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第141話 ESCAPE

 そんなあり得るかもしれない夢を語っていると瑠美奈は静かに涙を流した。

 何処か痛いわけじゃないのは二人も分かっていた。

 死にたくないのだ。このまま本当に方法が見つからなければ瑠美奈は魂の救済を受ける必要がある。皆よりも早く死ぬ事になる。


 だから、少しでも瑠美奈の気が楽になるように必死に可能性を口にする。

 ただの気休めだ。救済を行わなければならないのだと鬼殻は内心思う。


「良い子の眠るところに花も咲けば、鳥も囀る。心強い獣も寄り添って、夜が来ると月が見守っているものです」

「……子守歌か?」


 瑠美奈が教えてくれた子守歌を鬼殻が簡略化させて口にした。


「ええ。瑠美奈、貴方は私が知る中では多少なりとも良い子と称して良いと思いますよ」

「妙な言い方をするなよ」


 瑠美奈が良い子なのは誰にだってわかる事だ。

 瑠美奈はこの街の為に頑張って来たんだから、自分の為に我儘を言ったって咎められるわけがないのだ。


「わたし、しにたくないよ」


 ついにその口から発せられた言葉。死の恐怖。


「みんなともっといっしょにいたいよ。おもいでたくさんつくりたい。いろんなまちをみてみたいのに……どうしてっ」


 瑠美奈は息を詰まらせた。

 やっと兄と和解出来たと言うのに、二三日もしないで瑠美奈はこの世からお別れしなければならない。

 この薄汚れた世界を救う為に、瑠美奈が死ぬ事を誰が許せるのだろうか。


(俺なら、絶対に無理だ)


 瑠美奈を救う事を諦めてはいけない。

 瑠美奈の笑顔を奪ってはいけない。

 瑠美奈が幸せになる道を途絶えさせてはいけない。


「……瑠美奈、鬼殻。少しだけ俺に時間をくれないか」

「何か厄災を止める手段を思いついたのですか?」

「いや、そこはもう無理だ。俺の頭じゃあ何も思いつかない。だけど、泣かせたくないだろ。これ以上」


(別に諦めたわけじゃない。考えて考え抜いても、俺の頭じゃあどうすることも出来ないというのなら、瑠美奈をこれ以上悲しませたくない)


「祭りをしないか?」

「は? ついに頭が逝ったのですか?」


 鬼殻が分からないと額に手を当てて首を横に振る。

 その姿勢は尤もだが最後まで聞いて欲しいと廬は言った。


「瑠美奈は死なない。絶対に方法を探す。だけど、今は、鬼殻の推測を信じて今日、祭りをしよう。楽しむんだ。旧生物がいないこの街なら新生物の力だって使い放題だろ? 宝玉の力も使って、祭りをしよう」

