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第188話 ESCAPE

 一方その頃、劉子は暴走するルートを丹下から離して対峙していた。

 手あたり次第に石や砂を劉子に投げつける。


「けひひひっ!! 死ね死ね死ね!」


 新生物の成れの果て。暴走した新生物を止めるには抑制するか、殺すしかない。

 ルートの場合はもう後者しか残されていない所為で劉子は考えあぐねていた。

 正直に言えば、殺したくはない。丹下のように手あたり次第に殺すほど血に飢えていない。


「なぁんだ。壊れちゃったのかい? ソレ」


 突如として聞こえた子供の声。声のする方に行くと教会に隣接した別館の屋根からこちらを見ているピケットがいた。ルートが暴走したことを不安にも心配にも思っていない雰囲気で寧ろ壊れてくれてラッキーと言いたそうな表情をしている。


「君、誰です」

「おいらはピケットってんだ。お姉さん、おいらと楽しいことしようよ。そんなおいぼれなんかとじゃなくてさ」

「仲間じゃないです?」

「仲間? やめてよ。そんな中途半端なおじさん嫌だよ。それよりお姉さん、おいらと遊んでくれるの?」

「此処は危険です。早く保護されるです」

「ふふっ嫌だなぁ~おいらは新生教会の優秀な幹部だよ? 保護なんて弱い奴らがする事さ! そこのおいぼれみたいにね」

「……幹部」

「うん、ああでも安心してくれていいよ。おいら、特異能力は持ってないんだ」

「えっ」


 自分の特異能力を晒すことは弱点にも近い。それなのに簡単に持っていないと言うのはあえてそう言う事で固定観念を植え付けるつもりなのかと劉子は警戒する。


「信じてよ。おいらは無抵抗なんだよ? そのおいぼれと違っておいらは、TPOをわきまえているからね」

「……」

「降参するよ。おいらは、君に捕まってしまったって事にしてよ」

「……何が狙いです」

「狙いだなんておいらは、ただ死にたくないだけさ。お姉さんに捕まるならおいらはなんだって喋っちゃうよ。だからそのおいぼれを殺しちゃってよ。もう助からないんだから」


 にやりと不敵に笑っている。


「弱い物いじめはしないです」

「……自分が強者だって思ってる?」

「違うです」

「え?」


 ピケットの視界から劉子が消えた。そして、先ほどまで暴走していたルートは気を失っているのか地面に倒れている。

 何処に行ったのか見回すと「貴方が嫌いです」と劉子は背後に来ていた。

 鋭い瞳がピケットを睨みつけていた。温厚な劉子が激怒していた。


「ッ!? ぎゃあっ!」


 ピケットを掴み上げてぶらんっと屋根の上からぶら下がる。

 劉子が手を離してしまえば落ちてしまう。そんな危機感を抱きながらピケットは劉子の手を小さな両手で掴んだ。


「お、落とさないでよ」

「なら、そこの人に謝るです」 

「え、だってもう」

「生きてるです。気絶してるだけです」


 暴走していたとしてもルートはピケットの仲間だったはずだ。

 それなのにどうしてそんな酷い事を次から次へと言えるのか。


 劉子は自らの手で相棒を殺した。

 大切な相棒を殺した。今でもやり方が合ったのではと後悔しているのにピケットはそんな気持ちを抱いていないのはすぐに分かった。


「謝れ」

「っ……嫌だよ! 無能なのは変わりないじゃない。おいらは間違ってないよ!」


 じたばたと暴れるピケットを劉子は容赦なく離した。

 抵抗を失ったピケットは地面に叩きつけられる。

 頭が割れる。血が広がる。


「酷い、よ。お姉、さ……ん……」

「……!」


 ピケットは死んだ。こんな呆気ないのかと劉子は疑った。

 ただ落ちただけなら、着地出来たはずだ。聡だって五階から落ちても死なない。

 しっかりと着地が出来る。制限がかけられていないピケットが出来ないとは思わない。


 死体を凝視しているとピケットの中から何からもぞもぞと動き出した。

 近くで見る為に別館の屋根から下りる。動くそれは人形だった。

 ブードゥー人形のような奇妙な人形が這い出て来た。


「ぴけっ?」

「!?」


 鳴いた。鳴いたと言うべきなのか分からない。

 小さな人形は慌ただしく劉子を見ると逃げる。

 小さな身なりをしてる癖にすばしっこく動き回っている。

 森の中に逃げようとするが劉子が翻弄されるわけもない。

 簡単に捕まえることは出来た。首だけを出して身体を拘束するように劉子はぎちりと握る。「グェ~」と苦しそうに呻く。


「……特異能力です?」

「チガウヤイ! オイラノ後遺症ダヤイ!」


 ピケットの後遺症は身体がまた使えるようになるまで不気味な人形にならなければならないと言うものだった。


「つまりこれを壊せば君は死ぬです?」

「っ……フンっ! 殺スナラ、殺セバイイサ! オイラガ死ンダッテ計画ハ止メラレナイ」


 自暴自棄になっている。先ほどの怒りも何処かに飛んで行ってしまう程の情けない姿に劉子は同情する。

