第203話 ESCAPE
一方その頃、イタリアでは研究所から来た旧生物は一部を除いて壊滅。研究所の新生物たちは何とか手の届く旧生物を守り避難した。
丹下を担いだ憐は、森を抜けて街の中を彷徨っていた。地上をなるべく避けて突き進んだ結果、空き家を見つける。
「うっ」
「起きたんすか?」
寝室だったのだろう。空き家の窓から侵入した憐はその部屋にあったベッドに丹下を降ろすとうめき声を上げて意識を戻した。
「あっれ……ここは?」
「まだイタリアのどこかっすよ」
丹下は自分の足に違和感を覚えてそちらを見れば両足が無かった事に目を疑った。けれど、すぐにどうしてそうなったのか理解出来た。
頭では理解出来ていても自分の足が無くなった実感はなかった。まだそこにあるのではないのかと言う違和感が拭い切れない。
憐はそんな丹下を余所に今起こっている状況を説明する。
礼拝堂から現れた正体不明の金色の蔓が旧生物を蹂躙している事を伝えれば「正体はわかるよ」と簡単に言ってのけた。
「アレの正体は?」
「神様」
「は?」
「冗談でこんな事言うわけないでしょう。事実だよ。もっとも俺たちが考えている者とは少し違う。勿論、鬼殻君とも違うよ」
「……じゃあなんだって」
丹下は感覚のない太ももを撫でて自分が研究してきた事で思考を巡らせた。
目を閉ざして言った。
「厄災がどうしてあるのか、ずっと考えてたんだ。勿論、新生物を殺す方法も並行して研究してたわけなんだけどさ」
「……」
「もしも厄災がカウントダウンの印なら、厄災が途絶えたその瞬間、俺たちが住むこの惑星は滅びるんじゃないかなって仮説」
「どうしてそうなるんすか。飛躍してる」
「研究なんてそんなものじゃない? 飛躍したところから真実を解明する。地球が放出しきれなかった罪のエネルギー。厄災が無くなれば、地球はエネルギーを溜めることが出来なくなる。即ちそれは最後の厄災。それらは人々が期待するようなことじゃない。世界の終焉だと俺は考えてるよ」
「……それじゃあ……あんたは、……っ。俺たちがして来た事は無意味だったって言うんすか!」
ダンっと壁に拳を叩きつけて言う。
「俺たちが……俺たちの仲間が何のために命を落としてまで厄災を止めて来たと思ってる! 厄災を止めたら世界が滅びる? 冗談じゃない!」
「だってその方が推論的に合ってるからさ。厄災が無くなった世界でこの世界を統制している神様って奴は何をしてくれるのかな? どうしようもない罪しか生まない人間たちをただ平穏に生かしておくと思う?」
「……なら俺たちはただ死ぬ為だけに此処にいるんすか」
「うん。俺はそう思ってるよ。ただ……そうだね。簡単に死んでやるつもりもないけどさ。折角レギラスの奴を仕留めたのに、こんなのでお終いなんてつまらないだろ?」
「こっちは、あんたの詰まる詰まらないの話をしてるんじゃないんすよ」
「はははっ! そう怒らないでよ」
怒らせるようなことを言っているのは丹下の方だろうと憐は痛いほど拳を握った。
「まあ俺たちの意見なんて統治者には関係ないからね」
「統治者。さっきの神とでもいうんすか?」
「そうだよ」
「はっ……そこまで来るともう驚きも怒りも湧いてこないっすよ。何処にいるんすか。その神とやらは」
「今まさに世界を覆い尽くしてるじゃない。礼拝堂で暴れているあの怪物こそが神だよ。もっとも器を借りた仮初の状態だろうけど」
(累とか言ってた。そいつが神だって言うんすか)
礼拝堂に向かう事をしなかった所為でネロが言っていた言葉だけしか該当人物を割り出せなかった。
「器って」
「人間の姿、もしくは本来の姿。鬼殻君に本来の姿あるように……きっと神父様にもあるんじゃない? まあ、今みたいな姿ではないだろうけど」
丹下は言う。金色の蔓を無数に生み出し世界を覆う力を持つ新生物などいない。たとえ未登録の新生物だとしても、そんな力を持つ怪物は伝承には存在しない。
ならば、これは神の所業と言っても問題はないだろう。
「多分、強引に覚醒しようとして神に憑依されたんだろうね。可哀想に」
「なんであんた、そこまで知ってるんすか」
まるで見て来たかのように言う丹下に憐は怪訝な顔をする。
「見て来てないよ。俺はただ可能性を口にしているだけ。人は常に最悪を想定するって言うけど、俺は常に最高を想定する。神様を殺せるチャンスって考えたらワクワクしちゃうよ。鬼殻君ともまだ殺し合っていないわけだし、君の実力にも興味がある。瑠美奈ちゃんも同じく、俺は人に害をなす力を持つ新生物を全てねじ伏せてみたいんだ。その中に神がいるなら次の俺の標的は神ってことになる」
「……変態っすね」
「人は必ずどこかしら可笑しいよ。君だって無条件で瑠美奈ちゃんと儡君に付き従ってるじゃない。それの何がおかしいの?」
けらけらと笑う丹下に憐は舌打ちをした。その後、何か感じ取った憐は気配を消して丹下の前から姿を消した。
それを見届けた丹下はまた目を閉ざして思考を巡らせた。
(正体不明の新生物、未登録の新生物。制限のかけられていない新生物が覚醒して手に負えなくなった場合、殺すしかない。だけど、もしもそれが創造主たる神が憑依していたら、殺せるのかな。殺せないで蹂躙されるだけなのかな)
冗談じゃないと笑う。
笑う度、腹部に激痛が走る。
神と表現するが正体不明だから、神と称しているだけで全てを追及してしまえばそれは神ではなかったなんてよくある話だ。脅威標準が高まるだけで研究者にとっては痛手にはならない。
可能性が増えて、神に近づくことも出来るだろう。
今、正真正銘の神は何をしているのだろうか。鬼殻は何をしているのだろうか。
まさか簡単に落とされたなんて事はないだろう。
「あーあ、帰りたいな」
実家に帰って家族に会い、弟たちと遊びたいと丹下は少しだけ、この非現実から抜け出したかった。今までそんな事を思うなんてことなかった。もう飽きたのかもしれない。この血の気の多い日常に飽きて、そろそろ普通に戻りたい。
「……まあ、もう無理かな」
渇いた笑いをして丹下は眠気に襲われた。