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第173話 ESCAPE

 それは、厄災が途中で止まってしまった時から始まった。

 筥宮に厄災が舞い降りた。街を一つ消し飛ばすのなんて厄災の力を以てすれば驚くことでもなかった。慣れてしまった人々は筥宮を諦めた。

 しかし、厄災は止まった。人々はそんな事が起こるはずがないと驚きながら街を取り戻した事に歓喜した。

 政府の発表は当てにならない。確かに厄災は来ていたし止まった事で筥宮は無事だった。


 安堵する旧人類がいる中、恐怖する新人類がいた。

 今までのように厄災が過ぎ去ってくれさえしたら、新生物はまだ生きることが約束されていた。だが今こうして厄災が止まってしまったという事はいつか消え去ると言う恐怖を抱くことになる。


 彼らは計画した。厄災を止めようとする研究所を壊滅状態に陥れることで厄災は止まる事を知らず平行の平穏を手に入れる事が出来るのではと……そして、運が良ければ新生物が世界の頂点に君臨する事が出来るのでは。


 手始めに弱小研究所を襲撃した。厄災の有無しか興味がない境子は我関せずを貫いていたお陰で簡単に入り込むことが出来た。傲慢な男を殺してその遺体を操る。

 定例会議で本部に向かい、境子に接触する。そして、疑心を植え付けて内部から壊していく。



 鬼殻と廬の前に立つ境子はバタリと倒れてその背後から現れたのは包帯を巻きつけた少女だった。


「鬼頭鬼殻。オマエはジャマ。どうしている」

「言ったでしょう? 私は彼を助けに来たと」

「そのヒツヨウ、ない」

「必要しかないでしょう。貴方たちの思い通りになるのは些か気に入らない」

「……なら、コロす」


 包帯の少女は倒れている死体を操った。蠢く屍を鬼殻は廬を担いで回避する。

 寄って来る屍を蹴り遠ざけて間を潜り、倉庫に入り気配を殺す。

 廬を下ろして状態を説明する。


「お前は、なんで」

「何度言わせるつもりですか? 貴方を助けに来たのですよ?」

「お前がそんな殊勝な事をするとは思えないな」

「……はあ。良いでしょう。正直な話、今ある男を探しています」

「男?」

「ええ。彼も新生物です。私は死ぬ前に、いえ死んだ後もその男を探しています」


 鬼殻が探している新生物の男。


「その男が姿を見せるかと思い此処に来ました。貴方を救出するのは次いででした」

「居たのか?」

「生憎、姿は見えませんでしたね」

「特徴は?」

「私を悪人にしたような男でしょうか」

「冗談だろ」


 鬼殻以上の悪人がいるのなら会ってみたいほどだ。

 妹を殺すことも厭わないような男が善人だと言えるわけがない。


「ともかく、その男は何としても殺さなければならない。今回は冗談なしです。私はこうして貴方の役に立っていますが、あの男は役に立つ所か世界を滅ぼすことを喜んでする」

「……お前と何が違うんだ」


 どれだけ聞いても鬼殻と何が違うのか分からない。


「まあ良いです。貴方に期待はしていませんので。これだけは分かってくれると嬉しいです。私はあの男の駒に成りたくはない」


 思い通りになってたまるかと鬼殻は扉を開き外に出た。

 廬もその後を追いかける。


「未登録の新生物を集めているのもあの男の仕業でしょう。でなければこれほど順調にいくわけがない。研究所所属の新生物が出し抜かれるわけがないのですから」


 すれ違う屍を確実に壊して鬼殻は出口を探す。気温がどんどん下がっていく。


 筥宮の新生物が本部に送られたのは新生物を自由にし手薄になった研究所を襲撃するため、そして御代志研究所に筥宮の新生物を預けると言っていたのは最後に御代志研究所を落とす為だと知る。


「ちっ……私たちを凍死させるつもりですか」

「窓でも割るか?」

「ご親切な事に窓などは、我々対策が施されているので不可能です」


 屍の群れを越えて出口に向かうしかない。


(さて、どうしましょうか。廬君を無事に此処から出すのなら……仕方ない)


 鬼殻は有象無象と増え続ける屍を前に廬と二人でこの場を脱する方法を見つける。


「廬君、目を十秒閉じてください」

「は?」

「十秒です。貴方のカウントで結構ですので、間違いのように一定十秒目を閉じてください」

「……?」


 訳が分からないと思いながら廬は目を閉ざした。


「十、九、八……」


(全く瑠美奈ではありませんが、本気を出さなければ傷口が腐ってしまいますね)


