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第183話 ESCAPE

 新生教会にて。

 一部の記憶を取り戻した廬は累に厄災の件を伝えた。

 厄災がない事を知っているのは御代志研究所の一部だけ、ならば御代志研究所を殲滅する事で厄災がないと知る者はいなくなる。


「これも神が齎した、私たちが健やかな日々を送れる為に下した試練。その犠牲を享受する。糸識廬君、君にとって神とは何なのですか?」

「……万物を支配するエネルギー物質か、それに準じるなにか」

「意思がないと?」

「意思があれば、感情だってあるはずだ。それなのに、こうして虐げる人間が平気でのさばってる。許されるべきじゃない」

「なるほど。君の意見は尤もだよ。感情があれば同情してくれたかもしれない。神は僕たちに何も与えてくださらなかった。だからこそ、私たちが神を養う番だ。神が与えないのなら与えたくなるまで与え続けて……飼い殺しにしてしまえば良いんですよ」


 神の独占。そんなのが通用する世の中でもない。

 それでも平和があるのなら手に入れたいと思う。

 何の心配もない。今日死ぬかもしれない、明日死ぬかもしれない。

 そんな恐怖を新生物は受けて来た。もううんざりだと廬の傍にいた冷夏は目を逸らした。


「君の力を使ってくれるね?」


 廬の力、他者に情報を複写し本来の情報を覆い隠す。

 脅威的な力。厄災を自在に操る事が出来ると嘘の情報を世界に発信する。

 その為に捕えたのは、テレビでよく見かける世界政府のトップだった。


 拘束具で動きを封じられ何が起こるのか分からないと不安な表情が見える。


「大丈夫ですよ。殺しはしません。ただ少しだけ神の為に働いて頂くだけです」


 礼拝堂のステンドグラスが拘束された男を不気味に照らしている。

 その場にいるのは、新生教会の幹部と呼ばれている者たち。


 冷夏、ネロ、ピケット、老齢の男に毛皮のコートを羽織る男。

 冷夏の傍に廬が立つ。彼らの前には先生と慕われる累。

 拘束する男を前に累は祝福するように笑みを絶やさない。


「さあ、糸識廬君。彼に厄災の脅威を教えて差し上げてください」

「……」


 廬が累の傍に近づいて男を見下ろす。怯える瞳が廬を映す。

 男に触れようと手を伸ばした時、礼拝堂の扉を激しく開かれた。


「なにごとじゃ?」

「今は、儀式の最中ですよ! 邪魔をなさらないでください」


 老齢の男と冷夏は振り返り怒りを見せる。


「ほ、報告します。多方面より襲撃が! 全員新生物と思われます」

「ほお。つまり、生き残った馬鹿が俺たちに牙を剥きに来たか。それとも、冷夏の男を連れ戻しに来たという事か?」

「お兄様を……そんなの許しません。私がその口を閉ざさせます」

「まあ、待て俺が行く。こんな儀式に長居する暇、俺にはないからな。奴らを始末した後、俺は会社に戻らせてもらう。成功しかしないこの儀式に長居なんて無意味だ」


 そう言って毛皮の男は礼拝堂を出て行こうと歩き出す。

 その後を老齢の男も付いて行く。


「ウォルフ君の戦いは実に興味深いからね。観察させてもらうとするよ」

「勝手にしろ」

「二人だけで行こうって言うのかい? 馬鹿だなあ、おいらが居た方が効率的に敵をやっつけられるじゃないか」


 ピケットもその後を追いかけた。

 礼拝堂に残ったのは、冷夏、ネロ、廬。そして累だった。


「皆思い思いの事をしてくれます。思想は違えど目指す先が同じというのは心強い事です」


 累は「さあ、糸識廬さん」と儀式と称した洗脳を催促する。

 政府の人間の記憶を複写して、思い通りに操る事で研究所と同じように内側から崩すことが出来る。簡単な事だ。それもこの手を使えば被害は最小限に収めることが出来る。

 新生教会は何も旧生物を滅ぼしたいわけじゃない。旧生物が我が物顔で世界を占拠している事を疑問に思っているだけだった。


「くっ……はははっ」

「お兄様?」


 廬は肩を震わせた。心配そうに胸元で手を握る冷夏。

 何が面白いのかネロは廬を訝しむ。

 一頻り笑った後に廬は髪を掻いた。


「いや、本当に最高だな。まさか、此処まで気が付かないなんて」

「何を言っているのです……お兄様」


 振り返り廬は冷夏を見る。その目は楽しそうに細められた。


「まだ気が付かない? 俺が本当はお前の兄じゃないって……まあ君たちって俺の事を知らないから、演技なんてしなくて良いんだよな。少し俺って個性を殺せば簡単にお前たちの望む糸識廬君が出来上がる」

