第143話 ESCAPE
夜が来た。暗い街の中で、祭りは続いていた。電気が止まっているわけではない為、病院の電気を少しだけ借りて、病院前を明るく照らした。
腹も膨れて、水ヨーヨーを釣る為に試行錯誤をしたり、特殊なボールでどれだけラリーを続けられるか憐と儡は遊びを繰り広げている。ボールは光るようで行ったり来たりと忙しない。かれこれ二時間はそのままだ。瑠美奈は「おーすごい」と手を叩いて感心しているが、見ていて飽きないだろうか。憐に関しては幻覚だが、その幻覚を操るのに忙しいだろう。
劉子は時間節約と眠っている。
病院の玄関にある階段に腰かけて、祭りの熱を冷ましていた。
このまま、何事もなく終わらないモノかと眺める。
「なんだかんだ言って年相応なんじゃないか」
どれだけ大人びた物言いをしていたって儡は、瑠美奈が危険な状況じゃなければ素直な子供。憐だって儡に誘われたら楽しむことが出来る。
「そうですよ。彼らは昔からあんな感じです」
鬼殻がお茶を飲んでいる。鬼殻も流石に楽しみ過ぎたのだろう。
「何か思いついたのか?」
「その物言いですと、貴方は何も思いつかなかったのですね」
「余りにも楽しかったんだ」
「楽しんでいる余裕などないのですよ?」
「わかってる。こんなことをしている間にも厄災は近づいている事くらい」
「逡巡していたって、結果は変わりませんよ」
そんなのは廬だって痛いほどわかってる。
目の前で楽し気に遊ぶ二人を見ている瑠美奈がいつかその場に存在しなくなってしまう事を恐れているのだ。瑠美奈を死なせないように救済する方法を必死になって考えてもやはり結果は同じだった。
どれだけ考えても、瑠美奈が宝玉の意思になってこの世を彷徨う結末しか思いつかない。
だが、決して、死して救済などあり得ない。死んで終わりなど都合が良すぎる。
「鬼殻、今からでも瑠美奈と同等……いや、それ以上新生物を作り出すことは出来ないのか」
「面白い事を言いますね。私に神の冒涜をしろと?」
「お前は神なんだろ。なら生き物を一人生み出すことくらいできるはずだ」
もしも今からでも瑠美奈以上の力を持つ存在が現れて、その者が宝玉を全て引き受けたら厄災は消えて、瑠美奈も無事になる。
「だめ」
それを咎めたのは鬼殻ではなく瑠美奈だった。
ラリーを終えた時、聞こえてしまった。
「わたしをすくうために、そんなことしないで……そのひとがかわいそうだよ。しぬためだけにつくられるなんて」
「じゃあ、どうしろって言うんだ。他に方法があるか?」
もう方法がないんだ。と廬は瑠美奈を説得する。鬼殻はどちらでも構わないようで成り行きを見守っている。
「かんがえようよ」
「考えたさ! 俺たちはずっと……少なくとも俺はお前と会って、お前の事を知った日から、お前を生かす方法を探してる」
瑠美奈が宝玉を支配して死ぬなんて納得がいかないから廬はずっと瑠美奈だけを考えて来た。
「もう時間がないんだ。頼む。我儘を言わないでくれ」
「やだ。どれだけ廬のいうことでもきけない。わたしをいかすために、あたらしいいのちをぎせいにするなら、わたしはほうぎょくのいしになる」
「瑠美奈っ!」
廬と瑠美奈の言い合いは干渉を許さなかった。
呆れたように見る鬼殻に、どちらの味方をしたら良いのか分からない憐や佐那、さとる。瑠美奈の意思を尊重する為に黙って見ている儡。それに状況がのみ込めない聡。
「廬のおかげで、たのしかった。おまつりはじめてだから……。だから、わたしもういいとおもったの」
「良いって……なにが」
「しんでもいいよ。おもいでたくさんできたから」
「こんな事で思い出? 笑わせるなよ。俺が何のために此処までやってきたと思ってるんだ」
「うん、ありがとう」
「っ……お前らは良いのか! 瑠美奈が死ぬことに納得してるのか!?」
廬が珍しく声を荒げて儡たちに尋ねる。
「そ、そりゃあ」
佐那が必死に言葉を出そうとするが、反対されることを恐れて口ごもる。
「嫌に決まってるじゃないっすか」
憐が言った。嫌に決まっている。瑠美奈が死ぬ事を許した覚えなどない。
だが死ぬしかないのなら、瑠美奈は止まらないだろう。
「折角、この街をミサイルから守っても……瑠美奈だけは救えないのか? なあ! お前らは優れた個体なんだろ! 新生物の中で優秀な奴らなら瑠美奈を一人救う事だって簡単なんじゃないのか!」
「僕たちは、慈善活動する為に作られたわけじゃない。僕たちは、戦争をする為に作られているんだよ。誰かを救うなんて事出来るわけがない。僕たちは、いつか死ぬその日のために生きている。それは旧生物だって同じだろうけど、僕たちはその意味をちゃんと理解している。後遺症で死んでしまう子たちを見て来たんだ。死が何なのかくらい痛いほど、焼き切れるほどに見て来たよ」
「なら、わかるだろ。死んだらもう会えないんだ。お前らはそれで良いって瑠美奈を死なすつもりか! 瑠美奈がいない世界で納得できるのか」
怒りをあらわにする廬を見ていられないと鬼殻は気絶させてしまう。遠くで瑠美奈が鬼殻を叱っているようだが廬には何も聞こえなかった。
暫くして、廬は目を覚ました。
「気が付きましたか?」
鬼殻の膝の上に頭を乗せていたようで「なにしてるんだ」と尋ねれば「貴方が気持ちよさそうに寝ていたので」と返される。
起き上がれば、まだ周東ブラザーズが祭りをしている。
「どうなったんだ」
「貴方がハバネロ入りの焼きそばを食べて気絶したのですよ」
「焼きそば?」
そんな物を食べた覚えはないと困惑している。
「寝ぼけているようで、私は飲み物を持ってきます。貴方の眠気覚ましにですが」
「悪い」
石段に腰かけて廬は頭を抱える。
目の前では、憐と儡が先ほどと同じようにラリーをしている。
ボールが廬の目の前で行き交う。
佐那から飲み物を貰おうとする鬼殻は、もっとキツめのスパイスを求めていたが佐那に却下されてしまっている。
また廬を気絶させるつもりかと遠くから眺める。
(頭を冷やした方が良いな)
そう思いながら廬は立ち上がり病院内に入り眠気を覚ました。
記憶の混濁。廬は、瑠美奈と喧嘩をしていたはずだが、目を覚ませば焼きそばを食べていたなんてどんな夢を見ているんだと呆れてしまう。
「俺が瑠美奈と喧嘩? 勝てるわけないだろ」
瑠美奈がどれだけ廬の意見を尊重しようとしても結局悪い方に進んでしまう。
「ちゃんと考えろ。瑠美奈を救える方法を」
宝玉を壊してしまってもまた、地球がエネルギーを貯蓄して、宝玉を生み出す。
基本としていた五年に一度も、知っているものからしたら意味がない。
「ハロー! 元気かい?」
「っ!? なんでお前が」
仄暗い廊下の先には棉葉が立っていた。
劉子から伝えられていた事は、棉葉は裏切り者と言う事だ。だからここにいるのはおかしい。
そんな廬を無視して棉葉は「気が付かないのかい?」と試すように言う。
「なにをだ」
「君の大切なものが消えているという事をさ」
にやりと棉葉の姿は暗闇に紛れて姿を消した。