 鬼殻は呼吸する。自分の鼓動を感じる。

 黒髪が僅かに伸び、爪が鋭くなる。瞳の色が変わる。


 白目が真っ黒になりエメラルドに輝く目が真っ赤に染まる。

 瑠美奈に本来の姿があるように鬼殻にもその姿はある。


 数十体。いや、もしかすると百はいるかもしれない。

 研究所の職員や研究者を全員屍として操っているのなら、日本だけで何人のゾンビが徘徊しているのか考えるだけでゾッとする。


 爪をひと薙ぎすると屍はバラバラと肉片と姿を変える。床を蹴り群れに飛び込む。

 正確に屍の行動を止める。先に両腕を落として、次に腹部を八つ裂きにする。

 退路を確保するまで鬼殻は屍の血飛沫を浴びる。

 折角人前に出るのだからと着飾って来た鬼殻の服は全て血によって台無しになる。


 鬼殻に慈悲はない。かつて話し合いをしていた職員がいたとしても、意気投合した相手だったとしても鬼殻はその手を止める事はなかった。


「三、二、一」


 廬が目を開くとそこは血の海だった。廊下の向こうで血まみれで立っている鬼殻は、人の姿で平然と立っていた。もう動くことが出来ない肉片は虫に喰われている。


「お前がやったのか?」


 信じられないと目を疑う。


「ええ、私がやりましたよ? 何か問題でも? 私のお気に入りの服が汚されたこと以外は何一つとして問題ないと思うのですが」

「……お前、凄いんだな」

「え?」


 それは称賛の言葉だった。凄い。

 安直で表面上の称賛など必要ない。

 命が欲しいだけだと思っても廬は純粋にそう思って鬼殻に言った。


「いや、瑠美奈を見ていたら分かるな。あいつも凄いし……お前たち兄妹って本当に強いんだなって実感する」

「……ええ、私たちは強いのです。貴方を守る事くらい造作もない」


 緩んでしまう口元を隠して「行きますよ」と歩く。


「そう。お兄様は優しいのよ。だから鬼のような蛮族でも褒めてくれるの」

「ッ!?」


 刹那、鬼殻の足が凍り付いた。


「鬼殻っ!!」

「来てはいけませんっ!」


 廬が鬼殻に近づこうとすると止められる。

 その氷は成長を続け鬼殻の膝を覆う。


「永久に溶けない氷の中、素敵でしょう?」


 女性の声が聞こえる。鬼殻の視線の先には真っ白の女性が立っていた。


「! お前は」


 廬を「お兄様」と呼んでいた女性だった。

 そして彼女はその事を覚えていた事が嬉しかったのか「お兄様」と羨望の眼差しを向ける。


「覚えていてくださったのですね。たとえ、貴方様の記憶がなくとも私はずっとお兄様を想って今日まで生きてきました」

「それは随分と執着心の強いことで。覚えていないのに一方的に覚えているなんてストーカー気質なのでは?」


 鬼殻は女性の言葉に対して言うと女性の表情は無へと代わり鬼殻の氷がぐんぐんと成長していく。

 それだけで彼女が鬼殻を氷漬けにしている事が分かる。


「やめろ!」

「いけませんわ。お兄様は清い存在であるべきだと言うのに、この男はお兄様を穢す存在。氷漬けにしてしまわなければ」

「永久凍結と言うのも美を維持できる一つの方法。ですが生憎と私個人を氷漬けにしたいとは思っていません」


 鬼殻は腰まで来ている氷を簡単に打ち砕いて見せた。女性はその事に驚愕したがすぐに口から氷の息吹を起こした。氷の息吹が鬼殻の腕に触れると凍り付き身体が鈍くなる。


「っ……廬君! 逃げてください」

「でもっ」

「この方の狙いは貴方なのです。私に恥をかかせないでください」


 廬は鬼殻の命ずるままに踵を返して逃げ出した。

 その足音が遠くなるのを確認して鬼殻は鈍く動く自身の身体に爪を突き立て血を飛び散らせる。


「あの男の差し金と言うのは調べが付いています」

「……貴方様だったのですね。先生を探っていたのは、許せません」

「許してもらおうなどと思っていませんよ」


 ハッと笑う鬼殻に女性はキッと睨みつけた。


「許されたいのなら探りもしなければ今ここで生きてもいない」

「ならば、私が息の根を止めて差し上げます」


 周囲が凍り付く。鬼殻はそれを一瞥して「全く暑苦しい」と真逆の事を口にする。

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