第139話 ESCAPE
ミサイルは全壊した。
上空で大爆発が起こり、街に甚大な被害を及ぼしたが、壊滅までにはいかずに無事に形は留めていた。
瑠美奈は透明の宝玉で自身の身を守る事が出来た。ミサイルの爆破を至近距離で受けても、その脅威的威力を防ぎきってしまうのは、やはり厄災の一部だからなのだろうと実感する。
「いやはや、お見事ですね。確率の壁を越えて貴方は無傷で生還した」
手を打ち賞賛する鬼殻の先には、瑠美奈がいた。
「みんなは?」
「憐君と儡君、それに劉子さんは病院に居ますよ。傷の手当をしています」
劉子の翼がミサイルの小さな部品で傷ついてしまい立っていられない状態だから、憐と儡は病院に連れて行くと言ってビルを離れた。
「おにいちゃんは?」
「私は可愛い妹を放置するわけにもいかないので、此処で待ちぼうけです。さて、まず第一の関門を超えましたね。貴方は筥宮を救いました。完全無傷、なんて事は叶いませんでしたが、人が住めないほどじゃない。数年かけて建築業者が街の再建をするでしょう」
「……よかった」
「いいえ、安心するのはまだ早いですよ。次は最難関です。貴方は六つの宝玉を支配しました。最後一つだけ貴方は支配しきれていない」
そう言って鬼殻が取り出したのは、黒の宝玉。
禍々しく光を通さない宝玉を見つめる。
「七つが揃った時、貴方がどうなるのか見当もつきません。貴方が耐えきれるというのなら差し上げましょうか?」
「きっとむりだとおもうな」
「ええ、私もそう思います。奇跡というのは二度三度とやっては来ませんから」
黒の宝玉を片付けて鬼殼は苦笑する。
瑠美奈は宝玉の反動で一度心臓を停止させている。
そこで復帰できた事も奇跡だと言うのに厄災の件までもどうにかしてしまえば、瑠美奈はそろそろ神になれるのではと鬼殻は揶揄する。
神になれるのなら苦労もしないだろうと瑠美奈は少しだけやつれた顔をする。
「冗談はさておき、どうするおつもりですか?」
ミサイルの脅威はいまは静まっただろう。
厄災で打ち消されたと考えるか、第二波の準備をしているかのどちらかだ。
早く厄災の壁を消さなければ政府は次から次へと攻撃を仕掛けて来る。
そして、いつの間にか日本は滅んでいるなんて笑えない結果になる。
「どうしよう」
真剣に考える姿を見て鬼殻はクスリと笑ってしまう。
「暫く時間があります。厄災もまさかミサイル破壊後に起こしたりしないでしょう」
そうであってほしいが、すぐにでも何かしらの策を講じなければと少しだけ瑠美奈は焦っていたが鬼殻は「平気ですよ」と笑みを浮かべた。
「貴方がミサイルを処理した後、厄災の勢いが少しだけ衰えました。宝玉の力が使われて、厄災を引き寄せるだけのエネルギーが足りなくなっているのでしょう。もっとも二三日の猶予が設けられただけとも言えますがね」
まだこの街から出る事は出来ない。その二三日で政府が今後は複数のミサイルを撃ち込んでくるかもしれない。
厄災を止めるにはどうしたら良いのか。鬼殻の計画ならばすぐにでも実行できる。瑠美奈が黒の宝玉を取り込んで支配して死ねば、瑠美奈の魂は解放されて、宝玉もまた形を形成させる間、厄災は起こらない。
もっとも瑠美奈が極限まで宝玉の力を使い続ける必要がある為、その相手を鬼殻がするだけだ。何も問題はない。
屋上に留まってもしかたないと何か方法を考えながら筥宮を散歩する。
音一つしない道路。ビルを出て目的なく歩く鬼殻と瑠美奈。
瑠美奈はこうして横を歩くなんて何年ぶりだろうか。十年も前の事だと思う。
「こうして、旧生物が暮らす街を見ると何とも言えない気持ちなりますね」
「……?」
