第200話 ESCAPE
地下に到着した佐那は急いで大智を治療するように職員に言う。
その後、筥宮研究所との連絡が繋がっている事を知り、連絡を取り合う為通信機に向かう。
『初めまして、僕は筥宮研究所を守ってる未登録の新生物。素性を知られたくないので名前は伏せさせてください』
ヘッドセットから聞こえて来たのは、男の声だった。
御代志研究所の研究者でも職員でもない民間人。
「話は伺っています。特異能力が開花していない状態であの蔓に対抗して頂いてありがとうございます」
未登録の新生物。その中には確かに研究所に見つけられずに生まれた子供もいただろう。
しかし、研究所は孤児も実験台にした形跡がある。特異能力を得られなかった子供はまた施設に戻される。民間人として一切関与されない。
『僕は貴方たち研究者を嫌っているわけではありません。幼い頃の記憶なので霞んで覚えていないからですが、だからこそ今は大切な人を守りたい。以降は研究所に協力するつもりはない事を了解して頂きたい』
「……わかりました。貴方の事を追及する事は決してしません。それに研究者が興味あるのは特異能力を持つものであって持たざる者には興味ないでしょうから」
酷い物言いだったが、相手はふふっと笑い『その言葉が聞けて安心しました』と言った。
『出来る限りの事はします』
大切な人が近くにいるから相手は金色の蔓と対抗するが、もしも大切な人が危険に陥ったら真っ先にそちらに向かう事を条件付けた。
「謝罪はしません。きっと今後も似たようなことをしでかすと思うので」
『分かっています。僕も貴方のように良心的な研究者ばかりではない事は理解しています。だから、これが最初で最後です』
ただ。と相手は言葉を続けた。
『僕の大切な人が、研究所に関わってしまっているから、もしかしたら僕もお世話になってしまうかもしれません。その時になったら、どうか僕の擁護をお願いします』
「分かりました。全面的にあたしが何とかします」
相手はそう言って『あとはそちらで』と通話を他の研究者に預けた。
『水穏所長、この後は?』
「可能であれば、逃げ遅れた人達を出来る限り保護してください。それと避難民全員に通達してください。これは最後の厄災であることを」
『ですが』
「責任はあたしが取ります。政府はほとんど機能していない。此処であたしの独断は許されるはずです。あたしがどれだけの権限を執行できるかなんて今となっては意味がない事です」
どちらも研究所も厄災として処理する事を伝える。
誤解を生むかもしれない。それでもこれ以上黙秘する事は出来ない。
通信を他の研究者に任せて佐那は避難民がいる場所へと足を運んだ。
「所長、ご無事で何よりです」
職員が頭を下げて佐那を迎えた。
その声に一部の避難民が顔を上げる。
「あんた、此処の責任者なのか」
「はい。あたしは水穏佐那。御代志研究所の所長をしています。皆さんご無事で何よりです」
「ふざけんな! あんたらの仕業だろ!」
それは佐那が予想していた通りの事態だった為、取り乱すことはしなかった。
暴言を吐いた避難民は職員に押さえられ佐那に突っかかる事しか出来なかった。
少しでも所長が怪我に何かあれば、この場の維持が務まらなくなる。それ程に今は緊迫した状況だった。
「日頃得体のしれない実験をして、こんな事態を引き起こしたんじゃないのか!」
「誤解です。我々は一切この件に関与していません」
「じゃあなんであんたらだけがアレに対抗できる!」
「それを話す前に皆さんに伝えておきたいことがあります」
避難民を前に佐那は真っ直ぐとした目をして言った。
「今回が厄災最後となります。今後世界規模の厄災は起こらない」
「どうしてそれを言い切れる!!」
「厄災が発生すると思われる要因を断ったからです。我々はその為に研究をし続けてきました。我々は、政府特務研究機関に所属し、御代志研究所で厄災を食い止める術を日々研究してきたのです」
厄災を止める方法を見つけ出す。厄災を消し去る事を目標に研究者は毎日可能性を暗中模索してきた。
宝玉と言う未知のエネルギー物質を解明、宝玉の在り方や宝玉が放つエネルギーが人間に有害であることが判明した。その結果新生物の力を借りる事となった。
研究所が考えるよりも以前から既に新生物は存在していた。
怪物を支配する事が難しい時は、その血液を使い孤児や病弱な民間人を引き取り投与して経過観察をする。そうして佐那は生まれ、筥宮にいる彼のように特異能力を与えられずに捨てられる人もいる。
非人道的実験は幾つもして来た。その罪は決して償う事は出来ない。
「あたしたちの大義名分は、人の為であること。貴方たちの平穏を保証する為に奮闘しているという事です。貴方たちが頼んでいないと糾弾するのなら今すぐにやめましょう。そして破滅してください。厄災を止める事を止めたのなら、その責任を貴方たちが取り償ってください」
黒と断言されて、黒と確定されてしまったなら、黒であり続ける。
研究所を正義の組織だと思ったことは佐那にはない。ただその研究所内にいた一人の研究者が救済してくれただけで佐那がこの研究所にいる理由は十分なのだ。
「やめろと仰らないのなら我々研究者は誠心誠意、皆さまの命を守りましょう。ですので、皆さまも出来る限り我々にご協力ください」
水も食料もある。自給自足は整っている。研究所に籠っていたとして問題はない。
「現在、精鋭部隊が厄災を完全に消滅させるために奮闘してくれています。それまで我々はこの場で耐え凌ぐしかないのです。地上では厄災に対抗できる兵器、アンチシンギュラリティを用いてアレらを一時的に追い払います」
避難民を守ることが出来ればいい。
佐那は仕事に戻る為に踵を返す。もう佐那の言葉を否定する者はいなかった。
研究者の一人が「よろしかったんですか?」と尋ねる。
新生物の事は言ってない。何も問題はない。新生物の事を知れば暴徒と化すかもしれないが、言わなければなんて事はない。
「間違ったことは言ってないですから……厄災を収める為の研究所、それ以外に何があったと言うんですか?」
新生物の事を外部に知られてはいけない。知られた瞬間、戦争が起こる。
今の状態の方がまだ平和なのだ。瑠美奈たちがこの状況を打破してくれるまで持ち堪える。
「所長、仮にも名の知れた立場なんですから、もう少し愛想よくしませんか?」
「え?」
研究者の一人が耳打ちをする。そして、何処かに目配せをしている。
その先を見ると中学生ほどの子供がこちらを見ている。
人魚姫として名前を売っていた。知名度もそこそこにあった。宝玉の力で付いたファンだが、いまだに推してくれるファンもいる。
聡のように宝玉の力ではなく佐那を純粋に好いてくれる人も少なからずいる。
その中には、人魚姫に救われた若者もいる。
「最近、歌ってないな」
仕事が忙しくて歌えない。歌いたくとも長時間歌うと喉が掠れて話せなくなる。
それが佐那の新生物としての後遺症だった。
開花した特異能力を使っても同じだ。
佐那は完全に新生物ではないからこそ、身体の不調が続く。
「……全部終わったら、ライブしたいな」
「簡単に言いますね」
「出来ない訳じゃないですよね?」
「勿論、出来ないことはないですよ。チャリティーライブと銘打てば」
「そうしよう」
きっと楽しいライブになるはずだと佐那は笑みを漏らした。
そして、こちらを見つめている若者に手を振るとパッと明るい笑顔が戻った。