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第199話 ESCAPE

 階段を駆け上がり、使われていない倉庫に出る。

 研究所内は静かだった。金色の蔓の脅威なんてないのではと思うほどに静かで大智は恐怖が心を支配する。


(大丈夫、少しの足止めくらいできる。倒そうと思うな、子供たちを見つけたらすぐに地下に行く)


 アンチシンギュラリティをしっかりと握って扉を少し開く。覗いた先では、人の気配も金色の蔓の気配もなかった。

 廊下に出て周囲を見回す。窓の外で金色の蔓が蠢いている。まるで空を覆い尽くすかのように増え続けている。


(早く子供を探さないと)


 出来るだけ音を立てないように小走りで子供たちを探す。

 その為にはまず、エレベーターに乗ってしまった子供を探す為にその場所まで向かう。

 白い廊下、清掃員が掃除してくれているお陰で毎日気持ち良く廊下を歩ける。

 そんな事を微塵も考えたことがない癖に大智は自分の顔が見えるのではと思う程の綺麗な床が皮肉にも感じた。金色の蔓に視る力があった場合、床に移り込んだ大智が見えてしまうのではと恐怖する。曲がり角で遭遇してしまったら、実は背後にいてこちらの動きを楽しんでいるでは……。勝手に精神が追い詰められる。


「ぅ……」


 誰かのうめき声が聞こえ大智は顔を上げる。観葉植物の影からそちらを見ると大智を助けてくれた職員がいた。どこもかしこも血まみれだがまだ息があるようで助けることが出来ると思っている矢先、女の子が駆け寄っていた。

 それが非常階段のダクトから地上に行って弟を救おうとしていた姉と報告を受けた容姿と合致してる。

 女の子は、瀕死の職員に声をかける。「大丈夫ですか」と言って血を止めようとする。その瞬間を大智は見逃さなかった。

 金色の蔓が隠れていたのだ。女の子の背後を貫こうとするのを大智は駆け出して女の子を抱きかかえて転がるように金色の蔓から逃れる。

 金色の蔓は、女の子が消えたことで勢いを殺すことが出来ず職員を貫いた。それが最後のようにうめき声をあげて息絶えた。


「ッ……」


 大智の腕の中で震えあがる女の子。


(生きたまま放置して仲間を引き寄せる。有りがちな事をするよ)


 そんな策に嵌ってしまう人間もどうかしているが、良心に付け入った卑怯な策であることに大智は苛立ちを見せる。

 女の子を殺し損ねた金色の蔓は、こちらに向かって来る。悲鳴を上げることも出来ない女の子を抱き上げて大智はアンチシンギュラリティを間髪入れずに撃った。放たれる光に金色の蔓は怯む。


「このまま君の弟を見つけるから」

「う、うんっ」


 御代志研究所の研究者として大智は客人を守る義務がある。

 しっかりと抱き上げて落とさないようにする。

 エレベーターに乗った弟は一体どこにいるのか。早く見つけなければと逸る気持ちを殺して周囲を見回す。

 エレベーターの前に到着するとそこには、金色の蔓に囲まれた男の子がいた。

 それが女の子の弟だという事は理解出来た。


 背後からは金色の蔓は襲ってきていない事を確認して女の子を物陰に降ろす。


「君は此処にいるんだ」

「えっ、でもお兄さんは?」

「僕は君の弟を助けに行くよ。大丈夫、僕は大人だから君たちを守るよ」


 そう無理に笑う。相手を安心させる為に必死に笑みを作るが、絶対にぎこちないと分かる。だがそんな事を気にしている時間なんてない。男の子を助けなければと大智は女の子を隠して男の子の方へと向かう。


(この銃は旧生物には通用しない。だから、誤射はないはず!)


 銃口を金色の蔓へと向けて撃つ。金色の蔓が怯んでいる間に、その中に飛び込んで男の子を抱き上げた。しかし振り返ったその時にはもう遅かった。


「……あっ」


 すっきりしていた。だがすぐに嫌悪感が口いっぱいに広がる。

 男の子は震えあがり涙やら鼻水やらで、もうぐちゃぐちゃだ。間違ってエレベーターに乗ってしまっただけで彼に罪はない。何なら生き延びる為に前向きに気持ちを持って行こうとしていたかもしれない。

 だから、咎められることなんて何もない。


「だい、じょうぶ。僕が、君をたすけるから」


 視界がぼやけて腹部に違和感を感じていたとしても決して視線をそちらに向けたりしない。金色の蔓は大智を甚振るように行ったり来たり。子供を狙わないのはトラウマでも植え付けようと言うつもりなのか。


