第147話 ESCAPE
憐は、仲直りしろと言う。脅威的な力を持つ新生物が二人で喧嘩したら厄災だって速くなるに決まっている。これでは本末転倒だ。新生物が厄災を起こしていると言われても否定できない。
黒の宝玉を奪う事しか考えていない二人を憐は叱る。
憐の言葉はもっともだ。此処で厄災を助長するようなことをしては自滅と同じだ。
喧嘩をして、何も出来ずに皆消えてしまう。
悪夢を体現させない為に考えなければならない。自分たちが生き残る方法を探さなければならない。そのことを廬は忘れていた。
「俺は、瑠美奈を死なせたくないんだ。悪夢を見た。鬼殻に気絶させられた時に瑠美奈が厄災を止めた日、誰もお前の事を覚えていなかった。徐々にお前の事を忘れてしまうのが恐ろしく思った。だから、お前を死なせて、魂が解放される保証なんてないと思ったんだ。俺は自分が全て引き受けたらお前が助かると思ったが、俺はもう自分を蔑ろにしない。だから、瑠美奈。俺を許してくれ」
廬は瑠美奈を見て言う。
もう自分が宝玉を引き受けるとは言わないから、瑠美奈も宝玉を自分の力だけで破壊するのはやめてくれと……。
「……ッ。わかった。ごめんなさい」
厄災を速めているのなら喧嘩なんてしてはいけないと瑠美奈も謝罪した。
そもそも瑠美奈に関しては宝玉の意思に自分を大切にするように言われているのだ。それなのにこの有り様では約束を破ることになると今更気が付いた。
憐が止めてくれなければ、瑠美奈は宝玉に殺されるところだった。
二人が落ち着きを取り戻した様子に憐も安堵した刹那、憐の特異能力が発揮しなくなった。
宝玉が憐の手から滑り落ち底に叩きつけられる。幻影だった憐は姿を消して、気絶した憐が落ちて来る。
「憐っ!」
「拾うです!」
そう言って翼を羽ばたかせた劉子だったが、どういうわけか翼が動かなかった。
「にょっ!?」
間の抜けた声と共に劉子も浮遊感を失い落下していく。廬は初めに落ちて来る劉子を何とか受け止める。下敷きになる廬に「あ、ありがとうです」と力が使えなくなってしまったことに戸惑う劉子を一瞥して憐を受け止める。
身体のいたるところに火傷があるのは、地に足をつけてはいけない憐が地よりも下にその身を投じた事で後遺症が憐を痛めつけたのだろう。
このままでは憐は存在そのものが燃え尽きてしまう。
地上に運ぼうにも劉子は飛べない。瑠美奈を見ると瑠美奈も身体に異常があるのか、立っていた足場に膝をついていた。
「いったい、どう言う事だ」
「厄災が我々の力を封じたのです」
下りて来た鬼殻が説明した。
厄災が新生物の特異能力を妨げている。
鬼殻に異常がないのは特異能力が生物の生態系変形だからか。
「憐君は早く地上に戻すべきですね。特異能力が使えない状態でも後遺症は健在です」
「無理です。劉子、飛べないです」
劉子はしょんぼりと俯いた。
「鬼殻。お前は連れて行けないのか?」
「生憎、此処まで来るに当たって、私が登れる限界があります」
「は?」
「無理と言う事ですよ。憐君を担いで登ったとして休憩なしに壁を走りきることは不可能です」
鬼殻でも走り抜ける事は出来ないほどの絶壁。
憐が目に見える炎は発生していないが次いつ憐が発火するかもわからない。
「う"ァ"あ"あ"あ"ァ"あっ!!」
「瑠美奈っ!?」
瑠美奈が胸を押さえて苦しみだした。鬼殻もその事態に驚ている。
極彩色の球体が瑠美奈から弾き出された。
ふらふらとバランスを崩して足場から落ちて来る瑠美奈を鬼殻はすかさず受け止める。
球体は音を立てて底に落ちる。
「宝玉が瑠美奈を拒絶したのか」
「いえ、厄災の前兆です。もっとも厄災は始まってしまっているのですが……。世界に罪を返す時が来たのです」
厄災が貯蓄した罪を吸い取り、街を消し去る為に準備を始めたのだという。
「瑠美奈は生きています。……その宝玉を厄災に奪われてはいけません!」
瑠美奈から弾き出された極彩色の宝玉は地上に浮かび上がっていく。
廬は急いで取りに行きたいが憐を担いでいる為、思うように動けない。
このままでは宝玉を厄災に吸われてしまう。
厄災はこれを見越して新生物の力を無力化したのかと忌々しく唇を噛み締めた。
「っ……劉子!」
「です?」
「飛ぶことがお前の特異能力なら、吸血鬼としての握力はどうなってる」
そう言われて劉子は手近な石を拾い上げて握りしめると綺麗に粉々になる。
それを見て劉子は、ぱぁっと明るい顔になり言う。
「健在です!」
「俺を投げてくれ」
憐を鬼殻に預ける。
劉子の力があれば廬が宝玉を掴み取る事も出来るはずだと無理を言うが、その無理を承知して元気に「ですっ!」と答えた。
鬼殻もまさか自分を投げさせるなんて思わなかったようで目を見開いている。
うぉーっと劉子は廬の左手首を掴み上げて「ダイナミック投上!!」と可笑しな掛け声を上げて廬を投げた。
廬はみるみるうちに厄災に引き寄せられている宝玉に近づいた。
(よしっ!)
廬は、手を伸ばす。あと数センチ。
宝玉さえ掴み取れば厄災は完全には起こらないはずだと廬は一縷の希望を掴み取ろうとしていた。
……が、廬の目の前から宝玉が消えた。
「は……?」
空気を掴む廬はその勢いのままに壁にしがみつく。
先ほどまで合った宝玉は姿を消したのだ。一体何処に行ったのか分からず焦っていると「廬!」と瑠美奈の声が聞こえた。
底を見ると劉子と鬼殻、瑠美奈と一点を見つめていた。