第154話 ESCAPE
『現在も厄災は進行を続ていますが、我々は皆さまの安全を第一に考えて厄災の阻止を講じてまいります』
テレビで報道されるのは、政府の第一責任者。
人間の命を左右する事の出来る男は非難轟々の中、平然と語る。
人々が安心して暮らせるようにいち早く厄災が起こらない日を心待ちにする。
いつまで経っても厄災は起こり続けていることに政府は何も対策していないのではと疑惑が浮上する。
ありもしない事がネット上に掲載されていく。政府の陰謀論が立て続けに唱えられる。
一部の事情を知る関係者からしたらそう言われているうちが吉だった。
もしも本当に彼らの事を知られてしまえば、世界は大混乱を極める。
そして、政府の一部も知らない秘密を新生物は握っている。
厄災はもうやってこないという秘密。
政府に打ち明けようものなら新生物は証拠隠滅と抹殺されてしまう。
秘匿するのも難しいが、一部しか知らないのなら問題もない。
余り多くは気にしていなかった。気が付かれたらその時だと楽観的だった。
御代志研究所の新所長は、定例会議に参加していた。
水穏佐那の事を知る者は少なからずいる。
都心に召集された各地の研究所の所長たちは佐那が新所長になる事を容認出来ていなかった。
それもそのはずだ。佐那は、もとは人間と言え怪物の血が流れている事に間違いはない。そして、筥宮で起こった厄災に遭遇して、覚醒してしまった。
各研究所の所長は恐れていた。もしも反旗を翻しでもしたら新生物側に加担して、不都合な情報を新生物を漏洩してしまう。
そんな不安や不満を隠すように笑みを浮かべて接する。
付き添いの聡はその雰囲気が気に入らないのか終始不機嫌な顔をしている。
「聡。余り失礼のないようにね」
「わかってるよ~。だけどさ、こんな露骨にオーラ出すの失礼じゃね?」
どれだけ隠していても嫌なことは顔に出て来る。隠し通すことは出来ないのだと聡は良い顔をしない。
相手の態度が良くないのだといつも人に失礼ばかりしている聡が他人を叱ると言うのも不思議な光景だった。
「お待ちしておりました。御代志研究所、所長候補B型37号改め水穏佐那様と護衛のB型38号α改め周東聡様」
冷ややかな物言いをする女性に「うわっ。すっごい美人」と聡は的外れな事を言う。
「彼女は、寒竹境子さん。定例会議で進行を務めてくれる人だよ」
佐那が教えると「へえ」と聡は境子に近づいた。
「なにか?」
「君、今度の休み俺とデートに行かない?」
「ちょっと何言ってんの!」
綺麗な人を前に口説き始めた聡に佐那は冷や汗を流した。粗相のないようにと言っておいた矢先これだと首根っこを掴み後ろに下がらせる。
その様子を表情一つ変えずに見ていた境子は眼鏡を押し上げて言った。
「新生物と言えど知能指数の低い子供との交際はお断りします」
言い切り境子は「会議が始まる時間です。中へ」と会議室に入っていく。
聡は、相手にされなかった事に不機嫌な顔をするわけでもなく「良いね」と好印象だったらしい。
「なにが良いんだか」
「きつい感じは魅力的な女性ってこと!」
「つまり、きつくないあたしは魅力的じゃないってこと?」
「そ、そんな事言ってない! 人魚姫の方が最高で最強!! ナンバーワン! ナンバーワン!」
「はいはい」
子供の戯れだと佐那は会議室に入る。
決められた席に座る各研究所の所長たち。
肥えた男性もいれば、スレンダーな男性もいる。
一方で気合いを入れて化粧をしている女性もいれば、隠し化粧をしている女性もいる。
御代志研究所と書かれた札が置かれた席に腰かける。その後ろで聡が控える。
壁掛け時計が十三時を差すと境子が口を開いた。
「時間通り、皆様がこの場に揃うことが出来て大変喜ばしく思います。もっともこの程度の事が出来ないようでは、所長以前の問題となります」
腕時計で時間を確認した境子は早々に小言を始まる。
すると各所長は「また始まった」「時間通りに集まってもこれだ」と隣席の者に声をかけた。
十分ほどの小言を終えた後「それでは」と先ほどの嫌味が無かったことのように進行をする。
「本日は、アメリカ、イギリス、イタリア、オーストラリアの各研究所所長も通話が繋がっています」
「日本だけの定例会議ではなかったのか」
「今までそんなことはなかったはずよ」
「厄災を止めるとしても国同士のやっていることは別だろう」
思い思いの事を口にする。彼らの様子からして他国の研究所と協力体制を取るのは今回が初めてなのだろう。
会議室に備わってるテレビが四分割されてそこから映し出されるのは、それぞれ国の代表の面々がいる。
「本来であれば、通常通りなに一つ成果が得られないまま、この定例会議も終えるのですが、異例が生じたのは言うまでもない事でしょう」
「日本で起こった厄災が止まったという事だろう」
境子の言葉に通訳者が各モニターを介して聞き取り言う。
瑠美奈たちが解決した厄災。それが発動間近停止した。
本来なら、何も出来ずに五年後を待つことになる。何一つ進展もなく、意味もなく研究所に籠る日々。
何代にも亘って厄災について調べても進展も進歩もしない。
しかし、今期の厄災は違った。厄災を黙って見届けるだけに終えると思っていたが、筥宮は消えなかったのだ。その事で各研究所は騒然としていた。
「厄災が発生していた筥宮では、現在政府が情報を収集している最中です」
「どうして厄災が止まったのか、情報は揃っているんだろぉ?」
「大方の推定は終えています」
「だけど、それを言わないと? それってなんで?」
興味本位なのか、質問を重ねる男性に境子は嫌な顔を一つもせずに淡々と述べた。
「前例がない今の状態で断定をする事は容易です。しかし、それを前提に語ってしまえばその事しか脳内に保管されず各々の見解を得ることは叶わないのです」
「つまり、答えは持っているが俺たちで答えを導き出せっていつものパターン」
境子が推定している事を口にしてしまえば、皆同意するだろう。
考えることを放棄する事を境子は良しとしていない。
各研究所の見解を得たいのに一つも考えずに答えを提示するのは阿呆のする事だという。
「答えが出なければそれで構いません。それでは、今回の会談に置いて重要視する点は」
会議は滞りなく進行した。モニターに映る各国の研究者代表が険しい顔をしている。
黙って話を聞く者もいれば、疑問を挙手して尋ねる者もいる。
聡では会議の内容は難しく理解出来ずに首を傾げるばかりだった。正面に座る佐那はどうなのだろうかとその背中を見る。
周りとは違い、年齢的にも一番若いのではないだろうかと思う。自分がしっかり彼女の後ろに控えて安心させなければと気持ちを改める。
二時間ほど経過した時、境子は言った。
「以上で定例会議を終えたいと思いますが、一つだけ私からお尋ねしたいことがあります」
そう言って境子は佐那を見た。その視線に肩を震わせた。
だが、その視線は会議室にいる者たちを見る為だけに一周していた事に気が付く。
「この中に裏切り者がいます」