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第190話 ESCAPE

 鬼は人々から全てを奪う象徴。冷夏から兄を奪おうとする悪。

 冷夏は瑠美奈を敵視する。絶対に倒さなければならない相手として睨みつける。

 だが力の差は歴然だった。冷夏は瞬時に凍らせる事を得意としている為、瑠美奈に通用しなければ冷夏の力の意味が無くなる。

 凍り付く床、崩れる天井、追いつめられる冷夏。


 遠くに見える兄たる廬は顔を歪めてこちらを見ている。


 毎日祈る。兄の行方を安否を幸せを。

 こうして目の前で姿形を変えても戻って来てくれたと言うのに取り戻すことは出来なかった。

 冷夏の瞳に涙が浮かんだ。そして、抵抗もなく氷として落ちる。


 夢にまで見た光景は所詮夢でしかなかった。

 現実は冷夏の都合よく廬が無名として戻って来るわけがないと突き付けた。

 廬は確かに記憶の混濁はしている。だが糸識廬であることは覆らない。



 氷の刃が四方八方と瑠美奈を襲う。回避する隙をついて氷の剣が瑠美奈を一突きしようと突き付けられる。


 瑠美奈は何かを作り出す特異能力は持っていない。

 その為、氷の刃を防ぐ術をすぐに生み出すことは出来なかった。

 頬を掠める。血が滲む。頬を擦る手には自分の血が付いていた。


 崩れる天井が廬と冷夏の距離を伸ばす。


「この戦いは終わらせない! お兄様が戻らない日常なんてもうたくさんっ」


 後悔の色が瞳に宿る。光を通さない淀んだ瞳に瑠美奈の心が痛くなる。


「貴方様には関係ないことよ! 私の目の前から消えてください!」


 冷夏の大切を奪おうとする鬼なんて必要ない。

 ド田舎で大人しくしていたら良いのだと冷夏は糾弾する。


 世界を救っても、旧生物しか救われない。

 新生物は救われない。新生物を救う術を瑠美奈は持ち合わせていない。

 素直にその氷の刃を受け入れる事は簡単だが瑠美奈が此処で挫折したら廬を守ることは出来ない。


 冷夏の刃を持つ手の首に打撃を与えた後、滑り落ちる刃を掴んで突き付けた。


「ッ!?」

「わたしは、まけられない。あなたをころすことはないし、あなたにひじょうなことをするつもりもない」

「……生まれながらに施設にいる者ならば、そうなのでしょう。けれど未登録者がどんな仕打ちを受けているか貴方は知らない。親が誰なのか分からなければ、人間は恐怖する。正体不明を恐れて私たちは虐げられてきた! 多くの同志を失った。今も変わらないのです!」


 刃を構成して冷夏は瑠美奈が突き付ける刃を払った。

 人間の私利私欲に付き合わされて最後には殺されるのなら、人間なんて、旧生物なんて必要ない。皆殺しにするのは余りにも可哀想だと慈悲を与えて新生物よりも劣っている事を認めさせたかった。


 同じ生き物なのに、意思を交わすことが出来るのに少しの違いが亀裂を生む。

 それを瑠美奈だってわかっているはずなのにどうして旧生物の側につくのか理解出来なかった。

 互いに理解し合えないのなら皆殺しにするしかない。


 決意に満ちた瞳に嫌気が差す。その瞳が気に入らない。


(お兄様と同じなんて……許されるわけがないわ)


 教会を出て行った時と同じ瞳をしている。もっとも誰にも無名の顔を見ることは出来ない。

 冷夏はもしかしたら、あの時の兄はこうした瞳をしていたのではないだろうかと想像していた。


「……っ」


 気に入らない。冷夏の中で憎悪が溢れる。


(鬼を選んだのですか、お兄様)


