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第159話 ESCAPE

 寒竹境子の執務室に到着する。ノックをすると中から「どうぞ」と女性の声が聞こえる。入室すると黒髪の女性が書類仕事をしている。

 こちらに視線を向けると一瞬だけ目を見開いた気がしたが、瞬きの間に表情は無へと変わる。


「鬼頭鬼殻。生きていたのですね」

「ええ。お陰様で、この世にまだ未練があったようですよ」

「そのようですね。とは言え、世間話をする為に来たわけでもないでしょう。時間が惜しいので、要件をどうぞ」

「それでは、まず廬さんからどうぞ」

「え……あ、ああ。あの、俺は」

「御代志町にある新生物研究所の研究員ですね。存じています。自己紹介をする為に来たわけではないでしょう? 要件は?」

「っ……今回の裏切り者の件を所長から聞きました。だけど、余りにも唐突じゃないですか?」

「唐突?」


 境子は何が唐突なのか言っている意味が分からないと言った顔をする。


「俺が所属している研究所では、過去に二度反乱を起こされています。一度は此処にいる鬼殻が、二度目はその妹である鬼頭瑠美奈と他二名が首謀者として研究所は襲撃を受けました。その件は研究所の本部は一切の関与しなかった。それなのに今回、何処かの研究所が襲撃されたと言われ身内の中に裏切り者がいると断言された。別に他の研究所を贔屓するなと言うわけじゃない。どうしてそう言った疑心を植え付けるような発言をしたのか」

「互いに疑い合う事で犯人が浮き彫りになる。私はそう考えこのように発言しました。知らなければ驚愕し、知っていれば平然とする。捕虜が自決してしまった以上、情報を得るには時間を掛けなければならないのです」

「その時間を掛けている間にも無関係な研究所が裏切り者とありもしない事を言われて襲撃されるかもしれない。貴方の信頼を勝ち取る為と疑心暗鬼になってるんだ」

「そうでしょう。寧ろそうでなければ困ります」

「困る?」

「疑心暗鬼になる事で情報の漏洩は防がれます。暫くは本部の方でも情報を渡すことはないでしょう。厄災を終えた年は比較的平和に過ごせます。次の厄災が訪れる前に裏切り者を見つけ処罰する。それでこの件は終えます」

「……それで犠牲になった研究所はどうなる」

「どうなろうと構いません。裏切り者と疑いを掛けられ没落するようなら元から新生物を収容するのには不十分だった。人間の脅威すら払いのけることが出来ないようでは。ですので御代志研究所は一目置いているのですよ。貴方たちは二度も襲撃を受けても尚、稼働し続けているのですから、称賛に値します」

「裏切り者をあぶり出す為に犠牲者を増やすのか!」


 まだ出ていないから良いという問題ではない。

 万が一犠牲者が出てしまったらどうするのか。

 御代志研究所のように我関せずを貫いて勝手に死んだことにするのか。


「落ち着きなさい。廬君」


 鬼殻が肩を叩いて下がらせる。


「訊きたいことは終えましたね。次は私の番です。と言っても先ほどの延長戦です。貴方は曖昧な事を嫌う癖に敵をあぶり出すと言って曖昧な情報と報酬をちらつかせました。まるで、この研究機関を破滅させるためにやっているように見えるのですが」

「そう見えてしまっているのではなく、そう見せているのですよ。そうでなければ、厄災をどうこうしようとする不届きものをあぶり出すことなど不可能です」


 わざと相手に内部抗争が起こっていることを知らせる事で積極的に各研究所を探ろうとする者を突き止める。

 合理的ではあれど、周囲の反感を買うことを理解していない。反感を買った後はどうにでも出来ると考えているのだろう。自分勝手ではあるが、合理的。

 結果を重視するのなら納得のいく方法だ。しかし最悪な方法。


「次の定例会議にやって来た人物を私は疑います」

「……参加するなと言う事ですか?」

「水穏佐那には一切の疑惑を抱いていません」

「仮にも新生物ですよ? よろしいのですか?」


 一番疑うべき相手だ。それなのに佐那の下で働いている廬にそれを言えば、廬は佐那に定例会議に参加するなと言える。


(これは何かの罠なのか。研究機関への忠誠を試されているのか)


 廬は考える。境子がもしも佐那を疑っていて、嘘を言っていた場合、佐那は定例会議に参加しなければ、裏切り者だと決めつけられてしまう。


「嘘は言いません。自分で管理出来ない嘘ほど障害になる」

「断言する事に意味がある。でしたっけ?」

「はい。糸識廬、私にとって重要なのは厄災を阻止する事なのです。私情を挟み誰彼を贔屓するわけにはいかないのですよ。水穏佐那は、所長として右も左も分からない状態でした。もしも鬼頭華之を殺害してその座を奪ったとしたら何か策を講じているはず。しかしながら彼女の行動は余りにも赤子のソレです。彼女を疑えという方が無理な相談です」


 生粋の善人である佐那が悪事を働くなんて事は不可能だ。

 万が一佐那が悪事を働くようならこの世の人々全員を疑って暮らさなければならなくなる。


「話は終わりです。これから政府との会談があるので私は失礼します」

「ええ、お時間を取らせて申し訳ありませんでした」

「疑念が払拭しきれていないようで残念ですが、これが私の見解です」


 境子は立ち上がり部屋を出て行くからと三人で執務室を後にする。

 境子は一度こちらを見て会釈をして、歩き出してしまった。

 彼女の背を見つめる廬に「どうでしたか?」と鬼殻が尋ねる。


「厄災を止める志は同じなのに、どうして争いは続くんだろうな」

「利益が生じるからでしょうね。利益が無ければ誰も動こうとはしませんよ。愚かしいほどの善人だって慈善活動をする為には金が無ければ始まらない」

「それが、世界が破滅するかもしれなくてもか?」

「ええ。万人の救世主になっても物語のように英雄にはなりませんからね。表彰されて終わるだけです」

「……」

「ですが、良かったじゃないですか。もしも今此処にいなければ、佐那さんは定例会議に参加して疑われていたのですから」

「罠だったらどうする」

「境子さんは嘘は言いませんよ。参加する暇があるのなら裏切り者を見つけ出すことに注力するだろうと考えているはずです。私が保証します」

「お前の保証ほど信用ならないモノはないな」

「手厳しいですね」


(境子の人柄は理解した。あの様子じゃあ、意思は曲がらないだろう)


「お前は良かったのか? 知りたいことが合ったんだろ? お前の待遇についてとか」

「ええ、まあ私は会えればそれで満足でしたので」

「会うだけでよかったのか?」

「はい。この部屋に入ったその瞬間、私の用事は終わりました。ですが、何も訊かないのも惜しいので」

「得るものはあったのか?」

「十分すぎる成果を得ました。全く以て時間に追われている女性と言うのは美しくはないですね」


 鬼殻は何を得たのか分からないが、何処か満足そうな顔をして廬の前を歩いた。


「さて、折角の遠出です。遊びに行きますか?」

「遊びってどこに?」

「それは勿論」


 鬼殻は喜々と廬の顔を覗き込んで「行くと言えば一つでは?」と人差し指を差して言った。

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