表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
184/227

第184話 ESCAPE

 鬼殻は本物の廬と累の間に立ち累に目を向ける。


「神はお元気ですか?」

「ええ、お陰様で」

「そうですか」


 そんな世間話をする為に来たわけでもないだろう。

 二人のやり取りを眺める本物の廬。


「彼は何処に連れて行ってしまったんですか?」

「今頃は、政府機関に保護されている頃ではないでしょうか?」


 無名たる男は初日、部屋を与えられた時、自分のいるべき場所を定めた。

 鬼殻は彼の決意を知っている。

 その瞳の奥にある本物とは違う色を知っている。


「厄災がない今、私たちは危険に晒されている事に気が付かない。嘆かわしい男ですね。相変わらず」

「神にアプローチしていつまでも返事がない。変人に言われても心は揺るぎませんね」


 言うと流石の累も我慢ならなかったのか口元が微かに引き攣った。


「廬君。後の事はよろしくお願いますね」

「良いぜ。任せとけよ」


 許可が下りたことで本物の廬も礼拝堂を出る為に裏口を目指した。

 その場に残った二人の男。


「不思議ですね。生まれも育ちも違うはずの貴方と私が此処に存在している。何も不思議ではないのにとても不思議な感覚になる」

「そうでしょうね。心優しい私と邪悪の権化たる貴方では天地の差がある」


「文字通りね」と鬼殻は床を蹴り累に近づいた。

 その事に動じる事なく累はひらりと身を逸らして鬼殻の手を回避した。


「野蛮です。神も見放すほどの貴方が、神から天命を得た僕に敵うわけがないと思いませんか?」

「神に見放された? この私がですか? くっふふ。それはとても心外ですね。私は神その物。見放すも見放さないも私の自由。私の手の内にいる者は全て等しく寵愛されている」

「不平等の間違いでしょう。そんなまやかしの神に惑わされる。なんて可哀想な人々でしょう」

「どちらがまやかしだと言うのですか?」

「勿論、貴方ですよ。鬼頭鬼殻さん。業を煮やすしかない貴方に私は退くことはない」

「断言ですか。まあ良いでしょう」


 鬼殻は黒い外套を揺らしながら累を殺す為に身体を動かした。


「殺せばどちらも同じ事です」




 一方その頃、裏口から出て行った本物の廬は、ちゃんと無名が保護されたか確認をする為に走っていた。そして、合流ポイントに行きついた刹那目の前が凍り付いた。ダイヤモンドダストが漂う。


「お兄様は渡しません」


 そこに立っていたのは、冷夏だった。その背後で曲刀を握って血を浴びるネロが立っていた。

 すぐ傍には凍らされていない廬が怪我をして倒れていた。


「ブラコン女」

「……偽物様、貴方様も氷漬けにして差し上げますわ」


 本物の廬が呟くとゆらりとこちらを見る。その冷たい瞳に心が凍り付いてしまいそうだった。


「どうしてそこまでソイツに拘る? 血の繋がりなんてないだろ」

「血なんて関係ありませんわ。お兄様こそが私を理解してくださった。お兄様だけが私を、私たらしめてくれる。ただの人間に理解出来るわけがございません」

「その男が誰かを傷つけていてもか?」

「お兄様がそのような事するわけがない」


(現に俺にしてんだよ。馬鹿が)


 信じている者の言葉ほど強く。侮っている者の言葉ほど弱い。

 本物の廬は舌打ちをした。


「お兄様が居なくなって私はずっと一人だった。今こうしてやっとお兄様が戻って来てくださったのに邪魔立てばかり、人間なんて皆死んでしまえば良い」

「勝手な事を言うなよ……ッ!?」


 言葉を紡ごうとするとネロが本物の廬に曲刀を振るった。

 流石に不味いと後退する。鬼殻に少しでも鍛えられただけあり刀を避ける事は出来た。ただの人間だったら一刀両断されていただろうと冷や汗を流した。


「話してる最中だろ!」

「ヒツヨウない。冷夏様のテキはマッサツする」

「お前もかよ」


 包帯から見える瞳は本物の廬を完全に敵視している。


「冷夏様、ハヤく廬様をおツレください」

「ありがとうございます。ネロさん」

「あ、ちょっと待て!!」


 廬を連れて行ってしまう冷夏を呼び止めるも足を止めることなく教会に戻っていく。


「振り出しに戻ったじゃねえかよ!」

「フりダしじゃない。おマエはここでシぬ」

「鬱陶しいな。また食らわせてほしいか?」


 アンチシンギュラリティを取り出して本物の廬はネロを見る。

 当たらなければどうってことはないと言いたげにネロは特異能力を使った。

 死んだはずの人々が動き出す。


「ッ!? ああ、あいつが言っていたやつか。悪いけど、俺は研究所の連中が死んでも痛くも痒くもないぜ。あいつらは俺よりもA型0号を優先したからな」


 寧ろ死んでいるのなら心置きなく腹いせが出来ると楽し気に笑った。


「ネロ・デスロット。特異能力は死霊使役。ああ、情報通りだ」


(情報通り過ぎて悲しくなるぜ。まったく)


