第198話 ESCAPE
御代志研究所地下シェルターにて。
職員が囮になってくれたお陰で地下での設備は潤沢した。
大智は、佐那に言われた通り外部。正確には筥宮との連絡が取れるように接続を開始した。
避難民が御代志は二百数名だったこともあり、地下はそれ程詰まっていなかった。
そこに大きなモニターが運び込まれても誰も気にしなかった。それ以前に誰かに気を向ける余裕は避難民には無かった。
避難民を守るようにアンチシンギュラリティを構える職員たちは、少しでも異変がないか周囲の警戒を強めている。
「大智君、このモニターは使えるかしら?」
「はい。大丈夫、だと思います」
研究者と協力して大智はネットを復旧させる。
ヘッドセットを装着して大智はマイクに向かって言う。
「AI起動、筥宮研究所と連絡経路を確保して」
ノイズ越しに聞こえる『リョウカイ』の声。
数枚のモニターが起動する。研究所周囲に設置されている監視カメラの映像が表示される。研究所の周辺は既に金色の蔓によって逃げ道はない。
周東ブラザーズがアンチシンギュラリティを持って金色の蔓を撃退しているが、減る様子はない。
周東ブラザーズが新生物と言う事もあり金色の蔓は殺されはしていない。だが、アンチシンギュラリティを奪おうと襲っては来る。無力化させる知性はあるようで面倒だと大智は舌打ちをする。
多くのパスワードを解き、多くのセキュリティを抜けたその先では、未だ稼働し続けている筥宮研究所のネットワークにアクセスが出来た。キーボード入力する手は止まらない。ウィルスとして弾き出されない為に、即座に許可を入れる。
そして、漸く筥宮研究所との文字でも会話をすることに成功する。
『御代志研究所:緊急事態の為、急遽セキュリティを乗っ取り遠隔操作をしている』
『筥宮研究所:そちらの状況はどうなっている』
『御代志研究所:金色の蔓の襲撃を受け、御代志町の住民を地下シェルターに保護した。研究者と職員が数名死傷』
『筥宮研究所:こちらも同じだ。近隣住民を保護したが、まだ街に取り残されている』
御代志と筥宮の各研究所で情報を得る。
アンチシンギュラリティで金色の蔓の動きを遅らせることが出来るのを筥宮の研究所に伝える。
『筥宮研究所:現在、未登録の新生物が表を守ってくれている』
『御代志研究所:未登録の新生物?』
大智と話している相手が誰なのかは分からない。もっとも大智は筥宮にいる新生物や研究者のことを知らない為、未登録ではなくとも首を傾げていただろう。
研究者は言う。随分と昔に佐那と同じようにして半新生物を生み出そうとした際の失敗した個体。特異能力を引き継ぐことが出来ずに旧生物として生活をしていた人物がいたらしい。
その人は特異能力は持ち合わせていないが金色の蔓に殺されることはなかった。
その為、その人が囮を引き受けて今の状態が成り立っていると言う。
今ではほとんどの研究所が機能していない所為でその人がどこの研究所で新生物として作られていたのかは分からない。
『御代志研究所:こちらは新生物が多数いる。その上、住民もそれほど多くない』
絶対に殺されないと断言はできない。金色の蔓がどう言った行動理念をしているかなんてわからないのだ。新生物に見切りを付けて殺しに来る可能性だってゼロじゃない事を大智は思考を巡らせた。
筥宮の唯一の戦力は鬼殻だったのだから、今鬼殻がいなければ何も出来ない。
未登録の新生物の人物が何者でもこちらに味方をしてくれているのなら心配はないだろう。
「繋がりましたよ」
大智はしっかりと筥宮研究所に繋がった事を研究者に伝えると「ありがとう、よくやってくれた」と褒められる。
連絡手段と状態把握のモニターがどれなのかを説明して休憩を取る。
仮設管制室が作り上げられる。民間人に知られてはいけない事は山のようにある為、出来るだけ防音の壁を築く。
大智は暇を持て余してそうな研究者を見つけて気になっていたことを尋ねる。
「この状態をどう説明するの?」
「そうだな。とりあえずは厄災と伝えておこう」
