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第185話 ESCAPE

 一時間前。

 御代志研究所が政府に申請して、新生物を乗せた飛行機はイタリアに上陸した。

 大智の情報から教会の位置をナビゲーションしてもらい丹下は新生物を引き連れて教会に向かった。

 教会に到着すると丹下では教会を見ることは出来なかった。目の前には断崖絶壁があり、岩壁は登るなんてこと不可能だ。


「そのまま進んでも平気っすよ」


 車に乗っていた憐が言う。地面を歩くことが出来ない憐は丹下と共にいた。

 丹下はその言葉を信じて岩壁に手を伸ばすと潜り抜けた。

 憐ならば容易に見破る事の出来る幻覚。憐が幻覚を打ち消すと共に来ていた旧生物は「おぉ」と声を上げる。


「教えてくれるんだ。優しいね」

「あんたが此処で立ち往生するわけないって俺は思ってるんで、ちなみに俺はあんたの命令はきかない」

「うん、良いよ。君は好きに動けばいい。他は許さないけどね」


 憐が姿を消すのを丹下は一瞥して教会を襲撃する。

 教会の門前に竜巻が起こる。新生物が抵抗の為に特異能力を発動したのだ。


「さぁて、楽しみだね」


 メガホンを手に丹下は教会に向かって言った。


「抵抗しなかったら生かしておいてあげる。だけど、少しでも敵対の意思があるなら君たち、新生教会の者たちは殺すよー。この周囲は包囲してるから逃げ隠れとか無駄な抵抗だからね~。たとえ相手が子供でもこっちは容赦しないからね」


 そう言うと一瞬だけ攻撃が止んだ。だがそれも本当に一瞬ですぐに竜巻やら雷やらもう大忙しだ。

 丹下も流石に素直に降参するわけがないと思っていたのか「無理もない」と呟いてこちらの新生物に命じた。


「無抵抗の新生物は保護して、抵抗する者は殺していいよ」


 その命令に従い行動を起こす。


「入野さん、それじゃあまるで略奪者ですよ」


 監視の為について来ていた研究者が言う。


「略奪者? 寧ろ世界の秩序を略奪しようとしているのは向こうだよ」


(そう。向こうが本部を襲撃なんてしなければこっちだって平行線を貫いていた。彼らが平穏を裏切ったんだから、これは仕方ないと思うしかない)


 可哀想なんて思うわけがないと丹下は研究者に「怪我人の介抱よろしくね」と車から降りる。何処に行くのかと尋ねれば「最前線」と楽し気に言う。それを止める者はいない。彼の実力は研究所内に知れ渡っているからだ。

 新生物を素手で殺した経験があるのは、丹下だけだろう。


 教会の敷地に侵入すると既に数人の子供が保護されていた。泣いて怯える子供に丹下は「大丈夫、怪我はさせないよ」と優しく言った時だ。


「それはどうだ? お前の言葉を一体何人が信じる?」


 深みのある声が聞こえた。丹下がそちらを見ると研究所の新生物を両手に掴んでこちらを見ている男が一人。既に死んでいるとみられる新生物を放り捨てて下りて来る。


「これはこれは、名高きレギラス様が多忙な身分でありながら俺に会いに来てくれたんだ。光栄だなぁ」


 その人を知っているようで丹下は先ほどの楽し気な笑みを濃くする。

 丹下の前に現れたのは、豪華な毛皮のコートを着た新生教会の幹部。


 レギラス・ウォルフ。

 新生教会幹部の中では一番戦闘能力に置いて秀でている存在。


「今日が運命の日じゃなくて残念だよ。君の可愛らしい姿を見ることが出来るのに」

「減らず口を叩くな。俺に負けて泣き帰った小物が」

「あの時は俺も若かったからさ。今日はそうも行かないと思うよ?」

「はっ! なら試してみるか?」


 そう言ってレギラスは死体を踏みその手に煙管を持って火を灯す。


「相変わらず、愛煙家だこと」

「これを吸い終える前にお前は死ぬ」

「それはちょっと慢心が過ぎるんじゃない?」

「どうだかな」

「……?」


 何処か含みのある言い方をする為、丹下は警戒していると突如として呼吸が苦しくなる。


「ッ!? がっ!?」


 酸素を求めて口を開くが身体が思うように動かせない事に気が付いた。


「ほら、どうした? 俺を殺しに来たんだろ? 殺しに来い」

「……ッ」


(殺しに行くったって、これじゃあ無理だ)


 身体が痙攣している。背後を見ると同じように動けないでいる新生物が見える。

 情報にない未登録の新生物がいるのかと疑う。


(毒ガス。毒蛇か)


