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第195話 ESCAPE

「な、なんだあれはっ!?」


 教会の外で一人の新生物が叫んだ。ほとんどの新生教会の新生物の撃退と保護は完了していた。途中、教会の中庭で悲惨な姿で見つかったレギラスと足を瓦礫に下敷きにされた丹下を見つけた研究者は回収作業を行っていた。


 それら全てを完了させて劉子が連れて来たと言う瑠美奈を待っていると礼拝堂の方から突如として現れた氷が教会を埋め尽くした。

 その後、得たいのしれない巨大な繭が礼拝堂から現れた。


「珍しいな、突っ込んでいかないのか」


 本物の廬は、車の上にいる憐に言う。礼拝堂が不気味な化物に支配されて氷に埋め尽くされている中に、本来なら御代志にいるはずの劉子が瑠美奈を連れて来ているとなれば、瑠美奈を守りに我先にと突っ込んでいくと思っていた為、大人しくしている事が意外だった。


「あん中に兄貴がいるんすよ」

「兄貴、鬼殻のことか?」

「そーっす。お嬢と兄貴がいる。俺の出る幕はない。寧ろ兄貴の本性を見たら俺は動けなくなる」

「本性。鬼化か。鬼の本性。本来の力を解放する事がお前にとって不都合なのか?」

「兄貴はA型、お嬢や俺、旦那みたいに制限がかけられてるわけじゃない。その上、禍津日神だとか言うやつだから、きっと俺たちに見せてないだけでとんでもない力を持ってるんじゃないかって俺は考えてるんすよ」

「勘違い、思い込みだった場合は?」

「その時は兄貴はあの化物に負けるんじゃないんすか? だけど兄貴が負ける事はきっとない」

「どうして言い切れる?」

「だって、そこにお嬢がいるんすよ? 兄貴は、お嬢に格好悪い所を絶対に見せない」


 実の妹を前に情けない姿を晒すわけにはいかない。だから、鬼殻は強引に無理やりに自暴自棄になっても勝利を手にしてくるに決まっていると憐は言う。

 そんな無茶苦茶ないい分も、鬼だから、神だからという言葉で片付けられてしまう。


「稲荷さん、指示を」


 丹下が意識不明の状態な為、この場で指示が出せるのは御代志研究所内で権力を振るう事が出来る憐のみ。新生物と研究者やその職員は憐に指示を仰いだ。


「……負傷者は早々に病院でも連れて行って、動ける奴は氷が街に及ばないように極力砕く。どれだけ隠蔽が出来るからって限度がある事をちゃんと覚えておくんすよ」


 冷夏が暴走している以上、その暴走を収めなければ氷は成長を続けるだろう。

 指示を受けた者たちは忙しなく動き出す。

 指示を出した後、憐は本物の廬を見る。


「そう言うあんたは、別に助ける必要はなかったんじゃないんすか?」


 何を。などと無粋だ。

 本物の廬が救うべきはたった一人。

 鬼殻の言う事だから従った? 違う。自分の容姿と記憶を持っているから? 違う。恩を売りたいから? 違う。そんな俗物的なものに興味はない。それに本物の廬が欲望で満ちていたとしたら、鬼殻は見向きもしないだろう。


「世界を見て、いろんな人と知り合って、いつかアイツの前に多くの友人を連れて行く。そんな事を啖呵切ったわりに案外早い再会だったな。鬼殻が俺に会いに来た時は驚いたよ。あの人は行動力だけは人一倍だ」


 本物の廬は、旅行を楽しんでいた自分の前に鬼殻が現れた時の事を思い出す。目の前で危機的状況になると言うのに呑気に世間話が出来るほど不思議と焦りはなかった。


 世界の危機なんて思えなかったのだ。

 どうせ、鬼殻か廬か、瑠美奈か。もしかすると三人が一緒にこの事態を対処すると信じているからだろう。


「俺は弟を助けに来た。それだけだ」


 廬となる事を許した。

 それ以外になる事は決して許さない。

 万が一力を使わなければならなくなったとき、本物の廬は何か理由を付けて彼を許すのだろう。

 いざ、目の前で殺す理由が出来てしまえば本物の廬が生きてきた理由を失う。友だちではないし、家族でもない。だが、それ以上の関係であると自負している。

 憎しみから同情へと変わることもあるだろう。


(でもま、流石に俺を憶えていなかったら流石に殺しちゃうかもしれないけどな)