研究者は隠蔽はもう無理だと諦めていた。
厄災はもうない。だが住民はその事を知らない以上、厄災と片付けても問題はないだろう。
「……。厄災は直接人を陥れてないって事わかって言ってるの」
厄災は確かに未知のエネルギー現象だが、正体不明の物体を出現させて人々を襲ったことはない。規模は大小バラバラで規則性もない。しかし今のように直接金色の蔓が人を蹂躙する光景は前代未聞と言えた。
「厄災なんて何が起こるか分からない。二回起こったって不思議じゃない。特に新生物同士の争いが頻繁に起こった去年なら尚更だ」
新生物の争いで罪が増えて、厄災の発生が二度になる。
一度目は鬼殻の復活、二度目は筥宮の消失、そして三度目は旧生物の蹂躙。
世間では二度目の厄災となる。世界が崩壊するかもしれない。それ以前に人々が滅ぼされる。
「この研究所って秘匿だったんじゃないの」
「異例だ。もうどうしようもない。所長もいつかは打ち明けると言っていた。バレたとしても問題はないだろう」
廬が現れてからこの研究所は変わりつつあった。
華之が死んで佐那が所長なって以来、研究所の在り方も変わっていた。
何かのきっかけがあればすぐにでも実行されていたはずだ。
そのきっかけが皮肉なことに金色の蔓だったと言うだけの事だ。
そんなこと途中参加の大智には知ったこっちゃない。
「大智、お茶飲むか? 機材とか集めて疲れただろ?」
「貰う、ありがとう」
先輩である研究者との話を終えて大智は避難民が集まる広場に足を運ぶと同僚が紙コップに入ったお茶を差し出した。素直に受け取りお礼を言う。
「人ってこれだけ?」
「ああ、元から人口は少ない町だからな」
同僚の腰にはアンチシンギュラリティが下げられている。何かあれば、出動する一人として選ばれているようだ。
どこもかしこも気を張って疲れている。大智も目の前で職員が囮になった事で心が締め付けられる思いをしている。
「周東君たちが何とか状態を収拾してくれる。あの二人は本当に揃うと脅威だな」
周東ブラザーズが最前線で金色の蔓を退けているのは外周に設置されている監視カメラで確認済みだ。金色の蔓が何処から潜り込もうとしているのかさとるが見極めて、そこをアンチシンギュラリティで撃退する聡。
コンビネーションで言えば、誰にも後れを取らないだろう。
イタリアに行かなかったのは聡とあきらが常にニコイチであるからだ。聡だけがイタリアに向かっても今以上の力を発揮することは出来ない。
聡をうまく誘導できるのはさとるだけだ。
同僚と気を紛らせる話をしていると何やら先輩たちが集まっていた。
どうかしたのかと同僚と顔を見合わせて近づく。
「どうかしたんですか」
「ああ、お前たちか。実は子供がエレベーターに乗ってしまったんだ」
「っ!?」
冒険目的で地下を散策していたら、今しがた来たばかりの研究者と入れ違いにエレベーターに乗ってしまったのだと言う。そして、この事態を理解している姉が弟を救う為に非常階段で駆けあがっていってしまったと言う。姉の方は、あとを追いかけている最中だが、エレベーターに乗ってしまった子供は追いかけることが出来ていない。
『子供がダクトから地上に! 追いかけるのは無理です!』
通信機から聞こえてきた声に焦りを感じる。
「ああ、なんてことだ」
「こんな所で手をこまねいてる暇があるなら走れよ!」
大智はそう叫んで同僚の腰からアンチシンギュラリティを奪い駆けて行く。
「大智! どこに行くんだ!」
「追いかけるんだよ! 死んじゃったら終わりだろ!」
「やめろ! お前まで餌食になるぞ」
「知るか!」
一蹴して大智は非常階段に向かった。
本当はこんな事したくはない。恐ろしいと思う。
地上に近づけば蔓で殺されてしまうかもしれない。
(本当はこんな事する柄じゃないのは分かってる。僕には自分の役割がある。だけどっ)
目の前で研究者を守ると言う役目を全うした職員。
大智がもう少し早く動けていたらと後悔する。
(……っ。もう嫌だ)