「大丈夫、大丈夫だから……絶対に僕が助けるから……」


 口いっぱいに広がる鉄の味。それが何であるかは大智は分かっている。

 吐き出さないようにするが口の端から流れ落ちる。


 自分の身体に言い聞かせても限界が来る。身体がもう動かない。足が縺れて床が近くなる。


「全く、どうして此処にいるんだい君」


 儡の声が聞こえた。大智と男の子を受け止めてアンチシンギュラリティを金色の蔓に向かって放つ。


「佐那、手当てをしてあげて」


 一緒にいたのだろう佐那が大智を治療する。古風なやり方だが佐那の特異能力は草花を咲かせる力だ。治療に使える草があるのだろう。大智にはそう言った知識がない為、霞む視界、ぼーっと見つめることしか出来ない。


 佐那と一緒に来ていた女の子が弟を見て安堵した表情をする。無事で良かったと強く抱きしめた。

 すぐ横のエレベーターを使い地下に向かうように佐那は言う。

 女の子は何度も頭を下げた。大智が致命傷を負ったのは自分たちの所為だと責めるが佐那は大丈夫だというように優しい笑みを浮かべ地下のボタンを押して扉が閉まり切るまで見ていた。


 その後、佐那は大智を治療しながら儡に言った。


「傀儡さん。戦えないのにどうして前に出たんですか」

「たまには、僕も活躍してみたくてさ。瑠美奈や憐と違って僕には誰かを傷つける力なんてない。宝玉が合ったらまた変わっていたんだろうね」

 

 黒の宝玉を持っていた頃はどんなものでも作り出すことが出来たが、今はただ人の心を覗き見する事しか出来ない。


「それに僕はただの新生物だけど、君は此処の所長だからね。必然的に君を守るのは僕の仕事になる」

「あたしは自分で戦えます!」

「うん、知っているよ。だけど、特異能力だって無限じゃない。君が疲れてしまったら意味がないからね。それに僕が君を守るのは何も君が大切だからとかじゃない。君が死ぬ事で瑠美奈が悲しんでしまうから僕は君を守っているんだ。利害の一致だよ」

「……そうですか」


 半分が新生物である佐那が金色の蔓に攻撃されないとも限らない。

 完全に攻撃されない、殺されない儡ならば幾ら捕えられても問題はないのだ。


「それとも、嫌いな僕に守られるのは癪かな?」

「そんなことないです」

「そう。安心してよ。僕は君を嫌っているわけじゃない。少なくとも廬よりは好意的だ」


 佐那は儡との距離感が分からないでいる。これからも変わらず佐那は儡に怯える事になるのは分かっていた。

 儡は当然その事を知っている。怯えられ少し言葉を発するだけで肩を震わせる。正直に言えば、もう少し友好的に話をしたかった。


(……瑠美奈のように友だちになるなんて僕には無理かな)


 瑠美奈のように簡単に友人を作る事は儡には難しい。

 心が籠っていないだけでこれほど苦労するとは儡は思わなかった。


「傀儡様! お怪我は!」


 ホワイト隊の一人が駆けて来る。

 戦闘員は出払ってしまっている以上、ホワイト隊の諜報部隊の一部しか研究所を守る事は出来ない。だがその分、隠密に長けている為、いざという時対処が円滑に進んだ。


「大丈夫、怪我はないよ。ありがとう」


 その言葉を聞いて安堵した隊員は現状報告をする。


「推察通り新生物である我々は一切危害を加えられませんでした。町の方で数名逃げ遅れを見つけ保護した後、地下に案内しました。ですが、我々が新生物と言う事もあり、アンチシンギュラリティを使用し続けるのにも限界が」


 新生物を抑圧する為の兵器を新生物が使用するのにはかなりの負担がかかる。

 間近で抑圧の影響を少なからず受けている。これでは足止めしたとしても逃げることが出来ない。


「無理に使用しなくていいよ。アレの狙いは旧生物を根絶やしにすること。近くに旧生物がいなければ、使わなくていい。それにアレは簡単に千切る事が出来るから、拘束されても千切って逃げる事も出来る。第一に自分の身を、第二に旧生物を、それを伝えて置いて……ああ、あと聡たちがずっとアンチシンギュラリティを使ってるみたいだから気にかけて置いて」

「承知」


 命令を聞くとサッと姿を消す。

 負傷した大智を一瞥する。地下に行けばまともな治療が受けられるだろう。

 それと同時に研究所所長として佐那は避難民に今回の件を説明しなければならない事を儡は伝える。


「これが最後の厄災であることを伝えます」

「……そう。良いと思うよ」


 そう言って佐那は大智を連れて地下を目指した。

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