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第161話 ESCAPE

 丹下は店が閉まるまで廬たちと飲んでいた。高級どころか、至る所についてきた。

 鬼殻も諦めているのか、話しを掛けられても相手にしなかった。

 その代わり、廬と話をしている。その中に一つとして研究所に関する話はなかった。


「いやぁ久しぶりにこんなに飲んじゃった!」

「っ……大丈夫なのか」

「平気平気。俺ってザルだからね。幾ら飲んでも酔わないんだよ」


 しっかりと足で立っている丹下を余所にやけ酒をした鬼殻は千鳥足になっている。


「鬼殻。お前は飲み過ぎだ」

「美しい酒は酔わないものですが、私が酔っているという事は安酒ですね」

「どう言う理屈だ」


 人に迷惑はかけられないと廬は鬼殻に肩を貸す。


「駅まで頑張って歩いてくれ」

「もう終電過ぎてるよ」


 丹下が腕時計を確認しながら言う。

 もうそんなに飲んでいたのかと廬は時間を忘れていた。


「悪い。鬼殻を見ててくれ。研究所に連絡してくる」

「良いよ~」

「私を置いて行くのですか」

「お前が研究所に連絡を入れたら余計なことを言うだろ。却下だ」


 丹下に鬼殻を預けてその場を少しだけ離れる。


『糸識さん! 良かった。無事だったんですね』

「ああ、悪い。ちょっと気になった事があったんだ。それで少し時間を忘れて……今日は、このままホテルに泊まる。外出届の更新をしてくれ」

『はい。分かりました。珍しいですね。糸識さんがこんな時間まで』

「俺も驚いてる。……そうだ。入野丹下って男を調べてくれ」

『入野丹下? わかりました。でも、どうして?』

「深い意味はない。気になっただけだ」

『そうですか。では、今のアドレスにメールを送ります。少しだけ掛るので、ホテルに着いた頃合いにメールします』

「よろしく頼む」


 通話を終えて廬は丹下と鬼殻がいる場所に向かう。


(同業者と言っていただけで研究者ではないのかもしれない。鬼殻の事を知っているのは不思議な事でもない。御代志研究所の襲撃は知れ渡っていたはずだ。死んでいる鬼殻を見てその事に驚きもせずに普通に声をかけてそれ以上を追及してこない。研究者ではないのなら、職員の可能性もあるが。大抵力のない職員は新生物との干渉を拒絶する。誰だってそうだ。未知の力を持つ者を前に恐れない方が狂っている。……となれば、裏切り者と呼ばれた奴かもしれない)


 鬼殻の事は調べなくてもそう言った話に精通している者ならば、ひと目でわかる。

 口調や仕草だけでその者が鬼頭鬼殻だと分かってしまう。


(今回の件を危険視していないのは自分たちは清廉潔白だと証明しようとしているからか?)


「疑うは己のみ」

「……!?」


 突如として聞こえたのは女性の声。振り返れば白い着物を着た女性。

 さながら雪女のような女性に廬は何処から現れたのかと身構える。

 青い瞳に雪のように白い髪。


 彼女から漂うのは、冷たさ。

 氷のような瞳に廬の心までも凍らされてしまったのではと錯覚する。


「そう仰ったのは自分ではありませんか」

「お前は誰だ」

「ふふっ。お忘れですか? 愛しの妹にございます。お兄様」


 冷たい風が吹いたと思えば、女性は消えていた。


(妹?)