「俺が出来ることは、何もない。憐、俺に出来る事があれば手伝うぜ」

「そうしてくれるなら、遠慮なくこき使わせてもらうっすよ~」


 二人が話をしている刹那、繭は成長を止めた。

 そして少しして繭に亀裂がはしった。亀裂から伸びて来たのは、金色の蔓。


「うわぁっ!?」

「なんだこれはッ」

「ぐあぁあっ!!」


 金色の蔓は、研究者や職員たちを拘束していく。

 拘束された研究者たちはギチギチと音を立てて千切れた。

 金色の蔓で引き千切られるか、絞め付けられ過ぎて千切れる。凄惨な殺され方をする。


「っ!? どうなってるんだ」

「どうもこうも敵ってことに変わりないんじゃないんすか?」


 本物の廬が身構えていると憐が言う。

 金色の蔓は二人を標的にする。憐は車を飛び越えて木に退避しようとすると途轍もない速さで憐を拘束した。


「憐っ!?」

「くっ……」


 憐が引き千切られると危惧した本物の廬は駆けつける。

 すると、金色の蔓は憐を離した。落下する憐をすかさず受け止める。

 金色の蔓は憐を殺さなかった事に本物の廬は驚く。まだ遠くで研究者たちの断末魔が聞こえる。


 林に向かい金色の蔓から逃れる為に身を隠す。

 憐は体制を立て直して木の上に乗る。突然のことで伸縮棒も取り出せなかった。


「助けてくれてありがとう。あのまま落ちてたら俺は焼け死んでた」

「良いよ。俺をこき使わないならな」


 そんな冗談を口にしながら金色の蔓の行動理念を考える。

 逃げ惑う者たち。殺される人もいれば、憐のように生かされている者もいる。

 行動理念など考えるまでもなかった。


「旧生物が殺されてるのか」


 憐は新生物だ。金色の蔓が旧生物を敵と見なしているのなら、逃げるべきは旧生物だけになる。


「憐、頼む」

「俺を使うんじゃねえっすよ」


 憐は文句を言いながらも、特異能力で自分を作り出し、旧生物を金色の蔓から守る為に奔走する。

 何処に隠してもすぐに見つけ出して血飛沫を撒き散らしていく。


「諦めるか?」

「ダメだ!」


 憐が旧生物を救出するのを諦めようとするのと却下する。

 劉子は寝ている為、動けない。そして、劉子の横で介抱されてるはずの丹下が金色の蔓に捕えられてしまっていた。


「くそっ……」

「ちょっ! あんたが出て行ったら」


 憐が他の自分を操るのに忙しいと本物の廬は丹下を回収する為に駆けだしてしまった。

 本物の廬は近くに落ちていたアンチシンギュラリティを拾い上げる。金色の蔓に通用するか分からないが、それでも無いよりはましだと丹下目掛けて発砲すると金色の蔓は絞めつける力を弱めて憐の時同様に丹下を地面に落とした。

 自分を下敷きにするように丹下を受け止める。このまま逃げようとするが、周りは既に金色の蔓に囲まれていた。

 もしも新生物は狙われないのなら、丹下も本物の廬も旧生物。金色の蔓に慈悲はないだろう。


「くそっ」


 金色の蔓はにじり寄って来る。

 一本の蔓が足に絡みつこうとした時、本物の廬はそれを踏みつけた。


「簡単に捕まるかよ」


 丹下を担いで金色の蔓の間を掻い潜る。その後を追いかけて来るのを何とか紙一重で回避する。

 成人男性を担ぎながらの回避は思うように動けそうになかった。

 少しの抵抗で本物の廬は捕えられてしまう。


「ッ!?」

「っんとに世話の焼けるお兄様っすね!」


 憐の分身が駆け付けた。

 瓦礫の中から木の棒を握って金色の蔓を追い払う。

 拙い動きは力を制御出来ていない事が分かる。


(救援が多過ぎる所為で助ける人数も比例したのか)


 たった一人を救出する為に連れて来た人数が過剰だったのだ。

 もっとも廬を助ける為ではなく新生教会を壊滅させる為の作戦だが、その隊長が撃沈している今、部隊の指揮はまともに執れない。逃げ惑う事しか出来ず、新生教会の新生物は好機だと反撃をした。


「ちっ」

「憐、いったん此処から離れろ」

「は? 他の連中は!?」

「全員は助けられない。こいつを頼む、俺は劉子ちゃんを連れて来る」


 憐は何を考えているんだと本物の廬を凝視する。

 旧生物を襲うなら、新生物は助かる。研究所の新生物たちが寝返らない限りはこちらに勝機はある。

 意識がない劉子は、新生教会の新生物に殺されてしまう事を危惧していた。


「狐、追いかけて来いっす」


 憐は丹下を担いで森の中に駆け出していく。金色の蔓は丹下を狙って追いかけてくる。

 数本が本物の廬の周囲に残るが、囲まれていた時よりは目に見えて少ない為その隙を見て劉子が眠っている研究所の車の場所まで向かう。

 丹下がいなくなったことで動きやすくなった為、金色の蔓からも逃げやすい。


 惨たらしく殺される研究者たちから目を背けながら、たった一つの道を行く。


(早くどうにかしろよ、廬、鬼殻)

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