 海良のように周囲に毒を振り撒く新生物が現れたとしたら、全滅するに決まっていた。

 初歩的なミスをした事に丹下は唇を噛んだ。レギラスは姑息な男だ。自らの手で下すことはない。丹下はその事を忘れていた。


「けひひっ! 若造が諸突猛進の愚かな者で良かったわい」


 嗄れ声が聞こえた。霞む視界の先で老齢の男が笑っている。


「……ッ。ルート・ライフール」

「私の事を知っているのか? ただの旧生物風情に名前を覚えられるとは侵害だ」


 ルート・ライフール。

 新生教会の幹部の一人。視力が悪いのか左目にモノクルを付けている老人。

 毒ガスを回避するためにガスマクスをしている。

 老いた身体を持っていながらその動きは二十代の動き。

 姑息な手はルートも使うと情報が入っている。


(ルート・ライフール。だが、あの男は特異能力を持ち合わせていない)


 特異能力が引き継がれることがなかった新生物。ならば劣等感を抱くが持っていないなりに動けてしまう。


「君たちのような短慮な男には超次元の力しか能がない。こうして毒ガスを撒き散らされ身体が痺れている事にも気が付かぬ。なんとも愚かなことじゃわい」


 毒ガスを沈めて高台に立つことで人は距離を取る為にその場に立つ。見上げている間、呼吸はそのままし続けるのは当然の事でルートが開発した毒ガスを吸い込み身体が麻痺する。


「万事休すだな。入野丹下」


 そう言った瞬間、丹下は自身の唇を噛み千切った。

 口から溢れる血の味。錆びた鉄のような味が口の中に充満する。

 腕が微かに動くようになり、腕を噛む。至る所を痛めつけて感覚を取り戻していく。


「痛みはね。……一番の抑止力になるんだよ」

「……破滅するぞお前」

「ははっ……君を道連れにして破滅してあげるよ」


 ペッと口の中に溜まった血を吐き出す。


「流石俺が見込んだ男だ。褒めてやる。何なら幾らで雇われたい?」

「無償で良いよ。だって君に雇われるつもりはないからね」


 身体中痛みで満ちている中、丹下はレギラスに近づく為に足を前に出した。

 それでもまだふらふらと覚束ない。


「はっ! おい、ルート。お前でも殺せるんじゃないのか?」

「けひひっ私を利用するか。ウォルフよ」

「ああ、遊びたかったんだろ? 存分に遊んでやれ」


 ガスマスクを付けたルートが丹下の前にトンっと下りてルートは持っていた撞木杖しゅもくづえを振り上げた。

 麻痺している身体が思うように動かない丹下は反応に遅れ撞木杖が身体に当たる。


「ぐっ!?」

「けひひっ! 儀式が終えるまで君を甚振り殺してしまいそうじゃわい」

「この、クソジジィ……」

「私の後遺症は、時間加速。実年齢は二十四歳じゃ」

「っ!? 難儀な後遺症だね」


 老齢の姿をしているのに実年齢が二十四歳なんて鯖を読む話ではない。

 瑠美奈の時間が停止ならば、ルートはその反対で時間が加速し続けている。

 新生物は百歳以上生きる。そんな中、ルートだけは実年齢が百歳に至る前に死に至る。今の時点で六十歳ほどの容姿をしている。


「もう私には後がない。ならば新生教会で事を起こした方が利口だとは思わないか?」


 追い込まれて一人で死ぬより何かを成し遂げて死にたい。

 誰かの記憶に残り生き続けるなんて非科学的な事は願わない。

 ただそこに存在していた証が欲しかった。


「悲劇を語らないでよ。萎えるじゃない」

「? ……ぐぇっ!」


 丹下は語るルートの服を掴み地面に叩きつけた。


「な、なぜじゃ!」

「長ったらしい説明は老害の特権だね。はあ、うんざりだよ」


 失望したといった顔をする。


「なんでって質問だけど、さっきから俺は痛みを糧にしてるって言ってるじゃない。俺はこの痛みで麻痺を払拭しているんだ。君、俺の手伝いをしてるってどうして気が付かないのかな? 短慮なジジィは本当に俺の話を聞かないんだから」

「ッ!?」


 その顔を踏み付ける。傍から見たら老人虐待だが、中身は丹下よりも年下の若造。大人ぶったクソガキには制裁を下してやらなければと丹下はルートを足蹴にする。


「レギラス様はさ。死にそうになってる仲間を前に何もしないんだね」

「先生の駒が壊れようと俺には関係ないからな」

「っ……う、裏切るのか!!」

「裏切る? 馬鹿が。俺は端からお前らを仲間だとは思ってない。つまり、裏切りなんて生じない、だろ? 遊びに負けたなら退場願おうか」

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