「許さない。許されないわ!!」

「ッ!?」


 冷夏の様子が代わり、カッと開かれた瞳は瑠美奈の動きを止めた。

 冷夏の足元から氷が育つ。周囲を貫かんとする勢いで育ち冷夏を覆う。


「冷夏!」


 廬が名前を呼んだ。廊下が完全に崩れて月が浮かぶ夜空が冷夏を照らした。

 瑠美奈は氷の中に飛び込む。

 暴走した冷夏が氷の中に閉じ込められるのを阻止する為に引っ張り出そうとする。だが瑠美奈も氷に飲み込まれる。


「っ……廬!」

「ああっ」


 瑠美奈は廬にも手伝ってもらおうと自身の手を伸ばした。

 その光景が気に入らない冷夏は氷の成長を速めて瑠美奈を飲み込もうとする。

 永遠の静寂の中で眠りに付けばいい。溶けた時が瑠美奈の最後だと憎しみに満ちた瞳は正常な判断が出来ない。


 手に入らないのなら、大切にしている者を閉じ込めればいい。

 瑠美奈の手を掴もうとする廬を氷が阻止する。

 瑠美奈を受け入れるように氷は浸食する。目を見開いて驚く瑠美奈に冷夏はにやりと不気味に笑っていた。


「瑠美奈っ!」


 氷を回避して手を伸ばした時、瑠美奈は冷夏と共に氷の中に閉じ込められていた。


 氷は二人を閉じ込めても成長を続けた。

 教会を飲み込もうとしているようで、礼拝堂を含めて教会全てが氷に侵食されていく。

 廬は一旦、研究所の人と合流しようと後ろ髪を引かれる思いだったが踵を返して教会を出て行こうとしたが、氷が廬の脱出を許さなかった。

 裏口の扉は凍らされた。寒さが廬の体温を奪う。


 床が氷で埋め尽くされる。氷の城を築こうと成長を続ける。


「瑠美奈、冷夏」


 瑠美奈はまだ本調子じゃなかったはずなのに研究所から劉子に連れて来てもらった。

 検査を終えても数日はその身体を慣らす為に研究所にいる決まりを無視して瑠美奈は助けに来てくれたと言うのにこの有り様だ。

 廬が優柔不断で決めかねた結果瑠美奈の行動を制限してしまった。


 廬は周囲を見回して、見つけた煉瓦を拾い上げた。

 そして、二人がいる氷に近づいて、腕を振り上げた。


 カンっと音が響いた。氷を砕こうと腕を振るった。

 こんな事をして意味があるのかと問われてしまえば、無いと断言出来てしまう程に弱々しい力。仮に物理的に氷を砕いても二人を救出できるかもわからない。


 無計画な廬を止める者はこの場にはいない。

 煉瓦が砕ける。手が傷つく。血が滲む。


「っ……」


 疲れが来る。こんな事をしても意味がないと言われているようで廬は悔しく歯を食いしばる。


 何も決められない。何も出来ない廬への当てつけのように大切にしたい人が傷ついていく。

 もうそんな事は起こらせないと思った矢先に起こってしまう。



 礼拝堂のステンドグラスが割れた。降り注ぐ硝子に廬は驚く。

 そこから落ちて来る人物に驚きながら廬は駆ける。

 その人物は落ち着いた様子で地に着地する。


「おや……っ廬君ではないですか」


 平然と言っているようだが、鬼殻は自分の血で服を染めていた。

 心なしか苦しそうにしている。遅れて不気味な形の槍が地面に突き刺さる。


 負傷者である鬼殻はどうして廬が此処にいるのか分からず周囲を見る。

 そこには、氷の舞台と氷漬けにあっている妹とその原因たる女性。

 廬がまた誘拐されて連れ戻されて来た事を理解して呆れてしまう。

 だが、ただ突っ立っていたわけではないのは手を見ればわかった。


「貴方が此処にいるのは少し都合が悪い。皆さんの所へ行ってください。瑠美奈の事は私がどうにかするので」

「出られないんだ」


 扉が凍らされている事を言うと鬼殻は舌打ちをする。

 苛立っている鬼殻の背後で「すぐにお帰りにならなくてもいいのですよ」と緩やかな声が聞こえた。


「ゆっくりしていって良いのですよ? おもてなしをしましょう」


 鬼殻を追いかけて来たのは、割れた窓から出て来る人物に廬は目を疑った。

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