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第164話 ESCAPE

 御代志研究所にて。

 廬はやっと御代志研究所に戻って来た事で安堵していた。

 鬼殻の相手が途轍もなく疲れるのだ。気を張っているわけじゃない。事あるごとに通行人に声をかけて終わらないのだ。

 鬼殻のお眼鏡に適ってしまった老若男女は一通りナンパされて、しまいには「ああ、本当に美しい食べてしまいたい」と変質者さながらの言葉を言う為、急いで逃げ出した。

 変人美食家の鬼殻を大人しくさせることは無理だと痛感した。

 

「大変だったみたいだね。だから言っただろう? 彼を大人しくさせるなんて不可能なんだよ」

「ああ、今その事を痛感していたところだ」


 研究所の中に入る事が出来ず、出入口に置かれたベンチに腰かけていると儡がやって来て言う。


「それで? 何かわかったかい?」

「どれだけの犠牲を払っても、裏切り者を見つける。そう言っていた」

「うん。僕の想定していた通りだ」


 境子は、研究所に情報を送らない代わりに裏切り者の動向を窺っている。

 間違っていないが、間違っている。

 犠牲が出てしまう事を容認するなんてどうかしている。


「定例会議に出るなと言っていた。御代志研究所は疑っていないから、出席しない方が良いと」

「寧ろ出席しない方が疑われるのに変な事を言うね。何を考えているんだろう」

「ああ。本当に。何がしたいのか俺にはさっぱりだ」


 儡が知りたかったことが何なのか廬には分らないが、どこか考える素振りをして「そう」と呟いた。


「悪いな、お前が知りたいようなことは訊けなかった」

「気にしてないよ。君が感情的になるのはよくある事だし」


 そう言って次の言葉を出そうとした時、研究者が「儡さん、検査のお時間です」と呼びに来る。


「それじゃあ、僕はもう行くよ」

「検査って?」

「身体の調子が悪くてね。歳かなって」

「……お前、幾つだよ。ってそう言うなら俺だってお前より年上になるんだ。身体が不調にならないのはおかしいだろ」

「君の実年齢なんて誰も興味ないよ。ともかく最近僕たち、不調続きだから余計な事しないでよ」

「たち? 他にも体調が悪い奴がいるのか?」

「瑠美奈が少しだけね」

「大丈夫なのか?」

「死ぬようなことじゃないよ。まあ、瑠美奈に関しては長い間、白の宝玉を持っていたから無くなった際の反発が起こってるんだけどね。暫くは療養してる。瑠美奈の為にも余計な事に首は突っ込まない。良いかい?」

「あ、ああ」


 儡は検査の為に研究者と行ってしまう。本人たちが命に関わる事ではないと言っているのなら問題ないのだろうと廬はスマホを取り出した。

 筥宮の研究者から丹下の事を調べて貰っていたのだ。やっと調査報告を見ることが出来るとメールボックスを開いた。


『入野丹下。年齢:29歳。職業:ホビーショップ経営。浜波県で誕生。

 十三歳の頃、脱走した新生物と遭遇後、撃退。

 その実力を見込み浜波研究所の職員として就職。

 十年後に所長が引退、所長命令により入野丹下が所長に就任』


 丹下は、生き甲斐を見いだせなかった。

 今もそれは変わらない。言われたまま、為すがまま、流れるままに揺蕩う人生。

 きっと丹下が死ねば「あ、死んだのか」と他人事なのだろう。自分の事すらはっきりとしない。

 その中で鬼殻と言う壊れないおもちゃを見つけたことで生き甲斐を得た。下手をしたら殺されるかもしれないと言う過剰な高揚感。鬼殻と言う脅威を脅して、揺さぶる事でもっと別の刺激を得られると言う怖いもの知らず。


 危うい。

 そんな感覚を抱いた。

 しかし、気にかけてやる義理はない。面倒なことはもうごめんだ。

 今の平和を維持して何事もなくそんな事が合ったのかと知らないふりをしていたい。

 厄災の一件で痛感した。平和を維持する事が難しいという事を。下手に首を突っ込んで取り返しのつかない事になってしまえば、そんな事をしなければ良かったと後悔する。


「廬さん? そんなところに座り込んでどうかしたんですか?」


 職員が声をかける。

 報告書を一通り読み終えた廬はスマホをポケットに押し込む。


「考える事が多くて」


 廬が苦笑いをすると「あー」と納得したように頷いた。


「研究者たちは皆、忙しそうですよね。自分たちはただ警備とか雑用をするだけなんで困らないんですが」

「いや、君たちが手伝ってくれているお陰でこっちは順調に事が進められるんだ。いつも助けられている」

「それは良かった。そう言ってくれるだけでやっている甲斐がありますよ。言っちゃなんですが、華之さんの代は本当に殺伐としていましたからね。御代志町の人々が災難だと同情しちゃっていましたから」

「彼女も精一杯だったんだけどな」


 職員は、研究者になる気はなく雑用やコンシェルジュとして仕事をするだけだった。

 時々、その力を見込まれて新生物の相手を任せられるが今は命に関わることは起こらないと安堵している。

 最悪が続いていた研究所に居続けてくれるのは研究者からしたら有難い事だ。


「華之さんって確か、瑠美奈ちゃんと……えっと鬼殻でしたっけ? その母親だったんですよね? だけど、親子っぽくないと言うか。まあ鬼殻の方は俺は会ったこともないんですが」

「親子らしくすると贔屓だと疑われる。そうしない為に華之さんは瑠美奈から苗字を奪ったんだ」

「苗字?」

「瑠美奈が周囲から苗字で呼ばれないのは、自他ともに知る者は苗字を呼ぶことを禁止されていたからなんだ」


 鬼殻はもう知られている所為で伏せることは出来ない。

 鬼殻が暴走したことによって瑠美奈は、鬼頭を奪われた。

 家族の繋がりを奪われた。


「なんだか、可笑しいですね。他人に家族間を介入させるなんて」

「この研究所だけだ。家族が入ってるのは。他の研究所では、家族とは絶縁か、研究所の事を伏せてる」


 華之は純粋に家族と一緒に居たかった。だから、無理にでも研究所を建てる必要が合った。それが自分の意に反していたとしてもだ。


「じゃあ、瑠美奈ちゃん。研究所を怨んでいるんじゃないんですか?」

「あの子が誰かを怨むことはない。不甲斐ない自分を怨んでも他人を怨んだりしない。だから、代わりに憐や儡が旧人類を怨むんだ」

「誰も怨まない。そんな事あり得るものなんですか?」

「性善説。人は生まれた時は、必ず善人である。問題なのはその生き様。生きた道が修羅の道なら、人の心は修羅に順応する。そして、再び陽の光を受けた時、その心は黒く淀んでいる事に人は気が付く」

「実体験だったり?」

「かもな。仕事に戻るよ」


 廬は立ち上がり研究所内に向かう。


(性善説。俺にも性善説があるなら、かつてはA型だった俺は善人だったことを願う)


 A型0号に妹がいたかもしれない。廬はその事を調べる為に研究所に入る。

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