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第19話 ESCAPE

 ヴェルギンロックを出た廬は佐那に連絡をしていた。

 月が浮かぶ夜。駅近くの噴水広場でスマホを耳に近づけて発信音を聴いていた。

 だが一向に相手が出る気配がない。遅すぎたかとスマホを握る手が強くなる。


(佐那の裏切りを早々に片付けたいとしたらもう佐那はこの世にはいない。だが、俺たちを誘き出す為に泳がせる可能性もある。相手がどれだけ仲間思いの善人であるかで佐那の結末は決まって来るか)


 暫くするとスマホから定期音声が流れて来た。留守番電話に変わり廬はメッセージを残さずにスマホをポケットに押し込んだ。


「びぃ」

「……イム、どうして」


 いるはずのないイムがどうしてか噴水広場に現れた。顔を上げると瑠美奈が立っていた。イムの散歩だとそこで気が付く。

 夜に散歩するのはイムの事を気味悪がられるため昼間に散歩が出来ないからだ。かと言って犬のようにイムは頻繁に外に出たがる質じゃない猫のように部屋の中で事足りることもある。時々週一それよりも少ない頻度で散歩に出している。今日がその日だったのだろう瑠美奈が付き添いで歩いていて此処まで来たのが分かる。

 瑠美奈は「なやみごと?」と不思議そうな顔をして廬に尋ねた。


「……瑠美奈、人魚姫は水穏佐那って子だった」


 ライブに言った時に瑠美奈は寝ていた為、情報が整理出来たときに話そうと思っていた。此処で話しても問題はないだろうと廬はゆっくり頭の中を整理して言うと瑠美奈は頷いた。


「うん、そうみたい。げんきそうでよかった」

「元気そうって後半は寝てただろ?」

「ねてた。けど、はじめはちゃんときいた。佐那はむかしからうたがじょうずだからすきだよ」


 よいしょっと瑠美奈は廬が座っていた噴水の縁に腰かける。イムは噴水の中で乾きを潤していた。噴水のライトが水を照らし水面が揺れる度幻想的な光が二人を照らした。

 瑠美奈は目を伏せて懐かしむように話し出す。


「佐那はね。むかしはあるけなかったんだよ」

「そうなのか?」

「うん、佐那はわたしたちとちがうの」

「何となくそうなんだろうって感じはした。実際何が違うのか俺は分からないな」

「佐那は、もとは廬とおなじふつうのにんげんだったんだよ」


 佐那は歩けなかった。原因不明の歩行困難。

 車椅子で生活を強いられて治ると言われて来たが時間が経つにつれてリハビリを重ねても歩くことが出来ず、立つことすらままならなくなってしまった。

 松葉杖から車椅子まで早かった。病室から見える庭先で楽し気に駆ける子供たちを見て羨ましいと濁った瞳で見ていた。

 医者が匙を投げようとした時、研究所の所長が病院まで足を運び佐那を見つけた。

 もしかしたらその足を治す事が出来るかもしれないと希望を抱かせた。


 研究所に連れて行かれたのち、病室に似た部屋に入れられてひと月後の事だった。

 佐那の足は立つことを成功させた。足を治す為に必要だと言われた薬品を毎日投与し続けた結果だった。歩くこともリハビリを続けたら出来ると佐那の希望は確かなものになったが研究所はそれだけでは満足には至っていなかった。これではただの完全治療薬を作り出すだけだといった。

 医学会に提出する事で多くの人を救うことが出来るがそんな事をしている暇は所長には無かった。

 佐那を研究所に引き入れたのは原初の血を一般人に与えた際の経過を見る為だった。


「原初の血。それって瑠美奈のお父さんだろ?」

「そうだけど、せんせいはげんしょのち。たくさんもってるからわたしのおとうさんのだけじゃない。佐那とわたしのあいだにちのつながりないから」


 瑠美奈と佐那が知り合ったのは治療中の事だ。

 研究所の中を散歩していた瑠美奈が佐那のいる病室を見つけた。佐那以外も幼い子供がいる事に驚いた佐那は言葉を失ったように「あっ。あの」とか細い声を発していた。

 そんな態度ではもう来ないだろうと諦めていた佐那のもとに瑠美奈は懲りずにやって来たのだ。「おはなししてください」と瑠美奈は幼い声で言う。それでも人見知りだったこともあり何度も言葉を噛んでしまい恥ずかしくシーツで顔を隠した。

 毎日瑠美奈は佐那の部屋に通った。日にちを重ねていくうちに佐那も瑠美奈に慣れて会話をした。他愛無い世間話、今日食べたご飯はなんだったのか。何をして遊んでいたのか。歩けるようになったら何をしたいのか。瑠美奈は佐那が暮らしていた世界の事を知らない為、佐那はその事を、瑠美奈は研究所での暮らしの事を話した。


「瑠美奈に嫌われてないのに、どうして憐たちに嫌われているんだ?」

「……憐はにんげんがきらい。きゅうじんるいがきらいなの……じぶんたち、わたしたちしんじんるいがうえだとずっとおもってる。だから佐那をきらってる」


 新人類である瑠美奈や憐と旧人類の廬や真弥。力があるかないかの違いでしかない。もっとも瑠美奈や憐は比較的人間に近いが海良のように鱗を持っている者もいるのだろう。佐那は新生物と呼ぶには血が薄く旧生物と言うには異質。どこにも属せない。


