第165話 ESCAPE
廬が数日、徹夜を続けてA型0号について調べた。
しかし当然、A型0号については出てこなかった。そもそも0号なんて存在しない扱いになってる。
物事は必ず1から始まる。1号の鬼殻が新生物の始まりと思われていたのにA型0号が現れた。
鬼殻は以前から知っていたかもしれない。筥宮の研究所があるビルのパソコンに入っていた情報。その中に兄と廬を呼ぶ女性の存在は記載されていなかった。鬼殻ですら廬に妹がいるなんて知らないのかもしれない。
つまり、あの女性は勘違いをしている。
「なんて……あり得ないか」
「なぁにがあり得ないんすか?」
「わっ!? 憐っ。帰って来てたのか」
器用に椅子の上に手を置いて逆立ちをしている憐。
地に足を付けられないからと大道芸のようなことをしなくてもいいのではと思いながら「何でもない」とモニターを消す。
「ずっとデスクに根っこ生やしてるって聞いたんすけど、案外元気そうっすね」
「お前、筥宮にいたんじゃないのか?」
「いたけど、検査をする為に来たんすよ」
「検査? ああ、お前にも身体に異常が?」
「異常って程じゃないんすけど、俺の場合は特異能力を常に発動してるじゃないっすか? 少しでも異常があれば、俺は焼け死ぬ。だから、こうして定期的に検査をしに来たんすよ」
今は力を使わずに手や足で壁や天井の飾りにぶら下がって此処までやって来たと言う。身体能力は誰よりもずば抜けている。狐ではなく猿だと廬は頭の隅で思った。
「憐が検査をするなら鬼殻は?」
「あいつはA型っすからね。基本的に俺たちと違って制限はかけられてないんすよ」
「制限。ああ、暴走するタイプだからか」
「正解。でもまあ、特別な事は一つだけ……俺たちの中、つまり体内にそう言った新生物の特異能力を弱める器具が埋め込まれてるんすよ」
「!? 初めて知った」
「そりゃあ、初めて言ったんすから知らなくて当たり前じゃないすか」
特異能力を制限する装置。完全には封じることは出来ない。
しかし、出来る限り人間に反抗しないようにつけられた装置。
その装置に不具合があっては意味がない為、定期的な検査が必要だった。
瑠美奈は、数年間検査をしていない事で容体が悪化してしまう。
それを阻止する為に検査を徹底して行う。
「検査を待ってるのか?」
「俺はもう終わったんすよ」
「早いな」
「そりゃあ。特に問題はないから終わるのも早いってもんすよ」
「故障の要因は?」
「さあ? 俺は壊れたことがないっすから。滅多に壊れない素材を使ってるみたいだから、旦那もお嬢も心配ないっすよ」
「その装置を取り除くことは出来ないのか?」
「出来ないっすね。生まれた時に埋め込まれたものなんで、もう身体のど真ん中。取り除くってなったら俺たちの身体を掻っ捌いて摘出する事になる」
壊れたら大変な事になりそうだと廬は「もっとよく検査してもらえ」と検査室に引き返すように言うと「冗談っすよね?」と嫌な顔をする。
「それで? あんたは、なぁにしてるんすか?」
「特異能力について調べてた」
「あー。あの退屈な奴。それってどうして人間が呼吸をするかと同じ事っすよね?」
「脳に酸素を送って身体の活動を促す為だろ。そう言う事じゃない」
「俺たちは、そんな感じで特異能力を使ってるって話っすよ。今更知ってることの研究して何になるんすか?」
「暴走した時、止める術が見つかるかもしれないだろ」
「それも、もう見つかってるんすけど」
「……お前は俺に文句を言うだけ言うな」
「それが俺っすから。あんたに文句を言う。それが俺の仕事」
「儲かりそうだ」
A型0号に妹がいたかもしれないなんて憐に言えるわけがない。
言ったとしても「あんたに兄妹? ろくでもなさそうっすね」と馬鹿にされるのが落ちだろう。
どうやって追い払おうか考えていると研究者が憐を呼びに来ると「あーあ」と研究者の方に向かった。
何だかんだ、廬と話をするのは楽しかったのだろう。研究者相手だと表情が一切変わらなかった。
心を開いてくれている証拠なのは嬉しいが、流石に悪態ばかりでこちらの気が滅入ってしまうと気が付かないのが憐の悪癖だ。
廬は再びA型0号について調べ始める。
出て来るものなんて何もないが、もしかしたらと淡い期待をする。
「ぬがーっ!」
「劉子?」
管制室から出て来た劉子が何か喚いている。
どうかしたのかデスクから離れて近づくと一つのノートパソコンを持ってきた。
「あ、廬さん。……ぴこーんっ! です。廬さん! これ解いて欲しいです」
そう言ってノートパソコンの画面を見せて来る。そこには『パスワードを入力してください』と表示されている。
「これは?」
「華之さんのパソコンです。四時間ずーっとパスワードを考えてたです」
「四時間ってお前の活動限界だろ」
「です。このパソコンの中身を見ることが出来れば、もしかしたら佐那さんの役に立てることが書いてあるかもと思って挑戦してるです」
見事に失敗して三日間四時間の活動限界を抱えながら劉子はパソコンと睨めっこをしていた。流石にこれ以上、パソコンに気を向けていても仕方ないと諦めていた。
だがもしかしたら廬なら解けるかもしれないと劉子は廬にパソコンを預ける。
「華之のパソコン」
これならば、A型0号について何か書いているかもしれない。
そう思い劉子からパソコンを受け取る。
だが、パスワードのあてなど無い。
適当に一通り打ち込むが『パスワードが一致しません』と表示される。
『瑠美奈』『鬼殻』『鬼頭』『御代志』『御代志町』『研究所』
『鬼』『原初の血』『宝玉』『厄災』『B型21号』『A型1号』
関係性のあるモノ。華之に関したことを全て打ち込んだ。文字ではないのなら数字なのだろうか。思い当たる数字を打ち込んでも反応しない。
劉子が解けないものを廬が簡単に解けるわけもない。
「こういう時は」
廬はノートパソコンを持って研究所内を歩き回った。