「お気楽ですね。そのような事をして何の意味があるというのですか?」

「意味を考える暇があるのなら、楽しもう。俺はその方が良い。俺の親友ならそう言うはずだ」


 現実逃避。

 それが廬に与えられる選択だった。

 鬼殻はそれに気が付き「やっぱり、貴方は逃げるのですね」と呆れた顔をする。

 辛い事から目を逸らす事に長けていると褒めても良いと手を打つ。



 当てつけではないが、鬼殻が嫌がっていた病院へ向かう。

 厄災が来ない事を信じて病院に行き、瑠美奈は怪我を負っている者の怪我を治す。

 佐那は、復活した周東ブラザーズと一緒に劉子の手当をしていた。

 瑠美奈が来たことで佐那も安堵するが、鬼殻を見るやこの世の物ではないと言った顔をする。


「だから言ったでしょう? 私が此処にいると拒絶反応を起こす人がいると」

「日々の行いが祟ったな」

「私が神であることをお忘れですか? 祟ることはあっても祟られることはないと思いますが?」

「自信過剰も大概にしろよ」


 佐那を安心させるように「今は平気だ」と一言つけると納得がいかない顔はしたが劉子の看病が先だと歩みを進めて行く。


「お嬢と旦那が兄貴として扱ってるなら俺だって兄貴って接しても良いんすよ」


 突如として聞こえた声。病院の受付カウンターに乗っている憐がこちらを睨みつけていた。

 憐は確認したいのだ。今ここにいる鬼殻は、禍津日神なのか、鬼頭鬼殻なのか。

 もしも前者だというのなら、憐は瑠美奈や儡がどれだけ咎めても鬼殻を警戒し続けるだろう。

 その意図を鬼殻は当然理解している。此処で嘘でも「私は、かつての私ですよ」と言えば憐はその言葉を信じて、鬼頭鬼殻として接するのだろう。


「お好きなように」


 だが、どちらかなんて質問を憐はしていない。

 瑠美奈と儡が鬼殻を受け入れるのなら憐も受け入れる。


 鬼殻はあえてそう言った。警戒するのならしたらいいし、以前のように親しく話をしたいのならそのように取り繕う事も出来る。

 食えない男だ。


「そっ……」


 そう言って憐は、姿を消した。特異能力で自分を歪める幻覚でも生み出したのだろう。


「素直じゃないですね」

「お前が言うな」

「私は素直ですよ。だからこそ、口は禍のもとだ。私が言う事は全て凶となる。ならば、言わぬが花」

「あっそ」


 正直、鬼殻の生き様になど興味はない。

 瑠美奈が生きてくれた方が良いが、鬼殻は死んでくれたって困らない。


「やはりこの匂いは慣れませんね」


 そう言って顔を顰める。


「注射が嫌いなだけでそこまで嫌悪出来るの寧ろ才能だな」

「……何も知らない癖に知ったような口を」


 そう呟いた鬼殻の瞳は暗く淀んでいた。


「知らないから口にするんだ。俺は人に気を遣えるほど器用じゃない」

「そのようですね。ならば、貴方は一度、注射器に入った毒物を投与されるべきです」


 その言葉で全てとは行かないがある程度の事を廬は理解した。

 経過観察の為と言って投与された薬品は、新生物を殺せるかもしれない薬品。


 新生物は新生物でしか殺せない。旧生物では、決して傷をつける事は出来ない。

 出来て、特異能力を封じる光線銃を生み出すことくらい。

 だが、流石にアンチシンギュラリティだけでは新生物が反乱を起こした際に足りないという事で狙撃用に毒物を開発していたのだろう。

 そして、鬼の血を持つ鬼殻に投与しようとした。


「瑠美奈は知ってるのか?」

「知るわけがないでしょう。知っていたら、彼女だって病院を嫌悪しますよ。人を救う為の場所ではなく人を殺す為の場所だと勘違いしてしまう。病院が敵として相手しているのは私たちだけ、旧人類は、敵と言うよりは金のなる木が向こうからやって来る感覚でしょうね」

「お前な……」

「何はともあれ、病院を嫌っている理由はご理解くださいましたか? もっともそれだけで嫌っているわけでもないのですがね。毒物に関しては、嫌うきっかけになった事に過ぎませんよ」


 他にも要因は幾つかあるが些細な事だと言って鬼殻は病院の奥に歩いて行ってしまう。



 それから暫くして、瑠美奈が儡を連れて廬の所に来る。

 瑠美奈は佐那の手伝いをする為にその場を離れて行くとその背を見届けた儡は廬に言った。


「祭りをするんだって?」 


 瑠美奈に事情をきいた儡が廬に再度尋ねた。


「君らしいとは言えないけど、いいんじゃない? 気を詰めていたってどうにもならない」

「お前が賛同してくれる事に意外性を感じるな」

「僕は瑠美奈が笑ってくれるならなんだって構わないだけだよ」


 今はこの嵐の前の静けさを堪能させてあげたいという。


「それで? 何をするつもりだい?」

「泡沫の夢だ」

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