那の痛みを肩代わりする為に球体をこちらに引き寄せる。
近づくにつれて瑠美奈にも異変が起こった。
硝子に触れる手が、爪が徐々に伸びていく。若干肌が赤みを帯びる。
球体が硝子を超えて瑠美奈の手に来る。愛を欲する狂愛の球。
宝玉が佐那から抜けると佐那は痛みから解放され再び意識を失ってしまう。
心電図が動いている為、死んではいない事が分かりひとまず安心だと息を吐いたときだった。
「無事宝玉を回収したみたいだね。瑠美奈」
「!? ……儡」
聡が見張っていたはずの廊下に白い人物が立っていた。
いるはずのない人物、傀儡儡がそこにはいた。
いつか外出するだろうと用意した服を着てやって来たのは随分と皮肉が利いていると瑠美奈は儡を睨みつけると「怖いよ」と両手を挙げた。
「まだ何もしてないよ。そんなに殺気立ってどうしたの? そんな姿をしている以上、誰が悪いのか分からないだろう? とりあえず今は落ち着いて」
「っ……」
そう言われてハッと気が付く自身の手を見る。恐ろしく長い爪。瑠美奈はその手を頭もとに持って行く。
額から少し上に突起物が二つある。黒かった瞳が真っ赤に染まっていた。
硝子に映る自分の顔は凶悪で、鬼そのものだった。
本来の姿を映し出していた。
「宝玉を一つ回収するだけで君の血は激しく揺さぶられるんだよ。このまま君が宝玉を回収し続けてしまえば、殺戮衝動は抑えられず再びこの町を滅ぼす結末になる。君と一緒にいる旧生物だって危険だ。僕は彼らを危険に晒したくはない。瑠美奈、僕と一緒に行こう? 彼らを傷つけてしまう前に研究所に戻っておいで、憐だってそれを望んでいるよ」
手を差し伸べる儡に瑠美奈は手を取ることはなかった。
気持ちを落ち着かせてしまえば人の姿に戻れると目を閉ざす。
「残り四つの宝玉を君の中で管理するなんて不可能だよ。君が宝玉を手にした時、自我を失ってしまう。鬼として本来の宿命に生きて行くに違いない」
「わたしのちちは、はじまりのおに。げんしょのちをもつもの。わたしにもそのちはながれてる。ほうぎょくをしはいするものとして、わたしはけしてあきらめない」
「過信だよ。原初の血を持つからと言って必ず支配できる可能性なんて八パーセントくらいなもの。前例がない以上その八パーセントも存在しない」
僕はとても心配だ。そう言われているような気がするがきっと気がするだけなのだろうと角が徐々に消え、誰もが知る瑠美奈の姿へと戻る頃には赤く染まっていた瞳も黒く光を映していなかった。
「B型21号瑠美奈。原初の鬼の娘。特異能力は鬼化による身体強化。後遺症は物理時間停止。僕は君と戦って勝てるわけがないよ。君と戦って勝てるのはたった二人だよね。その二人だって今は此処にはいないわけだし、僕に勝機はないね」
目を伏せて「憐じゃないけど負けたくないよ」と呟いた。
「宝玉を二つ支配した君が君のままで居られる確証はないよ。それでも良いの?」
「ほうぎょくさえかいしゅうしちゃえばやくさいはおこらない。みんながしあわせになるならわたしはしんだってかまわない」
「慢心だね。君一人が死んだって世界は困らない。厄災がないことに気が付くのだってすぐじゃない。五年に一度の厄災を秒単位で考えている人なんていないんだよ。僕たちが頑張って何になるって言うんだい? 新生物は迫害されて生きて来た。なら今度は旧生物が迫害されるべきだ」
「それがほんしん?」
「僕の目的はいつだって一つだったよ。宝玉を全て回収して宝玉の力で僕たち新人類の世界を生み出す」
特異能力があると言うだけで迫害される。生まれて来たのは旧人類の欲する事を満たすため。厄災が消え去って新生物は生まれ続ける。世界中にいる怪物と呼ばれた親たちが心優しい旧生物と出会い、子供が生まれて来る。
心が醜い旧生物たちが怪物の子だと迫害する事だってある。そんな世界を儡は認めない。旧生物なんて消えてしまえば良い。誰よりも力がある自分たちが、優れている新人類が世界を支配する番なのだと――。
「一緒に行こう。瑠美奈、僕たちには君が必要なんだよ。それに君だって宝玉を支配するのに一人じゃあ限界があるって知っているだろう? 仲直りをしよう、瑠美奈」
つい手を伸ばしてしまいそうになる声に瑠美奈は拳を握った。
どんなことが合っても今は、今だけは彼の手を取ることはないのだと。
「あなたが儡だったらきっとわたしはついていった。わたしは儡のことがすきだから、ひっぱってもらっていた。だけど儡じゃないあなたについていくぎりはない」
「……僕が儡じゃないか。じゃあ僕は一体誰なのかな?」
「あなたは――」
瑠美奈が口を開こうとすると「瑠美奈」と廬の声が聞こえた。その背後で聡が何とか廬を引き留めようとしているが無駄に終える。何か問題があったんじゃないかと心配になり医者の話を終えた廬は急いで瑠美奈のもとに行った。
その声に瑠美奈は再び硝子を見て自分の姿が人間であることを確認する。その背に「彼がそんなに大切?」と儡が微笑んでいた。
「お前は……?」
廬がやって来ると儡を見て尋ねる。
にっこりと微笑む儡は自分の名前を言ったあと目を細めた。
「僕は瑠美奈の恋人です!」