 劉子や瑠美奈のように本来の姿が人間に比較的近い新生物もいれば、後遺症で自由を制限させる新生物もいる。

 ピケットの場合は、奇妙な人形の姿になってしまう。

 この人形の状態では劉子を殺すことなんて出来ないだろう。


 殺意は合ったが、新生教会の件を終えたら色々と聞けるかもしれないと劉子は気絶しているルートを共に輸送車に連れて行こうとルートに近寄るとにひっと笑った。


「ッ?! ぎゅわっ!?」

「わーっ……むぎゅ!」


 劉子の手から放り出されたピケットはルートの手に収まる。


「よ、ヨシヨクヤッタネ! って、ぎゃあ! ヤメロ!!」


 ルートは自身の手に何を握っているのか理解出来ずに徐に口に運ぶ。

 驚く劉子も流石にまずいと止めようとするが威嚇するように唸り声をあげる所為でまともに近づけない。

 口に放り込まれる人形。わーっと抵抗できずに食べられそうになる。


 ガチンッと歯が鳴った。噛み砕く気でルートは口を閉ざした。だがそこに人形はなかった。


「あんた、同族喰らおうって流石に胸糞悪すぎねえっすか?」


 聞き覚えのある声。その声の方を見ると憐と本物の廬がいた。

 そして憐の手にはピケットが握られていた。


「劉子ちゃんだっけ? 大丈夫か?」

「です」


 新生物の廬とは違い旧生物の廬の瞳は死んでいた。

 一度何もかも諦めたことが分かる。だが、もう一度動き出そうとする。


(この人が噂の……)


 劉子は本物の廬を前に唖然とする。

 劉子の知っている廬とそっくりだ。周東ブラザーズですら見分けがつくのに彼は一切見分けがつかない。唯一見分ける方法は瞳でしかないだろう。

 彼が似ているのか、廬が似ているのか。


「どうして此処にいるです?」

「いや、あの廬の奴を回収しようとして失敗したんすよ。そこのホンモノの糸識廬君が」

「……悪かったな。俺は旧生物だ。許してくれよ」


 なんともこんがらがってしまう言葉に劉子は気が抜けてしまう。


「大丈夫です。廬さんは無事です」

「だろうね。じゃなかったらあんたが此処にいるわけないっすもん」


 憐は理解していると満足げに笑った。


「特異能力がない状態で暴走するって……本当に最悪っすね」

「です。気を失わせて保護するです」

「理想的な回答だけど……いいっすよ」


 指を鳴らす。森に響く心地良い音。

 憐が得意をする。毎日やっている事、常にやっている事、嘘をつき続ける事。

 誰かを騙すことが出来る。万物をも騙す。それは暴走した新生物だって対象だ。


「さあて、あんたは一体どんな夢を見るんすか?」


 狐に化かされて生き残る物は少ない。


「ア"ァ"ア"アァッ!!」


 ルートの断末魔が聞こえる。劉子は耳を塞いで顔を顰める。


「何をしたんだ」

「精神の安念。壊すことしか出来ないなら、壊れた世界を提供してやればいい。創造を壊して破壊で満たす。……その先にあるのは無」


 それは即ち砂漠の果て。

 掴んでも滑り落ちる砂に埋もれて熱さに項垂れる。


「助かったです」

「まっ! 暴走してても同族に変わりないっすからね」


 新生教会の幹部と言ってもただ信仰心が強い者たちだけで寄せ集められただけであり実際に戦いに慣れていたのは、冷夏やネロ、そして今、丹下と交戦しているであろうレギラスだけだった。


 それもそのはずだ。神父であり師でもあるその男は一度だって人を傷つける方法を特異能力を引き継いでいない者に教えていなかった。ただ役に立ちたい。特異能力を持っていない事で劣等感が強まり、役目を得る為に手探りに得た。


 全て累の思惑通り。


「っ……」

「劉子ちゃん!」


 憐が現れたお陰で早々に事が落ち着いた。気が緩んでしまった劉子はふらりと地に膝を付いた。本物の廬は驚いて劉子を支える。


「……行動限界じゃないっすか」

「行動限界? 後遺症か?」

「そーっす。一日四時間しか生活できない。あとは寝てる。これ以上起き続けていたら死ぬ」


 劉子は本来なら日本にいる佐那を守る役目を担っている。だが今ここにいる矛盾に憐は気が付いている。


「俺たちも引き上げるっすよ」


 憐は倒れているルートを連れて行くと本物の廬は「廬は放置かよ」と尋ねる。


「多分、あの氷女はもう俺たちじゃあどうこうする事は無理っすよ。特異能力を持つ新生物ほど暴走したら面倒っすから……まあ、あとは兄貴たちに任せるしかない。……それに」

「……?」


 憐も出来る事なら礼拝堂に向かって現状を確認したいが、劉子が動けない以上、役立たずとは言え新生教会の幹部が此処に二人いる事を考えれば引き下がるのが妥当な判断だとわかっていた。


 気絶しているルートの腰に口に入らない長さの紐でピケットを縛り付ける。


「もう礼拝堂には誰も近づけない」

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