 彼女は確かにそう言った。しかし廬には妹はいない。

 ()()()には兄妹はいない。


「……俺の、妹?」


 あり得ない。A型0号に妹なんているわけがない。

 そう断言する事は廬には出来なかった。

 廬にはA型0号の記憶がないのだから……。




「どう言う状況だ?」


 混乱する思考をそのままに、人を待たせていることを思い出し戻ってみれば、ベンチで座っている丹下と顔面を掴まれている鬼殻の姿があった。


「まさか、彼がキス魔になるなんて知らなかったよ」

「キス魔?」


 鬼殻はいまにでも丹下にキスをしようと迫っている。

 酒を飲んで酔ってしまうとキス魔になるようで「少しくらい平気ですよ」と言って口づけを迫る。


「目が覚めて自分の醜態に気がついたら死にそうだな」


 鬼殻基準の美しい者ではない丹下と口づけを交わした日にはもう「死にます」と真顔になって儡当たりにでも殺すように訴えるだろう。

 丹下はキスされないように鬼殻の顔を掴んでいるという。


「鬼殻、離れろ」

「んっ。嫌です!」

「お前、丹下の事嫌いだっただろ」

「わぉ、本人を前にして言っちゃうんだ」

「悪気はない」

「はあ、まあいいよ」


 廬はキス魔となった鬼殻を引き受ける。口を狙われないように鬼殻の口を塞ぐ。


「この近くにホテルってあるか?」

「ラブホならいくつか知ってるけど?」

「……冗談だろ」

「はははっ! それが冗談じゃないんだな~」


 廬たちのいる場所は、ビジネスホテル一つとない歓楽街であり、男女が羽目を外す為に作られた娯楽街。生真面目な人間はそもそもに近づかない。

 この街に来たのが初めてという事もあり廬は困惑していると「だから、あんな店に」と丹下は納得した顔をした。

 堅物そうな廬がこの地区にいるのも珍しい。鬼殻ならば理解は出来るが廬に縁はないだろう。


「なんて、本当に笑いごとじゃなくてなって来たかな」


 丹下も流石に男二人でそう言った店で一泊しろなんて酷な事は言えない。


「よしっ! こうしよう。俺のうちに泊まってよ」

「は? いや、流石にそこまでは」

「良いって良いって。家族も歓迎してくれる」

「実家暮らしなのか?」

「いや? 俺自身は、この街で暮らしてるわけじゃないけど、父さんの赴任先がこっちだったってだけ、俺も今日はそっちに帰る予定だったし。それに職業柄、家族とは住めないだろ?」


 研究者としてなら、新生物の機密情報を握っている為、親族と一緒なんて無理だというのは理解出来た。

 だが、今日限りこの街にいる間はただの民間人として過ごしていた。


(ただの民間人が、クラブに支援してるなんて冗談じゃない)


「キス魔がお前の家族を襲うかもしれないぞ」

「その時は俺が殺すから大丈夫」

「物騒だな」

「そうでもしないと新生物には敵わないよ」


 そう言ってタクシーを呼び丹下の実家に行くことになった。

 タクシーに乗っている最中、鬼殻は終始廬の口を狙って来たが何とか死守した。

 早く寝てくれと何度も願った。


 丹下の家に着くと呆然とするほど普通の家族がいた。

 丹下は父母、そして弟が二人いた。二人とも小学生のようで今はもう寝ている。


「いつも丹下お世話になっております」


 母親はそう言って深々を頭を下げた。

 世話なんてしていない。廬からしたら初対面で、会ったばかりの男の面倒を見ているのは丹下の方だ。


「支部が違うんだよ。母さん。この人達は、筥宮の支部から来たんだ」

「どうも。……おい、支部ってどう言う事だ」


 母親には聞こえないように丹下に訴えると「あとで説明するから、合わせて」と言われてしまう。

 詰まる所、丹下はホビーショップの経営者で廬たちは、他の街でおもちゃ開発をしている同僚らしい。偶然会社のビルで会って飲んでいたら終電を逃したことで泊めてあげたいというのが丹下の書いた筋書きだった。

 その場の空気に合わせて話を進めると丹下の父親が「客室の準備が出来たぞ」と伝えに来た。


 畳部屋に案内されて既に眠りの中にある鬼殻を寝かせる。


「キスして満足するな」


 未遂で終えていなければ廬が引導を渡していたと布団に潜り込む。

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