「……私の、兄じゃない? 一体なにを、お戯れが過ぎます!」

「いつからです」

「先生?」


 廬の異変でも表情を変えない累に冷夏は不安を抱く。


「いつから? 此処に来たのが四日前か? つまり、初めからって事になったら笑うしかないんじゃないか? なんて俺はそこまで優秀じゃない。ただの人間だからさ。生憎アイツに手伝ってもらわないと此処には来られない。ってことでボンジュルノ?」


 廬では絶対にしないであろう冗談を口にする男に冷夏は怯える。

 そんな冷夏を守るように立つネロ。

 累はその人を知っているようで「ふむっ」を考える素振りをする。


「予想外ですね。貴方が彼を救いに来るなんて」

「一応俺の弟だろ。守ってやらないと」

「その心があるとは、ますます貴方の行動理念を理解しかねます」

「理解したいなら俺になる事だぜ」

「あ、貴方様は一体……誰なのですか! 私のお兄様じゃないならいったい」

「俺? 俺は紛れもなく糸識廬だぜ? そう、お前たちが求めていない正真正銘の糸識廬だ。全部話は聞かせてもらったぜ。可哀想だな。親に捨てられたり、親が殺されたり、ああ、同情してやる。お前らの過去を憐れみ涙してやる。だけど、お前ら自分が新生物であることに甘んじてこっちを攻撃してるけどよ。こっちだってお前らに殺されてる家族がいるんだ。奪われたから同じことをする? 悪循環もいい所だぜ」


 本物の糸識廬。

 累はどうして彼が此処にいるのか分からないでいた。

 此処は紛れもなく新生物しか入る事が出来ない。連れて来る以外に道はない。

 誰かが連れて来た。累はそれが誰か理解していた。


 鬼頭鬼殻。彼の手によって此処に来た。


(僕の邪魔をするのはいつだって彼だ)


「廬様ではないのなら、コロす」


 ネロは本物の廬に近づいた。床を蹴り距離を詰める。


「俺が何の準備もなしに敵地の真っ只中にいるって思ってるならナンセンスだぜ」


 そう言って取り出したアンチシンギュラリティ。

 ネロはアンチシンギュラリティの衝撃を受け僅かに飛ばされる。


「ネロさんっ!」


 冷夏が介抱する横で累は本物の廬を見る。


「その銃で、此処を抜け出せると本当に思っているんですか?」

「思っていない。だけど、このおっさんを政府まで送り届けなきゃな~」


 累は溜息を吐いた。神聖な教会に異教徒が紛れ込んでいる事に嘆いた。


「神は貴方の行いをお許しにはならないでしょう」

「言ったろ? 神はただの力の塊だって……お前らが神に餌付けするのは勝手だけど、これ以上面倒な事を増やすなって事だ」


 ドカンと教会内が激しく揺れる。


「外で暴れてるのはきっと御代志研究所の新生物たちだろうな」


 ピケットと老齢の男と毛皮の男が奮闘しているのだろう。


「先生。下がってください。私がその不届きな者を」

「待ちなさい。彼は結構です。それより、貴方は兄の方の糸識廬君を探してください。ネロさんも心配です。共に行ってください」

「はい」


 冷夏は心配そうな顔をしつつもネロを連れて行ってしまう。

 ばたりと礼拝堂の扉が閉ざされると累は言う。


「どこかに隠れているのでしょう? 出てきたらどうですか? 鬼頭鬼殻さん」


 落ち着いた声色はもう本物の廬には興味がないと言った雰囲気が感じられた。

 ならば、その間にと本物の廬は政府の男の拘束具を外して「裏口から出ろ。そうしたら仲間があんたを保護する」と言うと男は悲鳴を上げながら駆け出していく。


「廬君がしくじったら助ける為に見張っていましたが、相変わらず薄気味悪い事をしていますね」


 天井の影に身を潜めていた鬼は優雅に舞い降りる。

 その光景はステンドグラスから照らされた光に照らされ悪魔が降り立ったようだった。

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