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第176話 ESCAPE

 研究所の中庭で丹下は夜風を受けていた。

 御代志研究所が丹下の話を真に受けなくても構わない。

 未登録の新生物を殲滅する事を拒否しても反乱などと言わない。

 研究所には各々のやり方がある。御代志研究所がやらないとなれば筥宮研究所もまたやらないだろう。


「やあ、劉子ちゃん。相変わらず綺麗な羽持ってるね」


 黒い翼を羽ばたかせて巡回をしていた劉子が中庭にいた丹下を見つけて降りて来る。


「なにしてるです?」

「なぁんにも……だって君たちが答えを出してくれないから暇になっちゃった」

「……何処まで本気です?」

「全部本気だよ。俺らしくないと言われてもね」

「らしくない、です」

「仕方ない事じゃない? 境子ちゃんの命令は絶対。たとえ死んだとしてもそれは変わらない」

「本当は何を頼まれたです」


 丹下が言った境子に命じられたことは他にあると確信していた。

 それを伏せている限り劉子は協力できないと言うと溜息をついて「流石はプロトタイプ」と揶揄する。


「境子ちゃんはさ、自分が死ぬってわかっていたんだ。諜報員の連絡で研究所が壊滅する事も知っていた。だから最後の砦たる俺に言ったんだ。A型0号だけは目覚めさせるなってね。だけど正直な話、彼が目を覚まさなければ物事は一切進展しない事くらい彼女にだってわかっていたはずだし、俺も彼の目覚めは楽しみにしてるんだよね」

「目を覚ます。それは記憶を取り戻すってことです?」


 話し合いの時も言っていた「目覚める」とは何なのか尋ねる。


「そう。彼の封じられた記憶」

「それじゃあどうして廬さんを本部に連れて行ったです。そんな事をしたら」

「反政府組織が廬君を狙いに来るか? そう俺の目的はそれなわけ」

「……廬さんを囮に使ったです」

「怒らないでよ。仕方ないことじゃない? どれだけ諜報の腕が良くても相手は新生物だよ? 特異能力でバレてバラバラ死体なんて前例があるだけに笑えない。被害を最低限に抑える為には、どうするべきか。なんて、君がよく知っているだろう? 血を飲まないと生きられない吸血鬼ならさ」


 劉子は黙り込む。人を糧に生きていかなければならないのは事実だ。だが劉子は人の血も混ざっている。絶対に人間の生き血でなければならないことはない。

 ただ本気を出すには血が必要なだけだ。


「いやいや、苛めたいわけじゃないよ。ごめんごめん。廬君を囮にして敵地を見つける。そこにいる司令官だか指揮官だかを殺すことで新生物は統制を失う。だけどね。それだけじゃあハッピーエンドとは行かないんだよ。廬君が決めなきゃいけない。廬君が新生物側につくなら俺は彼を殺すし、もしも俺たち政府側の人間なら協力してもらう」

「だから、廬さんが王様です?」

「そう。廬君はかつて、女の子を助けたんだよ。その時の情報は色褪せて鮮明ではないけれど新生物の女の子を助けて自分が身代わりになった。それ程までに大切な子が向こうにはいるってこと。そしてその子もまた廬君を大切に思っている。彼の言う事ならなんだって聞くだろうね」


 その情報が正しければ廬が記憶を取り戻したら、その子を守る為に敵になるかもしれない。


「その人を味方に出来ればもしかしたら」

「無理だね。だってこの騒動の首謀の一人ってその子なんだから」

「……ッ!」

「彼女は冷夏れいか。雪の中で生まれて雪の中で捨てられた。指名手配された新生物だよ。彼女は殺人的犯罪を繰り返してる。それ程までに俺たち旧人類が憎いんだろうね。そりゃあそうだ。だって彼女の義理の兄を奪ったのは俺たちなんだから」