「佐那が宝玉を持っているのはどうしてだ? 原初の血を宿してるからか?」

「ちがう。ちはうまれながらにやどっているひとにしか、おおきなちからははっせいしない。佐那がほうぎょくをもてるのはたしかにちのちからかもしれないけど、ほうぎょくがてきせいしゃとしてみとめたから」


 佐那から聞いていた事だ。偏愛であり博愛の赤の宝玉。

 佐那は足を治してくれた研究所に恩を感じている。たとえ旧生物だとしても新生物たちの側でありたいと願い続けていた。だが憐のように新生物至上主義がいた場合、佐那は研究所に居づらくなる。憐に極限まで嫌われて、瑠美奈と一緒に居たいと辛さに耐え抜いた。


(友だちになりたかったのか)


 佐那は瑠美奈とちゃんと友だちになり、話をしたかったに違いない。廬は佐那に同情した。研究所に加担しなければ歩けずとも平穏に暮らせていたはずだが、歩きたいと願った佐那が行きついたのは迫害の道。


「瑠美奈、佐那とは友だちなんだろ?」

「うん。佐那はともだち」

「じゃあもし佐那が危険に晒されていたら瑠美奈はどうする?」

「……たすけたいとおもう。けど、それはきっとけんきゅうじょのさくだとおもう。廬、そんなわたしはダメなこなのかな?」


 友だちを助けるなんて甘いのだろうかと瑠美奈は心配そうな顔をする。

 間違っていない困っている人を助けるのは人として当然の行為だ。

 世間ではそれを簡単には出来ないが、瑠美奈は純粋に誰かを助けたいと思っている。その為にどうしたらいいのか分からないから空回りする。


「ダメな子じゃないよ。瑠美奈は良い子だ。友達、研究所の家族を守る為に宝玉を全て制御しようとしているんだろ? そんな奴がダメな子ならこの世の子供は皆ダメな子になる。……俺なんてただのろくでなしになる」


 目を伏せる廬に瑠美奈は首を傾げる。


(佐那を助けることで何が変わる。宝玉の所有者変更を阻止できる点においては重要なのかもしれない。だがそれによって瑠美奈や真弥が危険になるのは避けたい。俺だけなら自業自得で済む事だ)


「瑠美奈。もし俺がお前の友だちを泣かせたら怒るか?」

「え? んっと……うん、おこる」


 突然の問いかけに瑠美奈は目を見開いて少し考えたあと頷いた。


「佐那でも? 佐那は新生物じゃないだろ? 瑠美奈は新生物とか旧生物とはそう言う隔たりなんて関係ないかも知れないが、それでも怒るか?」

「おこる。佐那もともだちだから、廬が佐那をなかせるならおこる。佐那が廬をなかせてもおこる」


 模範的な良い子。絵に描いたような良い子。

 よくあるような言葉だがそれを実行するのは難しい。


「瑠美奈は新旧の人類をどう思ってる?」

「おなじだとおもう。おとうさんもそういってた。みためがちがうだけで、はくがいするひとはどうかしてる。いのちはびょうどうなのに、どうしていじめるのかわからない。いのちがあるとしってるからごはんをたべるとき、いただきますをいうのに、どうしておなじかたちをしてるひとたちにはやさしくできないのか、わたしにはわからない」


 それは怖いからだ。他人と違うことを恐れているから同じ形をしていたとしても特異能力を持つ新生物を旧生物は恐れる。そして、新生物も迫害されることを知っているから反発する。


 旧生物である佐那が宝玉を持っている事を憐は許せない。

 新生物の特権が取られたと勘違いして虐げるのだ。


 噴水の水音だけが聞こえる。時折道路を走る車のライトが広場を照らす。


「……皆、怖いんだ」

「だいじょうぶ、わたしがなんとかするから」


 新旧の違いを消し去ることを瑠美奈は廬に誓う。

 瑠美奈が全ての宝玉を制御する事が出来れば新生物は特異能力を鍛えなくとも良くなる。生まれたばかりの新生物が殺されることはない。普通の生活が出来ると瑠美奈は期待している。

 廬もそれを願っている。その為に。


(……瑠美奈の為に俺が出来ることは)


 廬は噴水の縁から立ち上がり瑠美奈を見て言う。


「瑠美奈、お前はまだ宝玉を制御する為に自分が死んでも良いと思っているか?」

「うん」


 それは一切の躊躇のない頷き。分かり切った答えだ。


(佐那が泣いていたら、宝玉が原因で泣いたら瑠美奈はより一層宝玉への制御を急く)


「わかったよ。なら俺は頑張るよ」

「? ……なにを」

「さあ、なんだろうな俺にもよくわからないよ」


 廬は下手くそに微笑んだ刹那歌声が聞こえて来た。

 噴水広場のスピーカーから聞こえて来る歌声は佐那の物だった。


「ッ……」


 そしてそれは宝玉の力が宿った人魚姫の歌。

 人魚姫の歌がしっかりと聞こえて来ると廬はテレビの時と同じ嫌悪感に苛まれた。

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