 曲刀を振り回すネロを躱して襲って来る屍の頭を掴んで地面に叩きつけて潰す。

 手に残る生々しい感触。さっきまで生きていただけあり生温かい。

 振り下ろされる曲刀。身体を掴んで拘束しようとする屍に本物の廬は悪戦苦闘する。

 二人の間に会話なんてない。話したい事なんてない。説得も意味がない。

 新生物は旧生物を嫌悪する。力がない癖にと下に見られて終わる。


 押し寄せる屍が本物の廬に乗り上がり地面に倒れる。

 重さを加えるように何人もの屍が本物の廬に乗り身動きが取れなくなる。

 肺が圧迫され呼吸すらままならない。

 ネロは手に持っていた曲刀を突き付ける。


「オわりだ」

「っ……」


 振り上げられた曲刀を見つめるしか出来ない本物の廬は歯を食いしばる。


「なぁにしてるんすか? 兄貴の手伝いをしていた割には大したことないんすね。本物は」


 聞き覚えのある声が聞こえた。

 誰がなんて考えるまでもない。本物の廬はその人物を思い浮かべると同時に身体に乗っていた屍が蹴散らされた。その後、青い炎がネロを囲った。

 起き上がると本物の廬のすぐ横には金髪の男が立っていた。


「バカ。お前の出番を増やしてやったんだろ」

「そりゃあ、ありがたい。だけどちょっとだけ手を抜き過ぎてた感じっすね?」

「稲荷、憐っ」


 ネロは目を地面に向けながら忌々しく呟いた。


「検査が早く終わったお陰で、こんな面白いドンパチに参加できるんすから研究所様様っすね」

「セイフにタマシイをウったシンセイブツッ」

「あんたの事はよーく知ってるっすよ。化物狩りに遭ったんしょ? 過去数百年前の人間に対しての怨みを俺たちにぶつけるなって話っすよ。逆恨みの良い所」

「オナじアヤマチち、クりカエす。そんなニンゲンはソンザイするヒツヨウない」

「新生物狩りを恐れて政府の新生物やれるかよ」

「……。テキ」

「立ち塞がってるって気が付いてないんすか? それとも新生物だから俺も仲間に入れられるとでも? 冗談はその包帯だけにしてほしいっすよ。俺は政府の駒でもおたくら新生教会の駒になる気もない。俺はいつだってお嬢と旦那の意思に基づいてるんすから。それで破滅するのも俺の勝手。旦那が廬を守れって言うんだから俺はそれに従うんすよ」


 どの廬だって構わない。近くにいる廬を守ればいい。

 面倒なことは全部後回しにして死にそうになっている廬を守る。


 ネロは曲刀を握り憐に振り下ろした。憐は曲刀の餌食となる。真っ二つになった憐が地面に倒れると静かに消え去った。


「俺を減らすのやめてほしいんすけど」


 近くの木から憐はネロを見る。するとネロが支配する屍たちが憐が立つ木に近づき揺らし始めた。

 本物の廬は憐が落ちることで後遺症が発生すると危惧し助け出そうとしたときだった。

 憐は自ら木から飛び降りた。屍たちを越えネロの頭上を越え地面に着地するかと思えば、そこには一本の棒が突き刺さっていた。


「まさか、俺がなんの準備もなしに来たって思ってるんすか? 軽く三回も出し抜かれてるんすよ? いい加減学習するっつの」


 憐は自身の慢心を消し去ろうとした。

 地面に落ちそうなったことが何度もあった。

 何の対策も出来ずに燃えて終わる。

 そんな事が、もうないようにと伸縮棒を持ち歩くようになった。


 器用に伸ばされた伸縮棒の上に立っていた。

 ネロは棒を倒してしまえば同じだと曲刀を憐に振るったが、軽やかに跳び曲刀を回避するや棒から離れてしまった。

 そして新しい伸縮棒で足場を作り出した。

 一本しか持っていないなんてありえないだろ。と憐はネロを嘲る。


「あんたの弱点はわかってんすよ。良いんすよね?」


 憐は本物の廬に尋ねると「ああ、やれ」と命じる。


 狐の男は不敵に笑いながら指をぱちんっと鳴らす。するとネロの周囲は業火に包まれる。新生物の後遺症。殺すことの出来る一つの手段。


「やめろっ! やめろ……。ぁあ、ホノオが、ヒが……アツいやだっアツいッ!」


 包帯が引火する。ネロの心臓を業火が炙る。

 顔を覆い、心臓を抑え何が何だか分からないと暴れ回る。

 轟々と燃え盛る炎の中でネロは心臓を燃やし続ける。

 断末魔が聞こえる。


「ただの、Bガタのクセに……どうして、ジャマばかりする!! ふざけるな!! タスけて、冷夏様。タスすけてッヤダ、イヤだっシにたくない累様ッ冷夏様タスけて……累様ぁ、冷夏様ぁ!!」


 その救済を望む手は炎に触れ火傷を負う。そんな痛みもネロには感じない。

 冷夏を延々と叫び地面に倒れた。憐の幻覚が消えると残るのは、火傷に満ちた女性の死体。必死に誰かに手を伸ばしたがその手は掴まれることはなかった。

 焦げた臭いに本物の廬は目を伏せた。


「目を逸らしたら後悔するんじゃないんすか? これが俺たち新生物の末路っすよ。最後には何も残らない。俺だってこの女と同じ。本体が地面を歩けば焼けて何も残らないんすよ」


 そこに意思なんてない。死体だけが残る。

 憐はいつか訪れる自分だと戒める。


「さてっ! 次はどこっすか?」


 伸縮棒を回収したあとケロリとして憐は言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