どう言う事なのか分からず瑠美奈は鬼殻を見て首を傾げる。
「研究所が世界の全てだった。いえ、山奥の洞穴を含めたら、全てと言うには無理があるのでしょう。……御代志町以外にも街や町があり、私たち新生物よりも多くの人間が生きている。初めて遠征に向かわされた時、驚きました。私たちと同じ姿をした人々がいるのに、だれ一人として新生物ではないのだと……。まるで世界で私だけが取り残された気分になりました。それもまた美しいと思ってしまう」
世界中に新生物が自分だけで、それを隠して人に紛れる。
木を隠すならと言うが、本当にその通りで……たった一人、特異能力を持つ者がぽつんと放置される。寂しいが、どこか安堵できてしまう。
「あの感覚を忘れる事が出来ない。この世界を守りたいという気持ちはそれだけです。貴方を守るのと両立出来れば満点ですね」
自嘲気味に言う。
旧生物を守る事で美しいものが保たれるのなら鬼殻は幾らでも自分を犠牲にしよう。
欲しいと思う美しいもの、保管しておきたい美しいもの、一切触れずにその場に残してくる美しいもの。食べてしまいたいほどに美しいのに鬼殻が触れては穢れてしまう。
「この街、厄災が収まり本来の姿に戻った時、大ニュースで新聞の一面を飾りますね。厄災が収まった日として、厄災が収まった街として、人々が押し寄せて来るに違いない。なんて言ってもこの街にいたら、ミサイルも厄災も来ないという事になりますからね」
クスクスと笑う鬼殻。新生物が頑張っていたなんて民間人は知らない。
気が付くことだって難しいだろう。なにかに巻き込まれない限り、人々は平穏を過ごす。明日が当然のように来ると思っている。その当然を守り続けるのが新生物の仕事だ。
「さて、瑠美奈。まだ宝玉は使えますか?」
「つかえる」
「なら、治して差し上げてください。彼を」
そう言って指をさす先には、ミサイルの衝撃波で気絶している廬だ。
その両足は、鬼殻の力で溶かされ見るも無残だ。それ以外で言うなら擦り傷だけなのが唯一の救いだろう。瑠美奈は廬に近づいて青の宝玉を発動する。
気絶している廬の足はみるみるうちに本来の形に戻っていく。
「私の力はどうにも崩すことは出来ても作ることは出来ないようですね。何度も美しい生き物を生み出そうとしてぐにゃぐにゃした生物が生まれましたよ」
うんざりした顔をして言う。
「つかいかたがあるんだよ」
「例えば?」
「……こまった」
「でしょうね」
励ましにもならないと鬼殻は額に手を添えて「はあ」と溜息を吐いていると廬が意識を取り戻した。
少し唸った後に目を開くと瑠美奈がいる事に驚愕している。
「瑠美奈っ……どう、なったんだ」
「貴方が安らかに眠っている間に、一つの問題に片が付きました」
「鬼殻。お前も、……なんでいるんだ」
「いては不都合ですか? 貴方の所為だと言うのに」
廬が複写した所為で本来とはいかずともかつての鬼殻としてそこにいる事を説明する。
しかしながら生憎と瑠美奈を殺す事を辞めているわけではないので、もしも瑠美奈が諦めでもしたら、宝玉を与えて粉砕した暁には鬼殻の手で瑠美奈を殺すという。
そんな事を言っているから憐たちに信用されないのだと瑠美奈は鬼殻を見る。
「悪かったな」
「ええ」
悪びれもなく鬼殻は満面の笑顔だ。
「他の連中は?」
「びょういん」
劉子の怪我を診る為に一旦、道具の揃っている病院に連れて行った事を廬にも同じように伝える。
「俺は、放置ってわけか」
「劉子がひなんさせたから、どこにいるかだれもわからなかったの」
仕方ないが、憐に関しては気にしてもいないだろう。
廬は起き上がり身体に異常がないか確認する。