「廬さんが戻って来たらもうやらないかもです」

「現実はそれほど甘くないよ。俺は一度出張先で彼女に遭遇したけど、とんでもない子だったし」


 丹下は思い返すように言った。

 海外の研究所と連携して今後の方針と資金運用について話をした際に視察で来ていた新生物の冷夏と遭遇した。

 その時は何とかやり過ごすことが出来たが、通りすがりすら心を凍らされてしまう程の威圧感を持っていた。

 寒さだけではないその瞳で人を殺すほどだ。


「笑い話だよね! 厄災を止める道具である新生物が反乱するんだから。まあ事故だよ。機械が故障するように、その故障に巻き込まれて死ぬのも……また事故」


 新生物と旧生物が争っても機械の故障と同じ扱いを受ける。

 それを目の前にいる新生物に言う事に丹下は一切の躊躇がなかった。


「そんな感じで彼女はきっと廬君を手に入れても、彼が思い出すまで俺たち古い人種を狩り続けるんじゃないかな。だけど安心しなよ。君たち新生物はきっと重宝されるだろうからさ」

「貴方は楽しんでいるです。だけど、皆は違うです」

「どうして? 楽しもうよ。生きるか死ぬかの瀬戸際を楽しまないでいつ楽しむっての? こういう人生最後をどう迎えるかで終わり良ければ総て良しってなるんだよ」

「私は、この研究所の人達好きです。大切です。貴方は違うです? 研究所の人なんかどうでも良かったです?」

「俺が研究所の連中を大切にしてないって言いたいのかな? まあそう見えるのも仕方ないだろうけど、勘違いだよ。俺は仲間を大切にしてる。それこそ実子を他人のように接する華之ちゃんよりはまともだと思うよ?」

「ならどうして悲しそうにしてないです」


 襲撃されて数日は経過していたとしても、親しかった研究所の人達が死んでしまって悲しそうじゃないのはどうしてなのか。


「一人の死に嘆き悲しんだ後は二人三人と増えていく。俺の研究所はそうやって死者で出来た山を踏み越えて成り立ってる。新生物だろうと旧生物だろうとね」


 初めのうちは丹下も今では想像がつかないほどに恐怖していた。

 新生物と言う未知の生物を前に殺しても構わないだとか、死んでも責任はとれないだとか脅しに近い言葉を送られた。それでも丹下は生きる意味を欲して書類にサインした。


「もうさ、十年くらいあの研究所に居たら感性も狂って来るよ。最後に悟るんだよ。厄災を止める為に仕方なかったことだってね」

「……厄災はもうないです」

「だろうね。じゃないとおかしいもんね。此処に来て、この研究所にいて、違和感がない方がおかしいほどだよ。どうしてこの研究所の職員たちは皆笑っていられるのか。不思議だったんだけど、厄災が無ければ安心して仕事が出来る。そして、元凶である宝玉も何処かにいったって考えるべきだね。鬼殻君が何か知ってそうだったけど、彼、俺の事は嫌いだろうから。教えてくれないと思ったし」


 やっと知れてよかったと丹下は言う。


「だけど、その事を知る人間は少ない。廬君はきっと知ってるんだろうね。事の発端でもあるし。つまり、この事態は少しだけ危ないかな」

「……?」

「厄災がない事を敵側に知られたら面倒だってことだよ。厄災を支配しようとしている。支配出来なければ本格的に旧人類を抹殺させるだろう」

「どうして、そこまでわかってたのに廬さんを囮に遣ったです!」


 敵地を探る為と言っても劉子は怒りを納めないだろう。

 だが探るにしても、廬でしか出来なかった事だ。

 丹下が事前に佐那に伝えたとしても廬に筒抜けになってしまう可能性もあった。

 何よりも襲撃されるタイミングまでは流石の丹下でも分からない。


「境子ちゃんに思う事があるように、俺だってただ境子ちゃんの言う事を聞いている良い子ちゃんじゃないって事だよ」

「……どう言う意味です」

「少しは浜波研究所の所長って事で信じてくれても良いんじゃないってことだよ。無計画に彼を敵に差し出したりしない。それに彼が新生物って言うのも協力者が教えてくれたことだしね」

「協力者です?」

「君もよく知っていると思うよ。大丈夫、廬君を身一つで行かせたわけじゃない。心強い助っ人がいるんだからね」

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